第二章 聖女
旅路
我が国、杷国は基本的に前世の日本と似ている。
地形はまんまそれであるし、文化や食文化も同じくらいであることが多い。
ただ、歴史と宗教はかなり違う。
歴史的なものを考えると江戸時代で鎖国することはなく西洋を相手取って戦い、中華と協力して西洋を圧倒しつつある形だろうか?
科学技術の発展も順調で、そろそろ第一次世界大戦の文明にも近づいてくる。
宗教はキリスト教と神道が悪魔合体を果たしたような珍妙さだ。
そんな杷国の都である京から北上し、青森辺りにたどり着いた僕と神楽はここら一帯で悪さしていた悪徳貴族を皆殺しにし、邪龍を討伐した。
そして、そのまま邪龍を倒した英雄として神楽を祭り上げて彼女をそこの豪族として置き去りにした。
一年は薬がなくても大丈夫なように調合しているので一年経った後に回収すれば良いだろう。
「……うぅむ」
そんなこんなで一人となった僕は気ままな旅を続けていた。
「成果は上々……だが、向上は見込めない、か」
九条家は代々宗教色が強かったが、うちの父親の代から商業色も非常に強くなっていっていた。
父親は海外との交易を重要視し、僕は国内での商いを重要視する。
そのような形で九条家は経済界への影響力を飛躍的に高めているのだ。
「工業が順調なのは素晴らしい……が、農業が壊滅的だな。いや、というより元あるパイを奪えていないのか」
現場で物を売っている者からの報告書を受け取り、それらに視線を送る僕は冷静に分析していく。
新しく出来た事業に関しては順調そのものだが、昔からある事業に関しては順調ではない。
「如何なさいましょうか?」
僕の前に座る男が尋ねてくる。
この男は僕の運営する商会の重鎮の一人。
僕の持つ商会の名は翠晶商会。
海外から来た商品並びに最新鋭の紡績工場などを利用した低価格高品質な衣服などによって多大な売り上げを上げている全国に広く展開する商会だ。
そんな商会において関東圏の販路を一手に任せている男こそが、今僕の前にいる近江宇郷である。
「別に権力を用いて叩き潰してもいいが……なしだな。このまま長くやっていこう。我が家の後ろ盾がある商会と何にもない商会とでは自力が違う。不況などが来れば簡単に情勢は変わるだろう。このままやってくれ」
「承知いたしました」
僕の言葉に近江が頷く。
「それでは後は良きに図らえ。うちの父親主導で港湾工事も始まっているのだろう?うまく連携してくれ」
「承知いたしました」
江戸時代の無かったこちらの世界では未だ杷国の中心は東京ではなく京都の方だ。
ここら辺は未だに発展途上だ。
「それでは僕も忙しいので行くぞ。何かあったら連絡してくれ」
「承知いたしました」
「またな」
ゆっくりと立ち上がった僕はそのまま足早に部屋を後とし、屋敷も後とする。
細かな挨拶をしているほどの暇はない。この後も関東に広い戦力を持つ南条家との会談があるのだ。
僕は足早に多くの人が行き交う街を歩く。
「……ここも存外発展しているものだ」
旅路の中で僕がすべきことは存外多い。
多くの貴族への顔売りと商売に関すること。
宗教勢力への根回しも必要となるし、民衆からの支持固めも欠かせない。
一人となって身軽になった僕は色々動けるようになったからこそできるようになった仕事に殴殺される形で神楽が居たときより遥かに忙しい日々を送っていた。
■■■■■
関東にいた時より時を三か月ほど進めて杷国の中心である京都から少し外れた土地にある
「……ふぅむ」
僕は旅に出ていた間、長らく放置していた己の実験室へと足を踏み入れた。
「キメラ実験は順調だが……本題である術式の付与まではうまくいっていないな。魂などという不定形のものを捉えるのが難易度高い」
人に刻みこまれた魔術というの幾つもの種類があり、便利なものが多い。
それらを他人が活用するにはその人物の意識を薬物などで完全に飛ばしたり、死なないギリギリにまで削って小さな箱につめて道具にしたもの。
逆にその人物の器に超えるだけの強大な術式がその身に刻みこまれている人物を巨大化させて無理やり発動出来るようにしてやった肉だるまなどなど。
その他にも武器にしてみたり、魔物と交配させてみたり、魔物と魔物を掛け合わせてみたりとここでは様々な実験を行っている。
ここはそういうところだ。
数多の生命を冒涜し、すべての実験を放棄した先に完成した研究所こそがここだ。
僕が居なくとも自動的に実験が続けられる幾つもの現代的な培養液が置かれている異質な空間。
そこを僕は進んでいく。
「……まだ魔王にぶつけて被害を与えてくれそうな素体は出来ないか」
魔王は確実に現れる明確な脅威であり、それへの特攻であった神楽は弱体化した。
彼女では魔王を倒し切れないだろう……故に、僕は他の札を作っている最中なのだ。
「まぁ、こちらの方は直ぐにできるとは思っていない。後は難病患者の治療と研究だな……あの夫婦は元気にしているかな?」
僕は久しぶりに訪れる己の研究所を実際に歩き、現状を確認していくのだった。
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