邪龍討伐②

 邪龍の禍々しさは飛躍的に上昇している。

 傷口から溢れ出す瘴気が触手となって邪龍の体を覆い、蠢く。


『ガァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』

 

 瘴気の触手を纏い、口より涎を垂らす邪龍は大きな咆哮を上げると共にすべての触手を動かす。

 一瞬にして幾つもの触手の濁流を神楽の方へと向ける。


「……結局、私は自分の勘に任せるのが一番強い」

 

 一歩。

 それに対して、神楽はただ一歩足を前に踏み出すだけであった。

 ただ本能のままに足を踏み出しただけですべての触手がまるで神楽を避けたかのようにすり抜けていく。


「思考停止はダメだ。自らの才に自分が追いつく。それがベスト。でも、負けたら意味がない」

 

 ただ本能に、己の才能に従って神楽は前へと進み、手にある剣を回し、体を逸らして進んでいく。

 暴風に荒れ狂う触手の中。


 神楽は天才である。

 己の頭も、体も、それらすべてを置き去りにしてただ本能が、才覚がこうしろと叫ぶ。ただ才能に振り回されているだけでは駄目だ。

 だが、神楽のあまりにも大きすぎる才覚を扱い切るのは彼女にまだ早く、ただ何も考えずに己の本能に任せて動いた方が百倍強かった。


『ガァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』

 

 己の触手が全て一蹴されることに苛立ちを見せる邪龍は口を開けて、神楽へとブレスを一つ。

 そして、そのブレスを隠れ蓑としてその背後より己の持つ長い尻尾を用いて神楽を奇襲しにかかる。


「……あっ、後ろにも居たんだ」

 

 神楽が自然と手にある剣で逸らした龍のブレスが彼自身の尾を焼き、その動きを止める。


『ガァ!?』

 

 想定外の痛みに邪龍が悶え、苦しんだその瞬間。


『……ッ』


 いつの間にか己の頭に一つの小さな質量が乗ったことを邪龍が感知する。

 想定外の強敵、埒外の暴力。

 久方ぶりに現れた己の生命を脅かす強敵。


『ニンゲンンンンンンンンンンンンンンンンンッ!!!』

 

 それを前とし、急速に自分を取り戻しつつある邪龍は言葉を叫びながら、己の体より万物を溶かす瘴気を噴き上げる。

 邪龍の動きが前世へと戻りつつある。

 瘴気の触手のキレが増し、その体も機敏になり始めた。

 

「光防」


 だが、それはあまりにも遅かった。


「魔剣───」

 

 光輝く盾によって己の身を守る神楽はゆっくりと己の手にある剣を振り上げる。


「───エクスカリバー」

 

 勇者である神楽に宿りし聖の魔術。

 その力を宿し彼女の剣の刃は何処までも鋭く、何処までも伸びていた。


『……ァ』

 

 神楽の剣は、長らく生きた悠久の龍の首をいとも容易い落としてみせるのだった。

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