悪意

 位置にして蝦夷にほど近いような辺境。

 そんなところにまで京よりやってきた僕と神楽は一年に一度、村に赴いては生贄として若い女を奪い去っていく邪龍の討伐のため、


「お前が、邪龍ですか」


 僕の魔法によって断裂された空間。

 その中で邪龍と向き合う神楽がゆっくりとした足取りで進みながら口を開く。


「……それで?お前は何者だ?」


 そんな、邪龍を前にしても一切臆するような仕草を見せない神楽に満足する僕は視線を彼女の方から外して自身の後ろへと向ける。

 魔法によって不安定になる空間の狭間にどういうわけか、存在しているその人物へと。


「……好きに呼ぶが良い」

 

 僕からの視線を受けるただの黒い影がぐぐもった声で返してくる。


「あっそ。んで?さっきから僕に殺意を向けてきて何の用?」


 僕はいつでも黒い影への攻撃を出来るようにしながら口を開く。


「……聞きたいことがある」


「何?」


「……三年ほど前だ。お前はただ意味もなく数名の子供を殺した。覚えているのか?」


「……そんなことあったか?もう覚えていないな。でも、僕であればやっていそうだな」


 三年前か……まだ前世の記憶は思い出す前か?いや、後だろうか?

 

「過去は振り返らない主義なんだ」


「……人が、死んでいるんだぞ?」


「それがどうした?」


「───ッ!下衆がッ!人を何だと思っているのだ!?」


 僕の言葉に対して黒い影が激高する……揺らいだな。案外、引きずりだせるか?

 というか、あまりにも今更だけどこういう場面で姿を隠した黒い影側が正義なことあるか?前世のテンプレからあまりにかけ離れすぎだろう。

 まぁ、そんなこと言ったら僕が醜悪な悪意の塊なのが悪いが。


「ただの道具に過ぎん。僕を立て、支えし為の道具だ」


 内心で割りとくだらないことを考えながら、それをおくびにも出さずに僕は傲慢な態度で口を開く。


「……ッ!き、貴様……には、いつか天罰が!」


「勘違いするなよ?浮浪者。僕は人々の希望たる宗教の頂点であり、九条家の倅なのだ。貴様が僕の上になることなどない。どれほど綺麗事を並べようとも無意味だ」


 僕は黒い影の───浮浪者の言葉に対してこちらの言葉を吐き捨てる。


「……黙れ、下郎。貴様はこの」


「釣れた」


 揺らぎ。

 黒い影の隠遁術が揺らいだことを確認し、奥の奥を感じ取れた僕はこことそっちの空間を消し飛ばすべく魔術を発動させる。


「……ッ!!!」


「ちっ、逃げられたか」


 後少しですべてを引きずり出せる、そのようなタイミングで向こうからの繋がりが切れる。僕の魔術は変なところを切断してここ、空間の狭間を揺らさせるだけで終わってしまった。

 ほぼほぼ捕らえたと思ったんだが、まさか逃げられるとは……無視しちゃいけなそうな相手だったな。


「まぁ、後で良いだろう」

 

 僕一度、黒い影のことは頭の隅へと追いやって視線を再び神楽の方へと戻す。


「邪悪な龍はここで倒します」


 勇者らしく勇ましいことを告げる神楽の方へと。

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