打ち上げ

「いやぁー、まさかあそこまで時間がかかるとは思わなかった……」

 

 秋斗と受付嬢。

 その二人を連れて向かったゴブリンの巣穴に関する手続きやらなんやらでとんでもない量の時間がかかってしまった。

  

 見つかっているだけでも一万は超える上位種も含まれるゴブリン。

 東京ドーム一個分は超えるであろう大量の血だまり。

 確実にゴブリンキングはいるはずの軍勢であり、それらは捕まっていた女性たちの発言による裏付けも完璧。 

 だけどいないゴブリンキングの遺体。

 

 逃げている可能性なども考慮してなどなど。信じられないくらいの時間がかかってしまった。一応ゴブリンキングが王の魔物であることもあってその脅威度が下手に高いこともあって九条家の名前だけですべての手続きを済ませることも出来なかった。


 最終的に面倒なところは全部九条家の本部、つまりは父上と話してくれという最終手段まで使って解放されたのは昼を超えて夕方となってしまっていた。


「それでも良いんじゃないですか。冠位が薄赤にまでなりましたし」


「……まぁ、そうではあるんだけどねぇ」


 数万を超えるゴブリンキングの群れをただ二人だけで倒したとなればもう薄青は確実で濃青だってあり得るレベルだ。

 だが、事実として不透明なこともあったり、青にまで上げるとなると色々と協議が必要になるということで、僕と神楽は今すぐに上げてもらえる薄赤のところで止まったのだ。


「これでこのマントをつけていても周りに誇れますよ。蓮夜様がつけていても恥にならないレベルにはなったと思いますよ」


「うちの父親は最終的に濃青にまでなっていたけどな……僕も最低でも濃青にまではいかないといけないだろうね」


「私たちであれば楽勝ですよ」

 

 僕の言葉に神楽は絶対の自信をもって告げる。確かに、彼女の言う通りであろう。

 所詮、冒険者は基本的に庶民や道楽としてやってくる貴族たちがなる者だ。集まる者に本当の化け物はいない。一人で戦略ごと変えられるような化け物は……だが、僕も神楽もそうなれるだけの、いや。

 それすらも超えられる才能の持ち主だ。そんな僕たちであれば濃青に行くのも簡単だろう。


「失礼します」


 僕と神楽が話をしていた中、僕たちのいる個室の扉が開かれて一人の男性が姿を見せる。


「お料理の方をお持ち致しました」

 

 その男性は次々と僕たちの前へと彼が持ってきた料理を並べていく。

 メニューとしては天ぷらをメインとした形の彩どりの良い様々な一品料理がある和食である。


「こちらの日本酒とお楽しみください」


「うむ」


 僕は料理を持ってきていた男性の言葉に頷く。

 今、僕と神楽は今日の打ち上げとして料亭へとやってきているのだ。ちなみにこの店は九条家の影響下であるので顔パスだ。


「それでは失礼いたします」


 すべての料理を置き終えた男性は僕たちへと恭しく頭を下げて退出し、個室の扉を閉める。


「それにしても豪華ですね」


「我が家の料理は割と質素だからな」


 基本的に九条家は料理が適当だ。

 育っている豚を一頭そのまま焼いただけのものが平然と食堂に並ぶこともある。料理人は確実に仕事を舐めている。

 

 まぁ、そういうわけだから貧困な村で生まれて食事がおかしい九条家へと来て過ごしていた神楽にとってこういう高級料亭で出てくるような和食は初めてであろう。


「ほれ、好きに食べるが良い。酒は要らんな?」


「はい。私はお茶でだいじょうぶです」


「うむ。その方が良いだろう」


 僕は日本酒の入った通い徳利を自分の前だけに置き、蓋を開けてそのまま口をつける。

 ちなみに酒への耐性も九条家は遺伝的に強い。


「いただきます」


「いただきます」


 僕と神楽は互いに手を合わせて食前の挨拶をしてから食べ始める。


「ん~~!」

 

 サクッと一口。

 天ぷらを食べた神楽は幸せそうに頬を緩める。そして、他のもパクリ。

 軽く教えた行儀作法を一部忘れながら彼女は幸せそうに食べ進めていく。


「……んっ」


 僕はそんな神楽を眺めながら日本酒を胃に流し込み、ちびちびと料理に手をつけていく。


「美味しいですね!蓮夜様!」


「ん?あぁ、そうだな」

 

 僕は目を輝かせながら告げる神楽の言葉に笑顔を漏らしながら言葉を返す。


「ご馳走様でした」


「ご馳走様でした」

 

 それからしばらく。

 すべての料理を食べ終えた僕と神楽は両手を合わせて食後の挨拶を口にする。


「よし、それじゃあ神楽は先に部屋の方へと戻っておいてくれ。僕はこれから会談があるんでな」

 

 僕は満足そうにしている神楽へと一言告げる。


「承知いたしました」


 僕の言葉に神楽は頷く。


「一人で旅館の方には帰れるな?」


「はい。問題ございません」


「うむ。それでよい。それではちょっくら行ってくる。お前はここの店の店主に挨拶してから帰れ。ここも高級料亭であり、その店主ともなればそこそこの者だ。失礼のないようにな……お前も顔を売っておけ」


 僕は神楽をただの召使いとするつもりはない。

 彼女には僕の右腕としてその才を振るってもらうつもりだ。それを可能となるレベルの立場にはしっかりと立ってもらいたい。


「承知しました」


「ではな」


「いってらっしゃいませ」

 

 僕は神楽に見送られる形でこの場を後にするのだった。

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