初めての依頼

 冒険者。

 前世で読んだファンタジー物のお決まりである先輩冒険者からのだる絡みなどというイベントは特になく、簡単な依頼を受けた僕たちは森へとやってきていた。


「あー、神楽」


「何でしょうか?」


「今回の依頼は薬草取りとなるのだが、基本的にお前がこなせ。僕はここで待っているから薬草を取ってくるのだ。判別はしてやる故、安心すると良い。最初のうちはひとつ取っただけでも確認しに来い」


「承知致しました」


 既に神楽には貴族に仕えるものとしての礼儀作法の授業も受けさせている。

 二人で受けた依頼なのにも関わらずすべてを丸投げした僕の言葉に神楽は正しい礼儀作法に則って恭しく頷く。


「よっと」

 

 神楽に依頼の薬草採取のすべてを任せた僕は一人、森の中に椅子を置いて魔導書を広げる。

 この世界にある魔術は基礎魔術と固有魔術の二種類だけであり、あまり研究とか出来るものではない。あくまで基礎的なものと固有のものしかないし。

 

 だが、それであっても魔力というのは便利なもので、聖剣や聖鎧のような特殊な効果を持つ道具である宝具を作り出すことも出来る。

 案外魔力は融通が利くし、研究のし甲斐がある。

 というわけで魔力の研究をここでもしたいのだが……。


「……虫が邪魔やな」

 

 虫がとてもとても邪魔であった。


「よっと」

 

 なので、常時自分の周りにくる虫だけを切り裂く不可視の刃を自動で吐き続けるように固有魔術を組んで発動させる。これで完璧だ。


「……」


 僕はかつてあったとされる古代文明の時代に作られた未だ一切劣化していない魔導書の中身を読み進めていく。


「蓮夜様、蓮夜様。こちらは依頼にあった薬草でしょうか?」


「……ん?あぁ、そうだね。あっているよ。籠に入れておいて」


「承知いたしました」

 

「蓮夜様、蓮夜様。再び失礼します。こちらは依頼にあった薬草でしょうか?」


「……これは違うな。こいつは薬草と似ている二ズベラだな」


「わわっ……も、申し訳ありません」


「よく似ているので間違えるも致し方ない。気にすることはない」


「ありがとうございます」


「薬草との違いは葉の裏側だ。薬草の裏側をよく見ると茎の周りは紫色になっているのに対して二ズベラはなっていない。ここが違いだ。こいつは結構ちゃんと罠だから気をつけて。薬草のノリでむしゃむしゃ食べたら、食べるだけで傷を治してくれる薬草とは違って腹を下させ、数時間単位で下痢を止まらなくさせるから。傷負って薬草と間違えて二ズベラ食べてそのまま腹を下して下痢を垂れ流しながら免疫落ちてクソにまみれて死ぬ例もある」


「なるほど……それは恐ろしい話ですね。気をつけておきます」


「まったくだ。さっさとそれを捨てて新しく取りに行って」


「承知いたしました」


「蓮夜様。蓮夜様。こちらは依頼にあった薬草でしょうか?今度こそあっているでしょうか?」


「んっ、問題なくあっているね。この調子で頑張ってね」


「承知しました!私にお任せください!今度はどさっともって来ますね!」


「頼むよ」

 

 僕は自分の元にちょこちょこ頻繁にやってくる神楽に言葉を返しながら本をどんどん読み進めていく。


「神楽様、神楽様!いっぱい持ってきました!これが全てあっていたら依頼は完遂です!」


 次に神楽が僕の元にやってきたとき、彼女は己の手いっぱいに広がる大量の薬草を持っていた。


「……随分な量を持ってきたな」


 ほぼゼロの状態から半分ほどまで読み切った本を一度閉じて異空間に仕舞い、神楽の方に足を向ける。


「……ふむ。全部あっているな」

 

 さっさと神楽の持つ薬草を確認し終えた僕は彼女にそう告げる。


「おぉ!良かったです……これで依頼は終わりですね」


「あぁ。そうだな……ということで神楽」

 

 僕の言葉を聞いてほっとしたように息を吐いて籠へと仕舞う神楽の名を呼ぶ。


「何でしょうか?」


「お前が連れてきた面倒ごとを片付けろ」


「……はい?」

 

 僕の言葉に神楽が首をかしげると同時に空から一羽の鷹が舞い降りてくる。

 その鷹は体長にして6mは越しているだろう。とんでもない大きさの鷹……普通に魔物の一種である。


「……申し訳ありません!?気づきませんでした!」


「それは良い。まぁまぁ面倒な魔物であるからな……にしてもこいつを引き連れてくるとはどれだけ奥の森まで行ってきたんだが」

 

 慌てて謝る神楽の言葉に気にしないように告げる。

 それにしてもこの鷹はそこそこ強い魔物であり、こんな初心者が来るような浅い森にいる魔物ではない。

 随分と奥まで行ったものだと少し呆れる。


「それで神楽。お前が片付けろ」


「承知しました!」

 

 神楽は僕の言葉に力強く頷くと共に僕が適当にあげた剣を構える。


「……申し訳ありませんが一刀で殺します」

 

 未だまともに戦闘を学び始めてから三年も経っていない。

 そんな神楽の弱点は実戦経験の無さである。故に気配を読み解くなどの技量に関しては一段下がる。


「ハッ」

 

 だが、その圧倒的な才に任せた直接戦闘であれば別だ。

 弱い獲物だと油断しきっていた鷹の背後へと一瞬で移動した神楽はそのまま首を落とす。

 固有魔術を使うまでもない。基礎魔術で十分であった。


「お疲れ様。では、帰るか」


「承知いたしました」

 

 あっさりと魔物を片付け、依頼も達成し終えた僕たちは街の方に戻るのであった。

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