父上

 一年と半年。

 それが僕の魔の手に神楽が落ちてからの時間であり、たったこれだけの間にもう彼の心は既に女となり、僕への強い依存心を持ち合わせている。

 生まれ持った力強い正義心は何処へやら、今の彼女は僕の為ならば躊躇なく人ですら殺す……もう次の段階に行っても良いだろう。

 ちょうどいいタイミングでうちの父親も帰ってきたしな。


「失礼するよ」

 

 父上から呼び出された僕は彼の待つ大部屋へと軽い足取りで踏み込む。


「で?どうだ?」

 

 久方ぶりに会う息子への言葉。

 部屋の中で待っていた久しぶりに会う父上の第一声がそれだけであった。


「まだ僕は十だぞ、どうしたもこうもないだろう」


 和服ではなく西洋風の衣装を身につけて腰を降ろす父上の前に僕も腰を下ろしながら雑に答える。


 僕の父上、九条貴盛。

 杷国人離れした190cmという巨体に150kgを超える肉の塊。

 大岩のようなこの男こそが僕の父親であり、同年代と比べて見ても背丈の低い十歳となったばかりの僕が並んで座ればこちらが小石のように思えてしまう。

 体重は力であり、正義でもある。

 今、ここで僕と父上がぶつかりあえば負けることもあるだろう。体格差的には蟻が像に挑むようなものなのだから……と、考えると普通に勝てる可能性あるの凄くないか?


「まぁ、それもそうか」


 僕の雑な答えに父上は半ば適当に頷く。


「強いて言うのであれば金回りに苦しんでうち以外の枢機卿を頼った大司教の阿呆が口車に乗せられて僕に暗殺者を送り込んできたからそいつを抱き込んだくらい?最近は九条家に楯突く枢機卿も増えてきたよね……全く、誰のせいやら」


「はっはっは!言うようになったではないか!」


 僕の言葉を聞いた父上は先程までのつまらなそうな表情を一変させ、その巨体を震わせながら楽しそうに笑う。


「紫苑から聞いたぞ?今は寝室に女を抱き込んでいないばかりか男と共に寝ているとか。中々面白いことになっているようではないか」


「神楽はもう女だ」

 

 もう男を寝室に連れ込んではいない。


「……?あぁ、あのTS女薬か!あんな珍妙の品を男に使ったのか!なるほど、離れを利用した理由もよくわかる」


「それだけの価値があった。あれは僕の最高の札となる」


「目に自信があると?」


「ないとでも?」


「くくく、我が息子が順調に成長しているようで何よりだ」


 自信満々な僕の言葉に父上は体を震わせる。


「当然。男子、三日会わざれば刮目して見よ、ってね。人は別れて三日もすれば大いに成長しているものであり、また次に会った時は目をこすってしっかりと見なければならないのだよ」


「ふむ?良き言葉であるな……素晴らしい」


「ということで、父上が帰ってきたことだし僕はちょっと九条家を空けるよ。神楽と一緒に冒険者にでもなってくる。ここは暗殺者が来て怖いからね」


「おぉ!それは大いに構わん。多くを学んでくると良い」


「それじゃあ、僕はもう忙しいから行くよ、準備もしたいしね」


「暗殺者に襲われないよう、必死に冒険者として隠れておるのだぞ?ただ一人の我が息子が死なれては困る」


 父上は僕に対していたずらっ子のような笑みを浮かべながら皮肉を口にする。


「父上がうっかりで暗殺者の手で死んでその当主の座が僕に転がり込んでくることを願っているよ」


 それに対する僕の返答はどストレートであった。


「はっはっは!俺が死ぬのであれば暗殺者ではなく食い過ぎだろう!」


「くくく……確かに違いない」


 この世界の医療制度は前世の医療よりは遥かに格が低い。

 こんだけ食べ過ぎかつ太っていたら何時死んでもおかしくないだろう。


「安心せい、俺が死ぬのは食い過ぎか」

 

 父上は一度言葉を止めて、笑みを浮かべながら口を開く。


「もしくは我が血を分けた子に牙を剥かれること以外はないだろうて」


「ふっ……期待してていいよ」

 

 僕は父上の言葉に笑みと共に答えを出しながら大部屋から退出するのだった。


 ■■■■■

 

 久方ぶりに会う息子。

 その身に何があったのかは知らないが、大きく変わったと言って良い……その何もかもが。


「素晴らしい……非常に素晴らしい」


 九条貴盛は自身の想像以上の己が息子の成長に笑みを浮かべる。


「喰らえ、喰らえ、喰らえ……飽くなき欲を膨れさせ、他を押しのけ、頂点へ抱け……それが九条家よ」


 西洋を喰らい、既に押され気味であった西洋にさらなる混乱の種を植え付けてきた極東の怪物は己の飽くなき欲を胸に抱きながらわが子を思う。


「すまぬなぁ。我が子よ。我が一族は兄弟で喰らい合い、己が欲を肥大化させ、ただ一つの王へと至るのだが……生憎と、他は作れなかったのでなぁ」

 

 貴盛が抱いた女の数はいざ知れず。

 一万にも届く数であろう……だがしかし、今ではその抱いた女などただ一人しか生き残っていない。

 生来、体が強くなかったせいで一人の子供を産んだだけで体の方が限界を迎えてしまい、静かな地で療養している女しか、蓮夜の母親しか生き残っていない。


「代わりに俺という最強の壁を用意してやろう」


 数多の血で道を引き、心を殺しながらも王として生き残り、ただ一つの者として生き残った貴盛はいずれ来たる対決の時を今か今かと待ちわび続けるのだった。

 

 だがしかし、さしもの貴盛とて知らぬであろう。

 我が子が己の持つカルマですら些細なものへと変えるほどのカルマを積んでいることなど……。

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