執務作業
洗脳において重要なのは外界から隔離すること。
オウム然り、統一教会然り、カルトと呼ばれる宗教団体は信者を外界から隔離した状態で信者の洗脳を確固たるものだ。
僕がやっているのも本質的には同じだ。神楽に与えられる情報のすべてを僕とし、村での記憶はトラウマとして封じ込め、思い出せないようにしてやる。
こうすることで神楽の洗脳は完璧なものとなるだろう。僕の目的としては神楽を女とすることだけではなく、僕を任せたあ奴を己の妾として下につけることまである。
ちゃんと僕に依存させ、惚れさせる必要があるのだ。
「……」
故に僕は神楽と二人だけで行動しているのだが……何も僕の仕事は神楽を洗脳することだけではない。
九条家の執務も僕が行わければならないのだ。
「父上の帰還は何時ほどだ?」
神楽を離れ屋敷に待機させている中、執務室で執務作業を進めている僕は仕事中、常に己の隣にいるメイドである紫苑へと疑問の声を投げかける。
「まだ時間がかかるでしょう……西洋の方に言っておられますので」
僕の疑問に対して紫苑がパタパタと尻尾を揺らしながら答える。
アルビノとして生まれている紫苑は、更に珍しい獣人としても生まれている。
獣人とは極稀に突然変異的に生まれる獣の声質を持った存在であり、術式がない代わりに圧倒的な身体能力を持つ者たちだ。
紫苑もその一人であり、他者から迫害されていたところを僕に拾われた紫苑は己の秘書兼メイドである。
ちなみに紫苑は狼の性質をもった獣人であり、その頭よりは耳が、尻からは尻尾が生えている。
「差別意識剥き出しの負け犬共の相手にはさすがの父上も時間かかるか……」
九条家が生業とするのは宗教。枢機卿の中でも飛び抜けた権限を持ち、教皇を傀儡とするその宗教への圧力こそが九条家の力である。
そんな中で、自由経済に目をつけて宗教勢力への影響力が落ちてでも経済界への影響力を強めるべく行動し、杷国どころか世界で見ても大きな商会を作り上げた。
現在も父上は九条家を空けて西洋の方へと赴いて商いの最中であり、帰ってくるまで九条家の当主代理として家を回すのは僕の仕事だ。
初めのうちは産業革命とやらを起こして己が神であると言わんばかりに振る舞っていたが、今では杷国や大陸の天華などに押されて若干落ち目になりつつもそれでもなお肥大化したプレイド故に差別感情を剥き出しにしているのが西洋人たちだ。
難しい相手故に父上の帰還まで時間がかかるのも致し方なしではあるか。
「やれやれ……父上も酷な仕事を押し付けてくるものだ」
そんな父上のもとに生まれた僕の職務は父上の作った商会並びに経済界への影響力の維持と落ちつつある宗教勢力への影響を盛り返すことの二点である。
「蓮夜様であれば問題なく遂行出来るでしょう」
「当然だ。僕とて無能ではない」
金銭や権力を維持するのにも労力が必要だ。
そこを怠ることはできないだろう。まだ前世の記憶を思い出す前からやり続けていた仕事、前世の知識も加わったことで更に磨きのかかる僕の仕事ぶりは年相応という言葉を無視し続けているだろう。
「差し出がましいことを口にしました」
「別に気にすることではない……さて、僕がこなさなくてはならぬ仕事ももうないか」
これまで淡々と進めていた事務作業が片付き、僕は手を止める。
僕が直接確認しなければならない重要書類はこれでなくなったはずだ。
「今日は会談の予定はないな?」
「はい、本日は予定に組み込まれてはおりません」
「そうか。それでは僕はさっさと修練に向かう。仔細は任せる」
紫苑の返答を聞いた僕はゆっくりと立ち上がって執務室から出る扉の方へと向かう。
「承知しました……ですが、蓮夜様。一つご質問よろしいですか?」
そんな僕を紫苑は呼び止める。
「なんだ?」
「何故、突然修練などを初めたのですか?それに、私の名前や……つい最近拾われた神楽様だったり……」
「なんだ?わからないのか?」
紫苑の言葉に対して僕はあえて疑問で返す。
「すみません……わかりません」
「まぁ、良い。僕は九条家だぞ?」
「それは存じ上げておりますが……」
「わからぬか?九条家とは代々枢機卿と太政大臣を兼任し続けてきた名家であり、最も神に近い一族であるぞ?」
「……申し訳ありません。関連性が理解出来ないのですが」
「そうか。簡単であるぞ?ただ、僕が神より神託を受け取っただけのことである」
前世の記憶を思い出した……意味の分からない出来事であるが、それを他人に説明するのであれば神託扱いにしておくのが一番だろう。
「……っ!?」
「紫苑はこれまで通り僕に仕え続ければ良い」
「……承知致しました。それで?本日は床の方に女性たちを?」
「わざわざつけなくとも良い。どうせ僕の年齢ではまだ抱けぬ。手厚く世話して放置しておけ。しばらくはいらん」
「承知致しました」
「それでは後は任せる。ではな」
僕は紫苑に細かなことは任せ、己のチート性能を最大限活かせるよう修練へと向かうのだった。
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