魔術

 九条家秘伝のお香はまさに完璧である。

 使っているときは相手の意識を混濁させるが、使っていない時は特に影響ない。

 徐々に使っているときに植え付けられた価値観が使っていない時を浸食し始めたりもするけど、それでも普段は特段問題なく行動出来るのだ。

 

 それでなお一日に一回吸わなければ禁断症状が出始めるという優れモノだ。

 他者を己の支配下に置くのにこれ以上適したものもないだろう。


「ふぅむ……一体どういう風に薬が影響しているのか、謎である」

 

 前世の薬学の知識をも併せ持つ今の僕はあれだけお香の効果で知性がぐちゃぐちゃになっていた神楽が今普通に剣の素振りが出来ているという現状に首をかしげる。

 魔術的なものなのかな……?でも、この世界の魔術は別に万能というわけではないしなぁ。どうやって薬でこんな細かなことをやっているのか、疑問は尽きない。


「まぁ、一旦後回しで良いか……神楽。素振りはそこまでで良いよ」

 

 九条家の修練場で剣を一生懸命振るっている神楽へと僕は声をかける。


「了解だ!」

 

 僕の言葉に神楽は元気よく頷いて持っていた剣を元あった場所に戻してからこちらの方に向かってくる。


「基本的な体力トレーニングと素振りは終了。次は早いけど魔術について触れていこうか」


「おぉ……魔術か」

 

 僕の言葉を聞いた神楽が感嘆の声を漏らす。


「俺でも使えるのか?」


「問題なくね。誰でも使えるよ。神楽は魔術についてどれくらい知っている?」


「……正直に言って何も」


「そうか。それでは簡単に説明して行こう。まず魔術には基本的な基礎魔術と各々の魂に生来刻みこまれている固有魔術が存在する。基礎魔術は簡単だ。魔力が持つ循環と固定と発散の三つの性質を利用して行うものだ」


「……はぁ」

 

 僕の言葉に神楽が半分も理解していなそうな声色で頷く……まぁ、詳しく説明する必要はないか。細かく知っていなくとも魔術の発動には問題ない。


「体内にある魔力を循環させれば身体能力を向上させられるし、魔力を固定化させれば己の体の代わりとなるために再生でき、魔力を外へと発散させることで衝撃波を出すことが出来る。ぶっちゃけ基礎魔術は簡単だし、大したことじゃない。誰でも出来るようになる基礎中の基礎だ」

 

 基礎中の基礎が案外難しく、ここが最も練度の差が出る場所である……が、天才肌である勇者の身であれば直感でなんとかするだろう。

 僕とて基本的に直感一つで多くの問題を解決出来る。


「なるほど……」


「後でやっていくよ。基礎魔術であれば簡単にできるようになるから安心していい。それで基礎魔術が出来たらその次の段階。固有魔術についてだ」

 

「固有魔術……炎とか雷とかか?」


「そうだね」

 

 僕は神楽の言葉に頷く。


「固有魔術は固定化された術式、生まれもった己の魂に刻みこまれた術式を利用する魔術である」


 ここは才能の世界である。

 根本的な術式が脆弱であれば強者足り得ないだろう。


「例えば僕の術式は切断」


 僕は己の手の内に魔力を集め、それを己の魂に刻みこまれた術式に流して魔術を発動。

 少し腕を振るだけで不可視の斬撃が飛んで修練場に置かれている案山子を切断する。切れ味は抜群だ。


「おぉー」

 

「術式はただ一つ。だが、その解釈を広げることで数多の効力を得ることが可能だ。僕が良く使うので言うと距離を切断することで発動する転移。空間を切断することで発動する異空間収納などと言ったところか?想像以上に工夫出来る」

 

 固有術式の応用の仕方はかなり多い。

 基礎術式を極めるのは地道な作業で辛いが、こっちの方はこっちの方で奥が深すぎて終わりが見えない。


「……俺は、どうなんだろうか?」


「君は問題ないよ」

 

 心配そうにしている神楽へと僕は優しく声をかける。

 この世界において蓮夜と神楽の二人の才覚は少々飛びぬけている。

 この年になるまでほとんど魔術の修練をおざなりにしていた僕が適当に弄るだけでどんどん成長していっているのだ。

 公式から蓮夜と同等の才覚を持つと告げられている神楽であれば僕のように全然強くなれるだろう。


 むしろ、強くなってもらわねば困る。

 身体を男から女に作り替える以上、神楽の最大の武器であった勇者にだけ使える聖剣や聖鎧など言った特殊な宝具は使えないだろうが、それでもそのポテンシャルだけでも十二分にチート能力である。

 彼女にもしっかりと強くなってもらわなきゃ困る。


「魔術は奥が深い……やっていて暇になることはないと思うよ。例えば、みんなが頭を悩ませているのどんな魔術も己の手のうちからでしか発動出来ないという点。そこを改善するにはどうすればいいか、日夜研究が進んでいる。様々な研究が存在し、様々な人が多くの改良を行っている。それがこの魔術の世界だ」


「俺、本当についていけるのか……?」


「もちろんだよ。僕と一緒に、二人で頑張ろうね?」

 

 離れ屋敷で二人。

 外界から隔離されたただ二人だけの世界で心配そうにしている神楽へと僕は笑みを向けるのであった。

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