勇者の村

 九條家に代々仕えるだけのことはあるだろう。

 仇が剣は早々にゲームの勇者の生まれ故郷として登場する華生村の位置を発見してみせた。


「……あれか」

 

 仇が剣に案内される形で華生村へとやってきた僕は村から抜けて一人、森へと遊びに行っている少年を視界に収める。

 あれが未来の勇者であり、僕の敵だ。


「好都合だ。仇が剣。滅ぼせ」

 

 僕の命に従い、盗賊の姿に変装している仇が剣たちが華生村へと襲いかかっていく。

 盗賊らしい声を上げ、男を殺して女を嬲り、村の建物に火をつけて回る仇が剣を静かに


「……」

 

 僕の命によって人が死に、尊厳が踏みにじられ、生活が終わる。

 そのような様を目にしても僕の心は何も揺らがない。


「僕ってばちゃんとサイコパスだったんだなぁ」

 

 前世も今世も僕であることには変わらない……つまり、前世の僕もこれを前にしても特に思うことはなかったというわけだ。


「今となっては些細なものだが……よっと」


 華生村から少し離れたところで伸びている大樹の枝に座っていた僕はその場から降りる。


「マッチポンプ。これ以上に素晴らしいことはないよね」

 

 森へと遊びに出かけていた少年が村から火柱が上がっているのを見て、大慌てで戻っている様子を見ながら僕はつぶやき、少年と同じく村の方へと向かう。


「お父さんっ!お母さんっ!お姉ちゃんっ!みんなっ!」

 

 燃え盛る村へと臆することなく飛び込んできた少年は大粒の涙を流しながら村の中を走り回る。


「あぁん?まだ生き残りの餓鬼がいたのか……?これからが本当のお楽しみだってのによぉ」

 

 そして、当然ではあるが、少年はこの村で暴れまわっていた仇が剣、もとい盗賊の一人に見つかってしまう。


「……おねえ、ちゃん?」

 

 少年が盗賊に声をかけられて視線を送ったその先。

 そこにいたのは盗賊の手によって組みひしがれる猿轡をかまされ、乱暴に服を脱がされている己のお姉ちゃんであった。


「お姉ちゃん!」

 

 自分の姉が盗賊の魔の手に捕まっているのを見た少年は叫びながらがむしゃらに盗賊の方へと走り始める。


「あ?」


 だが、それに対して盗賊は低い声と共に殺気をぶつける。


「……ぁ」


 盗賊からの本物の殺気を浴びた少年は思わずと言った感じで足を止めてしまい、そのまま足をもつれさせて転んでしまう。


「んーッ、んーッ、んーッ!」

 

 そんな少年に対して猿轡をかまされている少年のお姉さんが必死に声を上げようとわめく。


「うるせぇ」


 それに対する盗賊は躊躇なくその首へと剣を滑らせてその命を絶つ。


「……ぁ」


 目の前で愛する姉の首を飛ばされた少年はその場で静かに涙を流し始める。


「あぁ……クソ、つい殺っちまった。流石に死体を抱くのはなぁ。いや、死んだばかりならまだありか?うし……試してみるかぁ」

 

 盗賊はそんな少年を無視してぶつぶつと独り言を呟きながら徐々に体温を失っていく


「うし、その前にまずは餓鬼の処理だな」

 

 盗賊は油断しきった緩慢な動きで少年の方へと近づいていく。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 少年はそんな盗賊の様子を見て弾かれたように隠し持っていたナイフを持って突撃していく。


「……っ」

 

 それに対して盗賊は一切の無駄のない動きでナイフを避けてその腹に膝蹴りを叩き込む。


「ごっほ!?」

 

 大人の膝蹴りを受けた少年は宙を飛んで地面を転がる。


「ごほっ、……ごほっ、ぐぇ」


「ったく、っぶねぇ。ガキだなぁ。死ねや」

 

 体を震わせながら地面に倒れて口から涎を垂らす少年に向けて盗賊が


「……あん?」

 

 そのタイミングで僕が登場し、盗賊の剣を受け止める。


「死ね、愚弄」

 

 僕の登場に困惑とした表情を浮かべる盗賊の持つ剣をそのまますくい上げて弾き飛ばし、その首元へと己の剣を突き刺して殺す。


「……すまない」

 

 そして、後ろを振り返った僕は少年に回復魔法をかけながら謝罪の言葉を口にする。


「……あ、貴方が何を、謝って……」


「助けに赴くのが遅れてしまった……もうしばし、来るのが早かったら村を守られたであろう」


「……いや、そんな……ことはない、んだ。……あの時、俺が、俺が動けていれば姉ちゃんは……ッ」

 

 僕の言葉に対して首を振って否定する少年はそのまま自己嫌悪の態勢となって後悔し始める。


「よっと」

 

 そんな少年を僕はそっと持ち上げる。


「君には何の罪もないとも……気にしないことは出来ないだろう。だが、そこまで思いつめるでない。君?名前は」


「……神楽。天野神楽」

 

 僕の言葉に少年、天野神楽は震える声で質問に答える。


「そうか、良い名だね……飲みなさい。喉が渇いただろう?」

 

 僕は一つの瓶を取り出して少年へと授ける。


「……あり、がとうございます」

 

 少年は受け取った瓶に入る透明な飲み物を一気に口へと含む。


「良い飲みっぷりだね。それじゃあ、行こうか」


 僕は自分とほぼ変わらぬ背丈の少年を降ろして地面に立たせてから彼の手を握って歩き始める。


「えっ!?あっ、ど、どこに!?」


「君の新しい家にだよ。今日から僕が君の居場所だよ」

 

 困惑する少年に対して僕は柔らかい笑顔を見せて口を開く。

 そして───僕の渡したTS薬を飲み干した少年と手を繋いで僕は自分の命で崩壊した村を後にするのだった。

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