第一章 TS勇者

ただ一つの悪

 この世界には生まれながらに勝ち組が存在している。

 もちろん、努力の有無によって下々の者が上へと上がってくるものもわずかにはいるだろう。

 だが、努力も必要とせず勝ち組である者もいるのだ。


 この僕、蓮夜もその一人である。

 世界に関する数多の国々の中でも東洋を統べ、太平の海たる泰平洋を庭とする我らが母国、杷国。

 象徴として頂点に立つ天王を中心とする杷国において実質的な実権を握って国を動かす五貴族が一つである九条家の御曹司として生まれた僕はまさしく勝ち組だ。


「雌。飯だ」


「承知いたしました」

 

 生まれたときから絶大な権力と莫大な金銭を受け継ぐことが確定とされ、魔術の才ですらも生まれたときから凡夫とは比較にもならないほどであった僕はまさに神に愛された子であると言えるだろう。

 

「お待ちいたしました」

 

 僕は自分の専属メイドとして働いている雌───珍しい白の髪に赤い瞳を持った白化粧された陶器のように白い肌を持つアルビノの女である紫苑が僕の命に従って己の夕食を運んでくる。


「ご苦労」

 

 僕は雌の方を一瞥もすることなく労をねぎらう簡単な言葉を告げた後に箸を手に取る。


「……」


 ただ広いだけで己と雌以外は誰もいない静かながらも決して殺風景ではない煌びやかな装飾がいたるところに施された食堂で僕は一人、手を合わせた後に箸を手にとって夕食として出された龍の肉を口に頬張る。


「……ッ」

 

 その瞬間であった。

 己の頭に割れるような痛みが走ったのは。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああ!!!」


 なんだ。

 なんだ。なんだ。なんだ……何だァッ!これはッ!?

 頭が割れるように痛い……ッ。椅子から転げ落ちた僕は頭を抱えながら無様に地面へと転がる。

 

 ただただ無秩序で、滑稽な夢物語としか思えぬ世界の情報が流れ込んでくる。どこだ、これは、お前は誰だ、世界はなんだ、ゲームとはなんだ。


『……お前が、何をしたか、どれだけわかっているのかァ!?九条蓮夜ぁ!この惨状はお前が作り出したものだ!』


 こいつは誰だ。


『騒々しいわ。耳元で騒ぐでない。穢れる……下々をどう使おうとも余の勝手であろう』


 ……これは、成長した僕か?

 どんな光景。何の光景であるのか……ゲーム?なんだ、それは。知らない、僕は知らないぞ、そんなもの。


『待って!?何が欲しい!?余であればすべてを……ッ!』


『俺が欲しいのはお前のような邪悪のいない平和な世界だァ!!!』


 景色が進み、情報が弾ける。

 僕の揺らぎ、何が現実で何が幻かの判別もつかない視界の中でキラリと白銀が光る……己の髪ではない、これは───剣だ。


「……ッ!ァァァァァアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 己の首へと剣が伸びて皮膚を突き破り、肉の繊維を分裂させ、骨を砕き、そしてそのまま振り切る。

 僕の首が宙を跳ねて血が飛び散る。


「……はぁ、はぁ、はぁ」

 

 痛む頭の中で僕は自分の首元に手を置き、繋がっていることを喘ぐように確認する。


「どうしたのですか!?蓮夜様!?」


 そんな僕の元に雌が駆け寄って、声をかけてくる。

 情報が消えた……否、収束した。

 何もかもが揺らいでは消えて、再び浮上してぐちゃぐちゃになって……何が何だがわからない。

 それでも頭痛は和らいだ。


「だ、誰だ!?これを作ったものは……すみません、蓮夜様。直ちに医務官とこれを作った不届き者をここに連れてまいります」


「……良い」

 

 僕は勝手に動こうとする雌を止める。


「雌……いや、紫苑であったな」

 

 雌……雌???

 人のことを雌呼ばわりはヤバいだろう。男女差別の問題も……いや、男であっても雄であり、男女関係なくただの地を這う物乞いどもであろう?あぁ、そう……ん?そう……頭が、こんがらがる。


「……へっ?あっ、はい!紫苑にございます!」


「仇が剣を呼びに行け」

 

 だが、そんな状況であっても僕は淡々と命令を下していく。


「紫苑。ここで見たことは何処にも言うな。僕からの命だ。背けば……わかっているな?」


「……ッ!しょ、承知しました」

 

 僕の言葉を聞いた紫苑は体を震わせながら首を縦に振って食堂から飛び出していく。


「……ぁあ」

 

 先ほどまで座っていた己の椅子へと座りなおした僕は未だに困惑が続く中でも頭の整理をするべくその場で目を閉じるのだった。

 

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