第10話 キャプテン・ゴブリン

「ゴブリン?」

「そうだ! 俺! ゴブリン!【キャプテン・ゴブリン】!」


それは奇妙なゴブリンだった。


ゴブリンといえば小汚くて臭い、というのが一般的であるが、そいつは身綺麗にしており、悪臭などは微塵もしない。


身に着けている衣服は着物に編み笠、そして太刀と脇差。

どう見ても日本の剣客風の出で立ちであった。


「それで、そのキャプテン・ゴブリンが僕に何の用?」

「おまえ、見どころある! 俺に付いてこい!」

「やだ」

「少し、考えろ! ロークデモ教の騎士を殺したんだぞ!」

「あれはただの略奪者だよ。それじゃあね」


面倒事はお断り。

ただでさえ面倒なことが盛りだくさんだというのに、これ以上の追加は要らない。


「待て! おまえの足! 本当は無い! そうだろ!」

「よく見てるなぁ。そうだよ」

「なら、その足をくれ! うちの子分に付ける!」

「これはやれないよ。何? ゴブリンの部下が足でももげたの?」

「違う! 人間! 人間の同族に手足を切られた! 哀れ!」


む……もしかして、こいつ、奴隷商を襲ったゴブリンか?


『アース、彼はどうやら件のゴブリンのようです』

『よし、とっ捕まえて100万カネーゲットだよ』

『外道ですか。ここはひとつ恩を売っておきましょう』

『えー?』

『彼は他のゴブリンとは違うようです。知性があります。そして、高い戦闘能力も持っているでしょう。恩を売っておいても損はないかと』

『アルがそこまで言うなら……』


気乗りはしないけど、アルのためだと思えばなんとか。


「分かった。君に恩を売ることにしよう」

「いいのか!?」

「ただし、義肢を作るだけだよ」

「むむむ! 仕方がない! 妥協する!」


ミラージュバタフライの翅を回収し剣客ゴブリンに付いて行く。

森の中、奥深くに彼の根城があった。


元は山小屋だったのだろう。

かなり年季の入った建物だ。


半壊したドアを開く、と中には四人の女性の姿があった。

いずれも衣服を身に着けていない。


全員がロストであり、そして丸太であった。

かなり雑に切り落とされたのであろう、傷が塞がったとはいえ見るに耐えない。


ボロボロの机の上には布の切れ端。

服を作ろうとしていたのか、しかし、製作は困難を極めていたのであろう、失敗した作品が山積みにされていた。


「帰ってきた! お前ら喜べ! 手足、治る!」

「治るわけじゃないけどね」


剣客ゴブリンの声に反応し顔を上げる女性たち。

その顔を見て僕はギョッとした。


「目が無い……」

『ついでに歯もありませんね』


外道ここに極まれり、だ。

連中は彼女たちを完全に物扱いしていたのだ。


舌を噛み切って自殺出来ないよう、ご丁寧に全ての歯を抜いたのだろう。

そして、膨らんだ腹を見れば何をされていたかなど考えなくとも分かる。


「なぁ、ゴブリン」

「なんだ、人間!」

「彼女たち、手足が付いたら何をすると思う?」

「喜ぶ!」

「……たぶん、自殺するよ」

「理解できない! なんで自分で死ぬ!」

「生きているのが辛いから」

「辛いなら! 辛いをぶっ壊せ!」


あ、こいつ、好きかも。


「そうだよね。でも、それができないくらい弱いんだよ。彼女たち」

「弱いのは悪だ! だから、その分俺が強い! だから、死ぬ、しなくていい!」

「……だって。耳は聞こえているよね?」


彼女たちは頷いた。


「取り敢えずは義肢を作るよ。入れ歯も作っておくかな」

「そうしてくれ!」

「義肢は木製にしようか。軽いし。でも、火には注意だよ」

「燃えるからか!」

「そう。君は木の枝や木っ端を集めてきて」

「任せろ!」


バタバタとキャプテン・ゴブリンは小屋を飛び出していった。

僕も小屋を出て入れ歯の材料を探す。


材料は動物の骨。

本当は金が良いのだけど、そんなものは当然ながらホイホイ手に入るものではない。


丁度、キャプテン・ゴブリンが仕留めた獲物が小屋の裏に転がっていた。

鹿か何かだろうか、立派な角だ。

毛皮も残っているし、これを加工して服でも作ってやろうか。


入れ歯と服を作り終えて小屋に戻る。

そのタイミングでキャプテン・ゴブリンが息を切らせて小屋に戻ってきた。


「人間! これでいいか!?」

「おぉ、いっぱい。それに早い。上出来だよ」

「当たり前だ! 俺はキャプテン・ゴブリン! ヒーロー!」


ふふん、と胸を張る小さな英雄。

であれば、それに見合う働きをしなくては。


というわけで木製の義肢をちゃちゃっと制作。

しっかりと合わせ目も、木工パテを盛ってヤスリ掛けして完全に消しましたとも。


入れ歯も微調整して彼女たちの口の中へとシューっ! 超エキサイティング!


「あ……う……」

「あう……が……お」


彼女たちは恐らくだが「ありがとう」と言いたかったのだろう。

それすら言えないほどに衰弱、或いは言葉を発していなかったか。


他のロストは不思議な顔をしながら義肢を動かしている。

僕の場合はテレキネシスで義肢を動かすが、これは違う。


彼女たちの持つ魔力と義肢を結び付けて自由に動かせるような設定を付与したのだ。


その分、義肢のディティールが気持ち悪いほど凝るはめになった。

もう、それ自体が芸術品といっても差し支えは無いと思います。


「はぁ、はぁうっ!」

「うーっ!」


信じられないといった感じで呻き声を上げる女性たち。

動くとはいえ、感触を感じる事は出来ない。

あくまで動かせているという感覚が伝わるのみだ。


これを完璧にするには、やはり視覚を取り戻すしかない。


となれば義眼が必要。

簡単な物ならガラスがあれば作れるが、生憎とガラスの原料はお高い。

代わりになる、硬くて透明度が高い物。

加えて安価な物は無いものか。


その時、テーブルの布切れの下に輝く何かを認める。

布切れを取り除くと、そこから宝石のような石が複数個確認できた。


「キャプテン・ゴブリン、これは?」

「それは【魔石】! 猛獣を捌いたら、たまに出て来る! 食えない!」

「だろうね。でも、これは使えそうだ」


それは薄紫色の水晶のような鉱石だった。

ほのかな魔力も感じられる。

これを加工すれば義眼に使えるだろう。


「よし、レッツ・ビルド!」


義眼は全部で八つ作る必要がある。

でも、これだと四つ作るのが限界だ。

なので一人一つで我慢してもらうより他にない。

代わりに皮で眼帯を作ってあげることにした。


かぽっ、と出来上がった義眼を右目にはめてあげる。

すると身体を痙攣させて驚いた表情を見せた。


「み……え……」

「あぁ、見えてる? 首を振るだけでいいよ」


すると彼女は首を縦に振った。

どうやらしっかり機能しているもよう。


義眼の制作に合計で四時間かかりました。

網膜や瞳孔にかなりの手間が掛かるとは思わなかったので軽い気持ちで臨んだのが拙かったもよう。


「これで一通りの修復は出来たかな」

「「「「……」」」」」


女性たちは嬉しそうな、でも悲しそうな表情を見せた。

きっと、既に決心は付いているのだろう。


「人間! 感謝! 子分たち、自由!」

「それは違うよ。奴隷商たちをなんとかしない限り、彼女たちは永遠に狙われる」

「なら、奴隷商、殺す! 全部殺して、安心! 解決! 俺、ヒーロー!」

「うん、キャプテン・ゴブリンなら、きっとできるよ」

「ぎゃっぎゃっぎゃっ! 当然!」


さて、僕にできる事はここまでだ。

後は彼と彼女たちの問題となる。


「あ、僕の名はアース。この件は貸しだからね」

「アース! 覚えた! おまえ、良い人間!」

「残念、僕は悪い人間さ。じゃあね」


こうして、僕はキャプテン・ゴブリンとの邂逅を済ませた。






後日、奴隷商が特殊なゴブリンに襲われる、という噂を頻繁に聞くことになる。

その襲撃者の中には、ロストと思わしき女性の姿もあったという。


多分、ひと悶着あって、それをキャプテン・ゴブリンが諫めたのであろう。

思った以上に気概のある漢だったもようで。


アルの見立ては間違い無かったな、と思う今日この頃でしたとさ。

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