第6話 変形(ロマン)

朝、それは僕にとっての戦である。


どんがらがっしゃん、というけたたましい騒音。

それは僕の失敗の音だ。


「この糞がきゃぁぁぁぁぁっ! 何度も、突っ込んでくるな、って言ってんだろうが!」

「それよりもブラッパちょうだい。あと、これ、修繕費」

「ふざけんなっ! あと、毎度ありっ! 二度と来るな!」

「また来るね」


あれからSパーツのローラーダッシュ機能を何度も練習しているのだが、いまだに使いこなせる兆しが見えなかった。

今では毎日、早朝にブラッパの露店に突っ込んで店を大破させるのが日課になってしまっている。


流石に、このままでは温厚な店主がカンカンに怒ってしまうだろう。

早急に改善策を考案したいところである。


あと、修繕費を支払ってばかりだと資金が早々に底を尽いてしまいかねない。

したがって金策も同時に施行しなければならないだろう。


ローラーダッシュの件についてはある程度の【妥協案】がある。

それは僕の体の構造を活かすというか逆手に取った案だ。


ローラーダッシュは【二本足】というバランスの悪さから来る姿勢制御の管理不備が原因であろう。

それは早期の内に判明していた事であるが、僕の意地のせいで解決案を先延ばしにしていた形だ。


だって、悔しいじゃないか。

最低野郎の作中ではモブですらローラーダッシュを使いこなしていたというのに、僕が出来ないだなんて。


でも、悔しいとか言っている場合ではなくなってきているのが現実だ。

このままでは僕はあそこのブラッパが食べられなくなってしまう。


何件かブラッパを提供している店はあったが、僕の下に適合するブラッパを調理して販売しているのはあそこだけなのだ。


僕の朝は、あの店のブラッパを食べないと始まらない。

したがって、ローラーダッシュによる衝突事故の解決は急務となろう。

それが例え、僕の意地を捻じ曲げることになったとしてもだ。


あとは資金調達の件であるが、この世界では猛獣から得られる素材を通貨に換金することが出来るもよう。


通常であれば、どこかの組織に加入し円滑的に事を進めるのが良いとされている。

しかし、その場合は組織にくみすることによる【しがらみ】が発生するだろう。

僕としては、そういった面倒事は避けたい所存である。


なので個人で直接、猛獣を狩り、買い取り先にて直接交渉するより他にない。

この場合、知識が無ければ安く買い叩かれる可能性があるが、そこは知識を獲得し防ぐ方向に持ってゆきたい。


特に専門業者でも狩り難い猛獣などの情報を仕入れ、それ専門の狩人になれば収入も安定するかもしれないのだから。


そうなると情報を効率よく収集するための手段が必要になる。

そこで活躍するのが小型偵察機だ。


『急に呼び出されて何事かと思いきや……』

「アルには打って付けの仕事だろ」

『まぁ、魔力きゅうりょうを貰えるなら文句は言いませんが』


スクラッチビルドで作り上げたのは多脚型小型偵察機。

形状は蜘蛛を模して完成へと漕ぎ付ける。

大きさは5センチメートル程度。

カラーはガンメタリックとゴールドで渋い感じに。

カメラアイは透明感のあるグリーンで。


意外と可愛らしくなった。

うん、悪くないかも。


こいつにアルの一部を搭載し、彼に遠隔操作してもらう。


最低限の武装として背に【二連装魔力機関砲】を装備。

昆虫や小動物程度なら軽く殺害できる。

流石に人間だと出血させる程度となるが、威嚇射撃目的であれば十分であろう。


「どう?」

『悪くない感じです。子機の感度も良好。母機である私に送られてくる情報も誤差が少ないかと』

「それは何より。それじゃあ、まずは【商人ギルド】に潜入してもらおうかな」

『おや、【解体ギルド】ではなくてよいので?』

「うん、それは後で良いよ。僕はその間に、ローラーダッシュに変わる装備を作るから」

『承知しました。それでは【クモ・アル】発進』

「その子に名前つけたんだ?」

『はい、私の愛機となる子ですから』


アルの分裂体が登場した小型の偵察機はよちよちと少し開いていた窓から外へと出て行った。


あとはアルが情報を仕入れるのを待つだけとなる。

その間に僕は新たな足の制作に取り掛かろう。


ローラーダッシュの問題点はとにかく姿勢制御の難点さ、これに尽きる。

この原因は二本足による走行。

そして、道が不整備である場合、凹凸による影響を強く受けてしまう点だ。


ホバークラフトの場合は浮かんで移動するため、姿勢制御はそう難しいものではない。

ただ、ホバークラフトの場合は機関が大型化する。

それでは通常歩行が困難になるし、移動の際にも障害物があると前進も容易ではなくなる。


つまり、ローラーダッシュの利便性と、ホバークラフトの安定性を兼ね備え、尚且つ歩行の際に通常の足と遜色のない脚部パーツを作り上げる必要があるのだ。


この際、足以外に機能を補填する機能を設けるのも一つの手段だろう。


例えば肩装甲を作り、そこに姿勢制御スラスターを設ける。

ランドセルユニットを作り、そこに多目的スラスターを装着する。

そして極端な話、転ばないように脚部に補助輪を付ける、など。


だが、僕が考案した脚部ユニットはこのいずれかでもない。

僕の生身の足が存在しない事を最大限に活かす。


まずはプロトタイプを作成する。

大雑把な骨組みだけでいいだろう。

動作が安定次第、装甲を取り付ける方針で。


用意するのは当然だが基礎脚部ユニット。

クッションとなるシリンダー。

そして、タイヤ四輪。


「よし……イメージが纏まった。ランナー生成」


基礎脚部ユニットは頑丈でなければならないため鉄を使用。

ゆくゆくは軽くて頑丈な物に変更したいが、今の僕の知識ではこれ以外は考え付かないし、そもそもが材料が見つからない。


シリンダーも同じく鉄で。

今のところ、重量はテレキネシスでどうにでもなっている。

でも、いずれは超大型機体が必須になってくる可能性も否定できないので、安易にテレキネシス頼みというのも考え物だ。


タイヤ部分。

ホイールは鉄。

タイヤはゴムが見当たらないので皮を使用してみた。


素材集めも研究と並行して行わなくてはならないだろうか。

そうなると僕以外の選任が必要になってくるだろう。


ある以外のスライムをスカウトする必要が出て来るかな。

流石に情報収集と素材集めを兼任させるわけにはいかないだろうし。


何はともあれ、ランナーが出来上がった。

後は無心で工作といこう。


この作業が全てを忘れさせてくれる。

黙々とパーツを切り出し、ヤスリ掛けをして、パーツを組む。

一つのパーツが完成する度に感動を覚える。


それらのパーツが一つの集合体となり、思い描いた物が完成した時はもう、脳汁がドバドバ溢れてやばい。


その後で塗装となるのだが、僕の場合は筆塗りが得意。

スプレー塗装も魅力的だけど、こっちは難易度が高い、とあって今まで手を出してこなかった。


これを機に、手を出してみようかな。

グラデーション塗装とか綺麗だし。


マスキングをして塗装の境界線を綺麗に仕上げるのもいいなぁ。


モールドも深く掘って完成度を高めたい。


あぁ、やっぱり物を作っている時が一番幸せだな。


「というわけで完成」


こいつの姿を説明すると、細身の足の膝、そして後ろ脹脛にタイヤがめり込んでいるかのような姿をしている。


実はこれ、変形機構を備えている脚部パーツなのだ。


ご存じの通り、僕には生身の足は存在しない。

であれば、かなり無茶な構造、変形機構を備えたパーツを装着できるのではないか、という発想に辿り着いたのである。


何より変形はロマンです。


「よし、試してみるか」


試作四輪脚部を装備。

まずは通常の二足歩行試験。


「問題はなさそう。快適に歩けるや」


問題となる変形機構。


ガッキンッ!


「いきなりトラブル発生だよ」


なんということでしょう。

パーツの設計が甘かったのか、タイヤを下ろす途中にパーツ同士が干渉して、床までタイヤが降りてきませんでした。


「うーん、ちょっとパーツを多重化しすぎたかな」

『ここと、ここが干渉してますね』

「ヤスリ掛けでなんとかなるかな」

『一度、バラした方がよろしいかと』

「だよね」


アルの忠告で組み上げたばかりの試作四輪脚部をバラバラにする。

そして、干渉していた部分をヤスリ掛けして動作確認。


タイヤ部分は三つのパーツを組み合わせて展開、収納が可能となっている。

構造は折り畳み式でパーツ自体はシンプルな物だったが、パーツ同士を連結させるパーツに不備があったらしい。


そこをヤスリ掛けすると、すんなりと稼働してくれるようになった。

最初から確認してから組み上げればよかった、と反省。


再度、変形を試みる。

膝、脹脛からタイヤが展開し床に伸びる。

タイヤが床に触れると同時に、今度は二脚が上にスライドし地面に干渉しないように縮んだ。


「おぉ、良い感じじゃないか」

『珍妙な姿ですね』

「効率を重視するとこうなるんだよ」


アルの言う通り、相当に不格好な姿であろう。

これで完全なロボットであるなら、それなりに見えるだろうが、生憎と胴体と頭は生身の人間なのである。


「あとは走破性とクッション性能だけど……これは実際に走ってみるかな」


再び二足モードへと変形。

今度は二脚の足が伸びてからタイヤ部分が収納される。


「うん、これもよし。あとは走破性と速度だけど」

『それもテレキネシスで?」

「まぁね。でも、今後の事を考えると別の動力源は必要かなと思ってる」

『それがいいかと。では、いってらっしゃい』

「いってきます」


仮拠点を出て試験開始。


四脚ドライブモードの最高速度は最高速度150キロメートルを想定している。

実際はテレキネシスの制御次第で280キロメートルくらいは出せるだろうか。


その場合、部品の耐久力が持たなくてバラバラになってしまうだろうけど。


あぁ、でもその前に制御できなくなって転倒して大惨事が先か。


「ちょっと操縦が独特過ぎたかな」


前進、後退はテレキネシスで調整するが、右折左折は別だ。

右足を前に出すと左折。

左足を前に出すと右折だ。


これはテレキネシスの節約になるが、慣れていないと真面に曲がれる気がしない。

ローラーダッシュの場合も真っすぐは容易だが曲がるのは困難極まるものだったし。


でも、この四輪の安定感はローラーダッシュと比べて段違いだ。

とにかく転倒の心配がない。

多少の悪路でもシリンダースプリングのお陰で衝撃が少なくなっている。

これは快適だ。


ブレーキはホイールの裏に取り付けているが、まぁ、テレキネシスで強引に止めるから保険程度の機能だろう。


「うん、うん。これならいけるかも。ただ、変形に時間が掛かるのが気になるなぁ」


四輪へのシフトに五秒。

二足へのシフトに四秒ほど掛っている。


これは一秒が命に関わる戦場では使用に耐えないだろう。


さて、この問題をどうするかだけど……まぁ、今はいいか。

変形機能を活用して状況を打破するような戦場は、今のところ赴くつもりはないし。


それよりも、朝の食事調達利便性向上こそが命題なのだ。

この脚部完成によって、それは果たされたも同然であろう。


後は耐久テストだけど、それはこれから毎日出撃するだろうからデータは自然に蓄積されるだろう。


問題はこの見た目。

完全に人外です。


「まぁ、いっか。多分、大丈夫」


僕は試作四輪脚部の完成度に満足し、この脚部に見合う武器の制作に取り掛かることにした。

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