第3話 ショートケーキと死の香り、密かなる同盟

「ああ。じゃあファーストコンタクトは成功したのね」


スマホの向こう側から、榛琳紗はしばみりんさの声がした。


「何か食べたい物はある?買って帰るよ」

「特にないけど、あえて言うなら苺のショートケーキかしら?」

「了解」


相変わらず欲が何も無いのかと思ったら、ショートケーキをご所望とは、いい傾向だ。とたすくは思った。

うちの姫様は、希死念慮が強く、欲求が薄い。

いや、琳の場合は自殺願望だ。理由がはっきりしている、死への願望だ。


彼女の場合は願望どころか、実際に高層ビルから飛び降りた事がある。

それを助けたのが、自分だった。

原因は簡単で単純で、明白で。


初恋だったらしい。学校の教師と生徒で、琳が卒業するまで待って付き合いだした。

結婚を反対されて、駆け落ちしようとして、飛行機事故にあって、相手が亡くなった。

葬式で茫然自失の琳に、相手の家族は怒りをぶつけた。

考えなくとも当然の反応で、でも、琳は自分を責めた。


愛していた分、自責の念は彼女を死に追い立てた。


何時も人の判断を狂わせるのは愛情なのかもしれない。


琳を助けた夜、俺は琳にそれは酷く責められた。

どうして助けたのか、何故死なせてくれなかったのか、どうしたらいいのかと。


俺は考えなく助けてしまい、答えを持ち合わせて居なかった。

せめてもの罪滅ぼしとして、俺は琳の家に足繁く通うことになった。


理由は他にも考えられた。

琳が能力者で、俺とよくを護ってくれたから、とか。

単純に助けた者の責任感や、ずっと暗い部屋に引き篭もってボーっとしてる彼女が心配と言う気持ちもあった。


でも、一番の理由は、簡単で単純で。

色素の薄い、ふんわりとウェーブのかかった長い髪、長いまつ毛に、硝子の様な瞳。


何よりも。

天涯孤独になった、と思っていた自分を孤独から救ってくれたのが彼女だった。


助けたつもりが、助けられてた。救ったつもりが、救われていて。


琳が笑うと、自分が癒される気がした。

いつの間にか、知り合い以上の感情を持っていた。

何時からか、自分の家よりも彼女の家に帰るようになって、今に至る。


「あなたの問題が解決に向かうと良いわね」

「ああ…」


琳が呟くように言って、俺は短く返事した。


土産に買ったショートケーキは、希望の味がするんだろう。



村主翼すぐりつばさは、喫茶店を出て少し不満な顔をしていた。


折角家に送ってくれるなら、あの高校生のお兄さん鳳翼おおとりたすくと言ったっけ?あっちの方が良かった。

彼の方が自分の好みだ。好みって言うか、好きって言うか。

お姫様抱っこもしてくれたし。とつばさは呑気に考えていた。


隣を歩くつばさが、そんな失礼な事を考えてるとは露知らず、よくは辺りを警戒しながら歩いていた。

つばさを見付けてまだそんなに立ってない。

だから、急に猫族の人間が現れるなんてない、とは思うけど。


思うけど、女の子を護るのは、ちゃんとしなくてはいけない、と思っていた。

よくからみた、つばさは可愛かった。


「でも、猫が敵なんて…私猫好きなんだけどな」

「ぼくも猫好きだよ、たすくは苦手っぽいけど」

「へぇ…」


気になる彼の情報は貴重だった。今のところは。

敵って言われてもピンと来て居なかった。今の所。


だから、背後から子猫がついて来ている事に気が付いて居なかった。


つばさの家まで彼女を無事に送って、満足気な笑顔を浮かべたよくが、家路につこうとUターンしたら、道に黒猫が、小さな子猫がポツンと街頭に照らされていた。


「可愛いね、おいで」


よくがしゃがんで子猫に目線を合わせる様にして、声をかける。と、黒猫はプルプルと身震いして、猫耳と尻尾がついたヒト型の少年に姿を変えた。


「お前、敵に可愛いねとか警戒心なさすぎでしょ」

「ずっと護りが効いてたから、普通の猫かと思った」

「なるほどね!普通の猫じゃなくて悪かったね」

「君、名前はなんて言うの?」

「は?敵に名前聞くか?」


猫耳の少年は吃驚した様子で、耳と尻尾をしまった。


「だって、君はいい人な気がするんだ」


よくが迷いない表情で言う。観念したような顔で、黒髪の少年は答える。


「おれは桜乃野道さくらののみち。一応猫族だけど、別に取って食おうとか思ってないよ。ね」


「他の君の仲間は?」

「正直わかんないね。本家の人間とおれはそんなに仲いい訳じゃないし」

「じゃあ何でつけてたの?」

「おれは昔みたいに普通に人間として会話できる位の状況にならないかな?と思ってただけ。で、お前が一番話せそうだったから、逃げなかった」


言われてみれば、普通の猫のふりをして、この場から去る事は可能で。

それをしなかったのは、意思疎通が出来る相手って事だ。


「ぼく達が欲しいのは、事件の原因、理由、動機、安心だけだよ」

「じゃあ其れは、こっちでも探れたら探るよ」


野道が手を差し出した、よくが其れに応えて握手した。

密かに同盟関係が、ここに誕生した。

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