第11話 シャワーの改良

 危ない危ない。危うくカイルお兄さまがお姉さまになるところでしたわ。


 でも、元々カイルお兄さまはお母様に似て女顔の美少年ですから、もしかしたらあんまり変わらない‥‥‥?


 いえいえ、ちょっとお姉さまでも良いかもとか思っちゃいけませんわね。


 ちなみにカイルお兄さまはリシアに連れられて、内股でお股を抑えてお部屋に戻りましたわ。


 正直その痛みはあまりわかりませんが、脂汗を流して顔を青白くなっていたので相当なものなのでしょう。申し訳ないことをしてしまいました。あとでお見舞いに行きませんと。


 それにしても、途中までは良い感じでしたのにどうして最後はあんな挙動になってしまったのでしょう? あれではホースの暴挙よりも凶悪ですわ。


 そう思いながらシャワーの魔道具に刻んだお湯を出す魔法陣を見直して、原因はすぐにわかりました。


「魔法陣の機能不足といったところですわね」


 私の感覚だと魔法陣は構造化プログラムに似ておりますわ。


 例えばこのお湯を出す魔法陣ですと、【魔力→{変換:水}→{条件:温度}→結果】みたいな手続きを組んでおりますわ。


 なのでさっきのを解決するのなら魔法陣に{条件2:水圧}を加えれば解決できますわね。


 ということでさっそく書き換えてみましたわ。


「う~~ん‥‥‥」


「アリシア、難しい顔してどうしたの?」


「カイルお兄さまの悲劇が起きないように魔法陣を改良したんですわ。けれど、すごく使いにくくなった気がしまして」


 なんというか安定しないのですわ。熱いお湯を出すと水圧が強くなったり、冷たい水を出すと水圧が弱くなったり。


「ん、ちょっと見せて‥‥‥なるほど」


 師匠は私から受け取ったシャワーの魔道具に魔力を流すと、すぐに原因がわかったみたいでした。


「魔法陣を複雑にしすぎ」


「複雑、ですの?」


「そう。魔法陣も魔法と同じ、発動する時にイメージが大事な要素なのは変わらない。そして人は二つのことを同時に考えるのは難しい」


「‥‥‥? ——あっ」


「わかった?」


「わかりましたわ!」


 用は処理の要領の問題ですわね。


 さっきの例えですと{条件1:温度}は{熱い・ぬるい・冷たい}の三つの選択肢から選び処理する必要がありました。そして選択肢はイメージすることによって選べます。


 つまり常に熱いお湯を出したいと思ったら、魔力を流しながら「熱くなれ~」って考え続けないといけません。そしてそれは{条件2}が加わっても同じです。


 そうなると途端にイメージするのが難しくなるのでしょう。頭で熱いって考えながら同時に強いって考えなければいけませんから。どちらかが不安定になれば、魔法陣の機能も不安定になります。


 これがコンピューターでしたら同時に処理することも簡単なのでしょうが、人の脳になると師匠の言った通りマルチタスクでも出来なければ難しいのですわね。


 まぁ、センスのある人であれば「熱くて強い水」って考えられるのでしょうが、正直そんなことを考えながらシャワーを浴びるのはめんどくさいですわ。もっとリラックスしませんと。


 それにせっかくなら多くの人に使ってもらえるように、使いやすく万人向けにしたいですし。


 しかし原因がわかれば改良するのは簡単ですわ!


 まずは魔法陣の改良ですわね。さっきのプログラムから水圧の条件を消しますわ。そしてそこに新たに水量の条件を付け加えます。


 そしてこの{条件:水量}には選択肢は与えず、一定の魔力量で一定の水が出るように条件を先に設定しておきます。これによって水圧の問題も解決ですわ。一定の量の水しかでないので水圧の上げようがありませんもの。


 でもやっぱり強めのシャワーは頭皮のマッサージになるので欲しいですわね。それに人によっては弱めのシャワーが好きな人もいるでしょう。


 そこで錬成魔法で変形させ、水圧の変化はシャワーヘッドを回転させることで散水の穴を小さくしたり、少なくしたりして変えられるようにします。


 ほら、洗車するときに使うシャワーノズルがそんな感じでしたでしょう? あれですわ。


「できましたわ!」


「今度は大丈夫そう?」


「はい! 見ててください!」


 師匠にそう言ってシャワーの魔道具を実演して見せます。


 取っ手を持って魔力を流すとノータイムでシャワーから水が溢れました。魔力を流す量を増やしてもそれは変わらず。


 これでカイルお兄さまの悲劇はもう起こりませんわね。


 次にヘッドの部分を回転させて水圧を変えていきます。ジャ~って感じの普通のシャワーから。


 次に左に半回転させて、ジョロと呼ばれる弱いやつ。逆に回転をさせると強めのシャワーに。


「そしてそして、そこからさらに右回転させると!」


「おぉ~、すごくよく飛んだ」


 最後はストレートと呼ばれる水が真っすぐ飛ぶやつですわ。お掃除用ならこれが一番でしょう。


 う~む、うまくいったのはよかったですけど、どれくらい回転させれば変化できるのかが分かりにくいですわね。目安になるものを書き足しましょうか。


「アリシア、うまくいったね。おめでと」


「ありがとうございます! でも、師匠のアドバイスがあったからですわ!」


「ううん、私はほんのちょっと助言しただけ。ほとんどはアリシアが作った。とってもすごい」


「そうですか? えへへ~」


「よかったら私にも作り方教えて?」


「もちろんですわ!」


 それから師匠にシャワーの構造を教えながら、シャワーフックを作ったり、更に使いやすくなるように意見を出し合ってシャワーの魔道具を改良しましたわ。


 こうやって誰かと一緒にものづくりをするのもとっても楽しいですわね!




「殿下~! そろそろ夕ご飯の時間ですよ~!」


 ——ガラガラ (扉が開く音)


「「あっ」」


 ——ピュ~~~! (リシアの顔面にストレートが当たった音)


「「「‥‥‥‥‥‥」」」


 や、やってしまいましたわ‥‥‥。師匠と水のかけっこをしてたら楽しくなってつい夢中になってしまいましたわ‥‥‥。


「あら、お衣装がびしょ濡れでございますね? で・ん・か?」


「ひ、ひぃ!?」


 水を滴らせたリシアが全く笑ってない笑みを浮かべてますわ!?


「あ、あのですわね‥‥‥これは‥‥‥」


「とりあえず、お風邪を引く前に着替えましょう? 奥様へのご報告はその後にいたします」


「お母様だけは! お母様だけはぁぁあぁあ!」


 結局このあとお母様にこってりと叱られるのは逃げられませんでしたわ‥‥‥。


 危うくお稽古の量を倍にされるところでしたけど、錬金術でシャンプーとリンスを作って献上したら、なんとか怒れるお母様を鎮めることができました。


 それと家族のみんなや使用人の皆様にもシャワーの使い心地と有用性は認めてくれて褒めてくれましたわ。


 ‥‥‥カイルお兄さまだけはなんかびくびくしてたってアレクお兄さまが言ってましたけどね。


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