第9話 水回りをなんとかしよう!
とある日。私の自室にて。
「殿下、おはようございます! 起きてください、朝の支度に参りましたよ」
「うぅん~~~」
「お水を持ってきましたから、お顔を洗って御髪を整えさせていただきますね」
「ん~~~ぶくぶくぶく‥‥‥」
「で、殿下! しっかりしてください! 溺れちゃいます!」
また別の日。お城の浴場にて。
「殿下、今日はご入浴しましょう。お手伝いさせて頂きます」
「むむむむ‥‥‥」
「ここに横になってください。頭から洗わせて頂きますね」
「むむむむむむぶくぶくぶく‥‥‥」
「あぁあ! 殿下! うつ伏せではなくて仰向けですよ!」
またまた別の日。トイレにて。
「むむむむむむむむむむ‥‥‥」
「殿下? 殿下! 大丈夫ですか! そんなにお通じが悪いのですか!」
「誰が便秘よ! ちゃんと毎日快便なんだから! って、なに言わせるんですわ!」
ここ最近、とても思うことがあります。なにかというと‥‥‥。
この世界、不便すぎますわ!
魔力って言う不思議パワーがあって、魔法が存在しているのにも関わらずちっとも便利じゃない。
自分の部屋はとっても広いのに洗面台が無いから顔を洗う時に寝ぼけて溺れかけますし。
シャワーが無いから髪を洗う時はお風呂場に寝転んで、お風呂のお湯に髪を浸けて洗わないといけませんし。身体を洗うのもいちいちお風呂から水を汲まないとだから洗い残しとかがありそうですし。
最後にトイレは水洗なんて望むべくもなく、紙は貴重だから拭く物は硬い木の皮みたいので、そもそも便器なんて無くておまるにぼっとんなんだもの。そして出した排泄物はメイドさんに頼んで処理してもらうことになりますわ。
今までの私だったらこれが普通って分かってたから気にならなかったかもしれない。
しかし前世の記憶を思い出してしまった今、文明人の記憶を持つ私にいつまでもこんな生活なのは耐えられない。
特に今あげた水回りのものは今すぐにでもなんとかしないと、乙女の尊厳に関わりますわ!
「ということで師匠! なんかそういう魔道具ってないですか?」
「アリシアは面白いところに目を付ける。ん~、お湯を作る魔道具はあるし、シャワーとやらはできると思う。でも洗面台と水洗トイレは聞いたことない」
「そうですか‥‥‥」
まぁ、仕方ないですわね。時代的にお風呂の習慣なんてないでしょうし、洗面台はメイドさんがいればあまり必要なかったんでしょう。水洗トイレ何て確実に時代にそぐわないオーパーツですわ。
が、それで「はいそうですか」と諦められない! それに私は錬金術師! 無ければ作ればいいのですわ!
「師匠、素材を分けてくれませんか? 自分で作ってみますわ!」
「ん、いいよ。面白そうだから私も手伝う」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
こうして私と師匠は錬金術生活向上委員会を立ち上げて、サンライト王国の水回りの改革をすることにしました。
まずは直ぐに出来そうなシャワーから作ってみようと思いますわ。
そのために私と師匠は参考になるお湯が出る魔道具を見るために浴場に行くことにした。
王城の浴場は、当時の名工が作ったのだとひと目で分かるくらい絢爛なつくりになってますわ。
浴室は全面ツルツルの大理石ですし、お湯を出すのは精巧に作られたドラゴンの彫刻から。まさに王族のお風呂って感じですわね。
「あれ? 殿下にレティシア様? こんなところでどうしたんですか?」
「リシア? ちょっと魔道具を見に来たのだけど、あなたはお風呂掃除ですの?」
「はい! ちょうど今終わったところです!」
浴場に来ると、井戸ポンプを作ってから何かと縁のあるメイドさんのリシアがいた。
「ちょうどいいわ。いつもどうやってお湯を沸かしてるのか教えて欲しいの」
「いいですよ。こっちに来てください」
リシアはそう言うと、私たちをお風呂場の隣にある小さな個室に案内してくれる。
「これがお湯を沸かす魔道具です」
「大きいわね‥‥‥」
お湯を沸かす魔道具はその個室のほとんどを埋めるほど大きな魔道具だった。
正直かなり邪魔ですわね。持ち運びができないし、掃除するのも大変そう。
でも、刻まれている魔法陣と、魔道具の構造を見れば納得できましたわ。
どうやらお湯を沸かす魔道具の魔法陣は二つの魔法陣から出来てるみたい。
一つは水を出す魔法陣で、もう一つは火の魔法陣ですわね。私が思ってた直接お湯を出す魔法陣とは違う。
この魔道具は二つの魔法陣が独立していて、まずは水の魔法陣で出した水をどこかに溜めておいて、あとから火の魔法陣で加熱してお湯を作っていますわ。だから水を溜めるタンクの分、この魔道具は大きくなってるのでしょう。
それに燃費も凄く悪そうですわ。これじゃあ費用が嵩むから庶民が手を出せないでしょう。
魔力を使えば魔道具を使えるけれど、誰でも自分の魔力を使って魔道具を動かせるわけじゃない。この世界の人は殆どの人は魔力を持っているみたいだけれど、それを使いこなすには魔力操作の訓練をする必要がありますわ。
それに魔力量は人によってまちまちですし、魔道具を動かす分の魔力が無い人もいるでしょう。
そういうときは魔石という、魔物を倒すと得られる魔力の塊から魔力を取り出して動力源にすることができますわ。
一般庶民が大きな魔道具を使う時は魔石で動かすことが普通ですわね。このお湯沸かしの魔道具にも魔石をいれる場所があります。まぁ、一般庶民で大型の魔道具を持っているのは裕福な商人や村長とかばかりでしょうけど。
「師匠、お湯をそのまま出す魔法陣とかって無いのでしょうか? そっちの方が魔力効率が良いと思うんですけど」
「ん、アリシアの言う通り。魔道具に刻む魔法陣は少ない方が消費魔力は少ない。けれど多機能の効果を持つ魔法陣は製作の難易度が跳ねあがる。誰でもできることじゃない」
「そうなんですか」
「お湯が出る魔法陣は聞いたことない。水の魔法陣と火の魔法陣の組み合わせでできそうだけど、それを開発するんだったらこの魔道具みたいに出した水を溜めておいて後で温める方が作りやすかったんだと思う。もし壊れてもシンプルな魔法陣なら修理しやすいし」
「なるほど‥‥‥」
手抜きっぽいこれも意外と考えられて作られてるってことですわね。
でも、お湯を出す魔法陣ってそんなに難しいかしら?
確かに師匠の言ったように水の魔法陣と火の魔法陣の組み合わせでもできると思う。
けれど、それなら水の魔法陣に温度のプログラムを付け加えるだけのほうが簡単なはず。
うぬぬ‥‥‥できそうと思ったらやりたくなってきましたわ‥‥‥。
「師匠、この魔道具にお湯が出る魔法陣を描き加えてもいいですか?」
「え、できたの‥‥‥?」
「たぶんできると思いますわ!」
「それじゃあとりあえず、ここに試してみて?」
そう言って師匠が鉄板を出してくれた。
この前までやってた【魔法付与】の練習みたいにまずは鉄板に魔法陣を刻んでちゃんと機能するか確かめようってことですわね。
私は鉄板に手をついて、魔力を流しながら【魔法付与】を発動させる。
まずは基本の水の魔法陣を刻んでいく。ただしその時、少しだけ文様を変えて新たにプログラムが刻めるスペースを空けておく。
あとはその空いたスペースに温度に関するプログラムを入れて‥‥‥ただお湯が出るだけだと一定の温度のお湯しか出ないから温度調整できるようにして‥‥‥でも事故が起きないようにある程度の設定温度は必要ですわね‥‥‥適当に冷水、ぬるめ、普通、熱め、熱湯でいいかしら‥‥‥よしっ!
最後に魔法陣を繋げれば、刻んだ魔法陣は鉄板に吸い込まれていった。魔法付与完了!
「師匠できましたわ!」
「ほんとに?」
「ほんとですわ! リシア、ぬるめってイメージしながらここに魔力を流してみて」
「は、はい!」
私が魔法付与をしてるあいだ、呆然としていたリシアにそう言って鉄板を渡す。
リシアがゴクリと一息飲むと、おもむろに魔力を流し始めた。
すると、すぐに鉄板に刻まれた魔法陣が光って、そこから水が出てくる。
「わぁっ! 温かい! ちゃんと温かいです!」
「うそ‥‥‥ちょっと貸して」
「はい!」
リシアが師匠に鉄板を渡すと、今度は師匠が魔力を流し始める。
それで本当にお湯が出てることが分かったのか、師匠にしては珍しく表情を見れば分かりやすく驚いてくれたみたいだった。
「ベースは水の魔法陣みたいだけど、まさか本当に新しい魔法陣を作っちゃうなんて‥‥‥アリシア、天才‥‥‥?」
「えっへん!」
まぁ、前世の記憶があるおかげですわね。ちょっとずるかったかしら?
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