第8話 ポンプを作る

 光の魔道具を作ったあと、次に水を出す魔道具、風を起こす魔道具、土を生み出す魔道具を作りましたわ。


 どれもただ鉄板に魔法付与で魔法陣を刻むだけだったから楽ちんでしたわね。


 今度はもうちょっと作り甲斐のある魔道具を作りたいですけど、次に錬金術大全に現れた魔道具も効果が変わっただけで作り方はほぼ同じ魔道具でしたわ。


 魔法陣が少し複雑になってたから難易度的には上がったのだろうけれど、私からしたら些細な変化なのよね。


 そんなことを思いながら、そこそこ魔力も減ったしマナポーションでも作ろうと、私は中庭の井戸にやって来ましたわ。


 どうやら先客がいるようで、釣瓶を引っ張っている小さな背中が見えます。


「んしょ‥‥‥んしょ‥‥‥よいしょっと! ふぅ‥‥‥え? で、でで、殿下!?」


「あら? あなたは昨日の‥‥‥」


 小さな背中は昨日もここで出会ったメイドさんだった。


 茶髪の髪を一つ結びにしていて、活発な印象を受ける女の子ですわ。


 年齢はカイルお兄さまと同じくらいで、メイドとして働いているってことは成人である15歳は迎えているはず。


「だ、ダメですよ!? これは私がお仕事で使う桶ですから!」


「大丈夫ですわ。今日はちゃんと忘れずに持ってきましたわ!」


 思わず苦笑しながら小脇に抱えた桶を示す。


 昨日は錬金術を使えるってことでついテンションが上がってて、水を入れる桶を忘れて彼女のを奪ってしまったものね。悪いことをしましたわ。王女だからって何をしてもいいわけじゃないもの。


「よかったです。あ、殿下のお水も今汲みますね!」


「悪いわですね」


「いえ、これが私のお仕事ですから!」


 メイドさんはそう言うと、再び井戸に釣瓶を落として水を汲み始める。


「んしょ、んしょ」とかけ声をかけながら縄を引っ張るのはなかなか大変そうですわね‥‥‥。


 やがて水を汲み終わったあとにはメイドの額にはうっすらと汗がにじんでいた。


「ねぇ、あなたはいつもこうやって水汲みしてるの? 大変じゃない?」


「殿下? そうですよ。大変ですけど、私はメイドの中でも下っ端ですから、こういった雑用は私の役目です!」


「そう‥‥‥」


 縄を強く握ったからか赤くなったメイドの手を見ながら私は考えを巡らす。


 確か、前世で小学校の時に社会科見学で浄水場に行った時にどういった構造か見たことがありますわね。そしてスキルの錬成魔法があれば作れないことはない。


「殿下? どうしました?」


「あなた、えっと‥‥‥」


「あっ、申し遅れました! リシアと言います!」


「リシア、少しここで待ってて、昨日のお詫びに良いものを作ってあげますわ!」


「はい? 良いもの? あっ、殿下!」


 パッと駆けだして、工房に戻る。


「師匠! 青銅を持ってませんか!?」


「青銅? あるよ。でも何に使うの?」


「ポンプです!」


「ポンプ?」


「水汲みを楽にする道具です!」


 師匠から受け取った青銅の塊を持っ‥‥‥重っ!?


 魔力を全身に流して身体強化!


 そうしてひょいっと持ち上げた私は、今度は井戸に向かって駆だします。


「あっ、殿下! そんなの持っていったいどうしたんですか!?」


「ちょっと待ってなさい。すぐに作りますわ!」


「はぁ‥‥‥? あ、でもまだお仕事の途中なので、先に済ましてきてもいいですか?」


「そうね。それなら一時間くらいしたら戻って来て」


「わかりました!」


 リシアが桶を持っていくのを見送って、私はさっそく作業に取り掛かることにする。


 まずはこの青銅に魔力を流していきますわ。


 せっかくだから【素材鑑定】を使ってみると、少々不純物が混ざってることが分かりました。


 それなら【錬成魔法】を使って青銅から不純物を抜いていく。そして青銅をパイプ、レバー、ピン、シリンダー、ピストンに加工させて‥‥‥。


 形を変えるイメージは粘土を捏ねて形を作っていくような感じですわね。硬いもの何ぐにゃぐにゃウする様子はちょっとおかしな感じですわ。


 そして細かいところほど繊細な魔力操作が必要で神経を使います。特にネジを作るのは大変ですわね‥‥‥。


 いや、ちょっとお待ちになって。ネジでくっつけるところも錬成魔法でくっつけてしまえば‥‥‥よし、これならネジはいらないですわ!


「しかし魔法って便利ですわね。前世の世界だと、これだけの加工をするにはそれなりの施設が必要なのに‥‥‥」


 きっと金属加工の職人だった叔父さんが見たら目玉をひん剥かせる気がしますわ。


 全てのパーツを作り終わる頃になると仕事を終えたのかリシアが戻って来ました。それから私が何をするのか気になったらしく師匠もやってきます。


「殿下! なんですかこれは!」


「水汲みを楽にするって言ってたけどどうするの?」


「ちょっと待ってください。あとは組み立てるだけなので」


 ここも部品は錬成魔法で結合させてさっとポンプ本体を作る。それからパイプとポンプ本体を繋げる。


 井戸を覆うくらいの板に穴を開け、そこにポンプを固定し井戸の上に設置する。


 あとはあらかじめ汲んでおいた呼び水を入れて、ポンプのシリンダー内に水が満ちれば準備が整いました。


 ふぅ~、初めて作ったけれどなかなか大変ですわね。あとはうまく作動すればいいのだけれど。


「リシア、さっそくだけどやってもらっていいかしら?」


「はい? どうすればいいですか?」


「この棒を上下に動かしてちょうだい。そしたらここから水が出てくるはずよ」


「本当ですか? 殿下が言うならやってみますけど‥‥‥」


 今まで水汲みと言えば重労働だったからか、リシアは訝し気な顔をしつつもポンプのレバーを動かす。師匠も興味深そうにその様子を見ていました。


 そして数秒もしないうちに勢いよく排出口から水が出てきて。


「わ、わわっ! 出てます出てます! 水が出てます!」


「びっくり」


「どう? これなら水汲みも楽でしょう?」


「はい! いっつも息切れしながら水を汲んでましたけど、これなら全然疲れません!」


「そうでしょうそうでしょう!」


 ぎこぎこぎこと何度もレバーを動かすリシア。師匠はどうして水を汲み上げてるのか考えてるのか、顎に手を当ててジーっとポンプを見てる。


 というか、いつまでも動かしてたら水浸しになりますわよ?


 わーわー!とリシアが騒いでいたからでしょう。中庭はお城にも結構声が響くので、何事かと気にした何人ものメイドさんたちが様子を見に来ました。


 そのたびにリシアがポンプで水を汲んでる姿に驚いて、自分もと代わって使ってみれば今までとは段違いの手軽さに驚いています。


「どうしたどうした、こんなに集まって」


「あっ! アレクお兄さま!」


「アリシア? これはなんだ?」


「これはポンプですわ! 井戸に設置して水汲みを楽にするの!」


「ポンプぅ? うおっ! なんだこれは! めっちゃ簡単に水がでるじゃないか!」


「私が作ったのですわ!」


「アリシアが!? すげぇじゃないか! どんな魔道具なんだ?」


「これは魔道具じゃないわ。普通の道具ですのよ」


「なに!? それじゃあこれは誰でも作れるってことか? どうなってるんだ?」


 それから私はアレクお兄さまにポンプの簡単な仕組みを教えていく。


 さすがは王太子でもこの国の技術者というわけか、アレクお兄さまはストローを例に出して説明するとすぐにその仕組みを理解してくれました。


 そして同時に、このポンプが誰にもっとも必要なのかもわかったのでしょう。私に真剣な、為政者の顔を向けてきます。


「アリシアは凄いな。こんなのを思いつくなんて。ポンプは民にも広げるべきだろう。このことは父上に伝えてもいいか?」


「もちろんですわ! あとで設計図を書いて持っていきます!」


「さすがアリシアだ。民たちも絶対喜ぶぞ!」


「えへへ~」


 嬉しそうに私の頭を撫でるお兄さま。私もお兄さまに撫でられて嬉しい!


 それに私が作ったものでみんなが喜んでくれるなら、私個人としても、この国の王女としてもこんなに嬉しいことはないですわ。


 やっぱり私、ものづくりが好きだなぁ。

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