第5話 初めてのポーション作り

「それじゃあさっそく、マナポーションを作ってみる」


「え、いいんですかっ!?」


「ん、ここからは実践あるのみ」


「やったぁっ!」


 師匠のその言葉に、私はつい飛び上がらんばかりに歓声を上げました。


 やっとですわ! やっと錬金術ができますわ!


「師匠! まずは何をするんですか!?」


「ん、まずは水を錬金釜に入れる。錬金釜を使う時は必ず水や錬金薬が必要になる」


「あっ、もしかして中庭に続くこの部屋を工房にしたのって井戸が近いからですの?」


「あたり。無駄なことは省くに限る。それに錬金術は魔力をよく使うから、水を出すだけに魔力を使うのはもったいない」


 確かに。しかし、この世界には水魔法や水を出す魔道具アーティファクトはあるけど前世みたいな水道は無いのですよね‥‥‥。


 とくにこの国では貴重な水魔法スキル持ちを水を出す役にするのはもったいないですし、魔道具は作れる人が限られるせいでぜんぜん普及していないですもの。


 だから飲み水はともかく、生活用水で水を使いたい時は井戸からえっちらおっちら汲まないといけないのですわ。


 これは二つの世界の記憶がある私だからできる予想ですけど、この世界にはスキルや魔法っていうかなり便利なものがあるからか、そのせいで前世の工業といった分野は遅れてるような気がしますわ。


 例えば灯りだって未だに主流なのはロウソクや松明ですもの。灯りの魔道具はあるけれど、それを持っているのはお金持ちや特権階級ばかり。


 それは灯りの魔道具を作れるのが数の少ない錬金術師や、そういうものを作れるスキルを持っている人ばかりだから、人々にいきわたるほど量産できないってことですわね。


 もちろんスキルを持たなくても作ろうとした人はいたとは思いますわ。けれど、それにスキルが必要なんだと知ると「じゃあ無理だべ」ってあきらめてしまう人がほとんどなのですわ。


 この世界の人々にとってスキルと言うのは、それくらい絶対的なもので不変的なものだから。そのスキルを持っていない自分にはできないって半ば決めつけてしまうのです。ある種の思考停止ともいえますわね。


 でも、幸いここは職人の国サンライト王国。その知識を渡せばすぐにでも形にできるくらいの技術はあるはず。あとでお父様に伝えましょう。


 前世の記憶を思い出したことは言って無いですから、もしかしたら「そんなことどこで知ったんだ?」って疑問に思われるかもしれないですけど、今は錬金術全書って便利な言い訳ができましたし。


 せっかくなら思い出す限り便利な国にしていきますわ!


 でもでも! 今は初めてのポーション作りが優先!


「師匠! さっそく水を取ってきますね!」


「あっ、待って私が‥‥‥って、行っちゃった」


 師匠が何か言いかけた気がするけれど、私は井戸へ一直線に向かいます。


 すぐに自分で水を汲もうとしたけれど、ちょうど洗濯用の水を取りに来たメイドさんに見つかって「アイリス様に水汲みなどさせられません!」って無理やり代わられてしまいました。


 逸る気持ちで足踏みしながら待ちに待って、桶を受け取った瞬間に工房に向かって走り出します。


「あっ! アイリス様ぁ~っ! 私の桶は置いて行ってください~っ!」


 ごめんなさい! うっかり手ぶらで来ちゃったから入れるものが無かったの! あとで返しますわ!


 それからスキルが無くても使える魔力操作の身体強化を使って、十歳の小さい身体でもほとんどこぼさずに水を持ってきました。


「師匠! 水を持ってきましたわ!」


「ん。それじゃあ、これがマナポーションの素材になる魔力草。あとはレシピ通りに作ればいい」


「あっ、なるほどそのための【錬金術全書】ですわね!」


「そう。一応隣で同じの作ってるから、何かわからないことがあったら言って」


「わかりましたわ!」


 ということで、召喚! 【錬金術全書】!


 改めて手の上に出てきた大きな本を開いて、マナポーションのレシピが乗っているページを開きます。なになに?


 〇マナポーション

 素材 水、魔力草

 作り方 錬金釜に水を魔力草を入れ、魔力を流しながら完成するまでかき混ぜる。


「‥‥‥‥‥‥」


 え、これだけですの?


 あまりの大雑把な作り方に思わず絶句してしまいますわ。


 いやいやいや、分量は? かき混ぜる時間は?


 もしかしてこの世界の人たちは、これだけの記述で納得できちゃうくらいアバウトなんですの!?


 それとも私の錬金術全書、やっぱり不良品!?


「あの、師匠。さっそく質問していいですか?」


「ん、なに?」


「これって、書いてある通りそのまま入れていいんですの? 分量とかどれくらいかき混ぜるのか分からないのですけど」


「そこに気づくなんてアリシアは優秀。もしかして普段から料理とかしてる?」


「いや、してないですわ」


 これでも王女様ですし。


「なら、やっぱりアリシアは素質がある。確かに魔法薬ポーションは分量が大事。マナポーションだと魔力草に対して水の量が多いと効果は薄くなる。ただ薄くても濃くてもマナポーションはマナポーションだから、【錬金術大全】には反映されてないだけ」


「なんかそれ、随分不親切ですわね」


「【錬金術大全】はただのレシピ本じゃないから、何度も作っていくうちに気が付かせる思惑があるんだと思う。アリシアは作る前に気づいちゃったけど。すごいね」


「えへへ~」


 褒められて嬉しい!


「それで、かき混ぜる時間は‥‥‥見てて」


 師匠はそう言うと、自分の錬金釜をかき混ぜるのに集中します。


 やがて数分もしないうちに、錬金釜が強く光り輝きました。


「きゃっ」


「これで完成」


「師匠、今の光は?」


「錬金釜で錬金術をすると、うまく完成すればさっきみたいに光るようになってる。だからかき混ぜる時間が光るまで。流す魔力によってかき混ぜる時間も変わるから書いてないんだと思う」


「なるほど、確かにそれじゃあ個人差があって参考にならないですものね


「ん。ちなみに錬金術に失敗すると‥‥‥」


「失敗すると?」


「爆発する」


「わぁお‥‥‥」


 絶対に失敗しないようにしないと。また前世と同じになっちゃいますわ‥‥‥。


「もしもヤバいと思ったら、すぐにしゃがんで【錬金術全書】。こうすれば怪我しない」


 師匠が錬金術全書を開き、身を守るようにしゃがみこむ。


「‥‥‥‥‥‥」


 武器にもなって、盾にもなる。錬金術全書、実はそっちが本来の使い方なのでは?

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