第9幕 二人、並び立つ

「ハレー、お前は私と共に在ると言ってくれた」

「そうだが、改まってどうしたのだ」


 泉の水を飲んでも、ダークエルに変化は現れなかった。

 めぐみをとり戻したムーンフォレストの奇跡が彼女にも現れれば良いと水を飲ませたから、落胆しなかったと言えば嘘になる。

 それが顔に出ないよう言葉を探していたハレ―より早く、ダークエルは口を開いた。


「あの森でのお前の言葉、いまここで。どうせ準備が出来たら、一座の呼び込みをするのだろう?」

「……何を言っている?」


 ハレーはダークエルに怪訝な表情を向ける。

 彼女の黒い瞳には、決意が見える。これまでの彼女とは違う、アズール王やクレタを想起させる強い輝き。

 あとは少しの好奇か。


「一座で獣使いとしてわたくしと共に生きるのも一つの道だ! ……いまこの場で、それをお前と」


 少し掠れた耳に心地よい声音で、声高に返されるあの時の言葉。彼女は更に顔をこちらに寄せる。


「こういうのはどうだろう? 耳を貸してくれ」


 ああこれは……面白そうなイタズラを思いついた王と同じ顔だ。

 ハレーはそのことに気づき、笑う。

 まだ彼女のことを、自分はよく知らない。黒の王と既知と言っていたこともあり、外見よりも若いのかも知れない。この瞳の煌めきが彼女の本質でも、黒い瞳が美しいことには変わりないのだけれど。





「では頼む、ハレー

「やめてくれ、先も後もない。わたくしたちは共に在る、相棒だ」


 仕込みは済ませた。

 露店へ声掛けし、住民に危険がないようロープを進入禁止用の仕切りとして簡易だが張る。

 露店の従業員はハレーの顔見知りも多く、準備を手伝ってくれたこともあって場所はすぐに確保できた。道具も果物ナイフ、ボールなど快く貸してくれた。ステージも立体的な客席もないから立ち見が増えると後ろから見えない懸念があったが、打ち合わせの演目ならば問題なさそうだった。


 ハレーたちの準備の様子を見て、更に広場に人が集まってきた。

 一座が戻って来た。きっと何かある。

 そう思わせるほど積み上げてきた一座の実績が、ダークエルの目の前に言葉なく示される。

 だが、本来そこにハレーは含まれない。


「まったく……わたくしは調査隊で、演者ではないのだがな」

「ふふ。あの時は演者顔負けのセリフ回しだったよ。紹介も頼む」

「ハァ……光栄だ」


 皮肉を込めて苦笑しつつ、少しの緊張を深呼吸して誤魔化すハレーの耳に、ダークエルは囁く。紹介はこうだと。


「……私は、シェーラ・グリフ。……違うな。今日から私は、シェーラ・グリフ・だ」

「ダークエル……」

「シェーラでいい。それかと呼んでやろうか?」

「ハハ! ではシェーラ、よろしく頼む」


 ロープで仕切った簡易な舞台。

 ハレーとシェーラ、二人は並び立つ。





「さぁ! はじめましての子どもたち、久方ぶりの紳士淑女もお立ち寄りあれ! 青の国に帰ってきた一座が、いまここでひと足先に出張公演をさせていただく! 夕食前の賑やかし、今晩の憩いの話題に酒の肴に、少年少女の明日の光に! ひとときお楽しみいただきたい!」


 ハレーは声を張り上げ呼びかける。

 すでに察知して座って待っている者、反応して集まる者。人はすぐに広場を埋めるほどになった。

 露店から借りた木箱に乗り、観客の量を確認しつつ注意を引く。

 皆の視線がこちらに集まって、ざわつきが落ち着くのを見計らい、ハレーは大仰に驚いて見せた。


「おぉっと! 期待を込めた皆の眼差し、わたくしハレー、光栄の至り。だが聞いてくれ! 皆の視線を独占しすぎると、後ろの店主たちがわたくしの夜道を狙うだろう。この公演は無料であるから、是非飲み食いしながらくつろいでほしい!」


 観客の笑い声と、後方の露店からのからかいのヤジが飛ぶ。


「命拾いしたな色男! だが、動くと危ない。観たいヤツはイスはねぇが座ってくれ!」

「みなさんの所に売り子を回します! 座るときに間を開けて通れるようにしてください!」

「均一料金にしてやる! 欲しい人は先にコインを手に握っててくれ!」

「感謝する! 聞こえただろうか!? 譲り合って通れるようにしてくれ! 離れていても大丈夫だ! 見えないような損はさせない!」


 店側の柔軟さに感謝しつつ、ハレーは注意喚起を何度か繰り返した。

 再びざわつき、群衆が揃って指示に従い動き始めた。

 ハレーはシェーラに目配せする。彼女は緊張がないのか、ハレ―のさっきの口上に口角を上げ、頷いた。


「店の対応が早いな。いつもこうなのか?」

「祭りごとが好きなのは否定しないが、初めて会うキミにいい格好がしたいのかもな」


 気分が高揚してきたからか、ハレ―も軽口で返す。

 住民が座ってしまうのを確認して、木箱を片付け両腕を広げて呼びかける。


「お待ちかねの皆さま! 今回のメインキャスト、シェーラ嬢を紹介する!」


 ハレーは身体ごとシェーラを向き、観客に示した。

 瞬間、シェーラの身体から黒い瘴気しょうきが吹き上がる。身体が巨躯きょくの男へと変わり、野太い高笑い上げながら観客の直前まで迫る。

 驚きとも悲鳴ともとれる観客の反応。シェーラは腕を振り、瘴気をうねる蛇のように中空で広場を一周させ、また身体の内へと戻した。


「シェーラ!?」

「大丈夫だ!」


 ハレーの打ち合わせた時とは全く違う行動。呆然としそうになるのをこらえ、彼は呼びかける。返ってきた言葉は、紛れもなく女性のシェーラのものだ。

 収束した瘴気が彼女を覆い、すぐに霧散する。

 現れたのは、男でもない。そして、ハレーの知る女性の姿でもない。


 アズール王、クレタよりも年下であろう少女。

 彼女は観客へうやうやしく一礼し、名乗りを上げる。


「シェーラ・グリフ・ダークエル。よろしく頼む」


 その黒い瞳は、ハレーが美しいと感じた色を宿し、先ほどまでのシェーラの面影を残していた。



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