第8幕 ダークエル、思い出す
ダークエルは空を仰ぎ、先ほど観たハレーの物語を思い出す。
穏やかな青い空が嘘のような、真っ赤な怒りの物語の続きを。
◇
殺意を抱き 刃を握り
怨嗟を抱き 世界を呪う
たどり着いたその先の
赤き怒りを突き立てんとす
衛兵 立ち塞がろうとも
怨んだ術で壁の向こうへ
赤き血で積んだ技
青き血で継いだ術
百人は殺せない
隣の街へは飛べないが
人垣の向こうの命は奪える
青き瞳の青年の 赤き怒りが向かう先
奪え
奪え
奪え
奪え
家族であることすら許されない
顔も知らない父親を生んだ
青の国の 根源を
青の国の 王の首を
◇
ハレーを辿る物語。
孤独の中での成長の軌跡も、舞台にかかれば炎をくぐり、細い綱を渡り、空中ブランコを跳ぶ演目へと変わる。赤を基調とした照明と、ズンと重く奏でる伴奏が緊迫感を演出した。
やがて劇中のハレーは成長し、ポンス姉弟ではなく役者はブローセンへ。
異様に手足の長い痩身の男性。彼のさまざまな武器を使った演武は、アクロバティックで舞台が狭く感じるほど美しいものだった。
大勢の中では忌み嫌われ、路傍の石ころのように蹴られた個性の集まり。
一座ではその一つ一つが宝石なのだと、もう彼ら演者は知っているのだろう。
◇
願ったのではない
ただ
ただ 許せなかった
ぶつけられない想い
愚かだとしても 道連れを
だが 何かを成すには
孤独な怒りは弱いもの
英雄でもない彼の行先は
ただ囚われた反逆者
◇
「良かった! ちゃんと生きてたね」
キンとテントを満たす高音は、体格に不似合いなマントを羽織ったポンス・ブルックス。
発案者ということもあり、一人二役なのかも知れない。
囚われたハレ―との対面の場面。椅子に括りつけられ、紋様が描かれたロープで縛られている。声を発さず喚くような動作は、「殺せ」とでも言っているのか。
演者の二人以外、無音だ。
照明も演者の二人だけを白く照らし、他は真っ暗な空間に変わった。
「お兄さん……僕を助けてくれないかな? え? 僕のこと殺そうとしていたのにおかしいだって? 大丈夫だよ! 出会った瞬間から僕の命を狙ったお兄さんなら、これからは仲良くなる以外ないでしょう?」
幼いアズール王のセリフ。
ダークエルはこの局面でこの考えが生まれる王は、間違いなくハレーの王だと苦笑したことを覚えている。
王は語る。
幼き身でありながら月の加護が早くに現れ、水見のために王になったこと。
王は語る。
自分が幼いから壊せば
王は語る。
未来に、自分と同じ王の世代に大きな試練が訪れる。水見でも分からないほど大きい、このムーンフォレストと共にある全てを左右する試練が。
「その水見が現れるたびに、青い星が空を流れるんだ。きっとお兄さんだよ! こんなにキレイな青い瞳が、赤く燃えてるんだもの!」
青の王は、ミカエルと同い年なら当時まだ十にも満たないだろう。
演じるポンスのセリフ憶え、表現にも舌を巻く。
しかしそれよりも……。
――苦難に溺れ、命すら脅かされ……どうして笑える?
舞台のハレーに、ダークエルの疑問が重なる。
隣に立っている彼は、何を見たのだろう。
「青の王の宿命を背負った日、母上は言った。あなたはここに居てはいけないと。運命が、困難が……僕を殺すくらいなら、逃げてほしい。生きてほしいと」
◇
拒絶が愛のカタチなら それ以上の愛を
逃れられない運命なら それ以上の野望を
潰されるほどの悪意なら まだ それ以上の愛を
独りでできないのなら―― 見つける
若く幼き王は笑う
だって出会えた 輝き
両腕広げ高らかに 空に突き上げるほどの喜びさ
月の光を受けた日に 母上は言った
ここに居てはいけないと
運命が 祝福が 子どもの僕を潰すだろうと
その涙が何よりも 僕の心を燃やすのさ
全てを叶える男であれと
だから はじめまして暗殺者さん
僕の光になってほしい
見えない未来の果てまで照らす
青く輝く彗星に
◇
テント内に風が吹き上げた。きっと、観客が居ればここで紙吹雪でも舞うのかも知れない。
ハレ―の転換期は、この出会いだ。
ここに居てはいけない。
何度も聞いた、呪縛の言葉。そこには哀しき愛があった。
実際の出会いで、王が狙って言葉にしたかは分からない。もしかしたら、飢え死にしそうなハレーを拾っただけなんてこともあるかも知れない。
けれど、彼の物語の方向はここで変わり、青い血を憎んでいた青年は、家族とまで言えるほどの絆を得るに至った。
物語ではない現実でも、彼は家族を得たのだ。
いま同じことをダークエルに伝えたいと、ハレーは語る。
王の望んだ星の光は確かに世界を駆け、彼女を照らした。
◇
あの舞台を改めて思い返し、見上げた視線をハレーに向ける。彼は語り疲れて喉が渇いたのか、瓶から水を飲んでいた。
「王が泉の水を汲むように助言をくれてな、キミも飲むと良い」
さっきまで直接飲んでいた瓶をそのまま差し出され、思わず瓶をじっと手元を凝視する。粗野だ粗野だとは言ったが、なんとも意識していないのだろうか。
「あぁ、すまない。調査隊の時には感染の可能性も考慮して渡したりはしないのだが、復活した森の泉……キミにも飲んでほしい」
感染とか、そうじゃない。
泉の水の話も、気遣ってくれていることは伝わってくるが、そうじゃない。
そうじゃないのだと、言葉にはできずダークエルはじっとまだ手元を見つめている。
「――ッ」
ハレーが急に呻き、瓶を離した。
慌ててダークエルは落ちないように掴んで、ハレ―に視線を戻すと。彼はダークエルからつけられた腕の傷を押さえていた。
指の間から黒い煙が上がり、すぐに収まる。
「大丈夫かハレー!」
「……ああ、それよりも見てくれ。瘴気の痕が消えている」
ハレーの黒い傷痕は、全くなくなっていた。
「ダークエル……」
「……」
ダークエルは無言で頷き、瓶を口にする。
ぬるい水が喉を伝い、耳がなんだか痺れるように熱かった。
しかし、ダークエルが水を飲んでも、彼女の身体に変化はない。
ただ、さっきのスープの味のように、温かく包まれているような懐かしい感覚が彼女を満たしていた。
「そうか、もう全てが私自身。認めなくてはな」
彼女はひとりごちる。
そう納得できたことが、自分でもなんだか嬉しくもあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます