第8幕 ダークエル、思い出す

 ダークエルは空を仰ぎ、先ほど観たハレーの物語を思い出す。

 穏やかな青い空が嘘のような、真っ赤な怒りの物語の続きを。





殺意を抱き 刃を握り

怨嗟を抱き 世界を呪う


たどり着いたその先の

いしずえをつくりし末裔まつえいの背に

赤き怒りを突き立てんとす


はばまれ くうを切り裂くも

衛兵 立ち塞がろうとも

怨んだ術で壁の向こうへ


赤き血で積んだ技

青き血で継いだ術


百人は殺せない

隣の街へは飛べないが

人垣の向こうの命は奪える


青き瞳の青年の 赤き怒りが向かう先


奪え

奪え

奪え

奪え


家族であることすら許されない

顔も知らない父親を生んだ


青の国の 根源を

青の国の 王の首を





 ハレーを辿る物語。

 孤独の中での成長の軌跡も、舞台にかかれば炎をくぐり、細い綱を渡り、空中ブランコを跳ぶ演目へと変わる。赤を基調とした照明と、ズンと重く奏でる伴奏が緊迫感を演出した。


 やがて劇中のハレーは成長し、ポンス姉弟ではなく役者はブローセンへ。

 異様に手足の長い痩身の男性。彼のさまざまな武器を使った演武は、アクロバティックで舞台が狭く感じるほど美しいものだった。


 大勢の中では忌み嫌われ、路傍の石ころのように蹴られた個性の集まり。

 一座ではその一つ一つが宝石なのだと、もう彼ら演者は知っているのだろう。





願ったのではない

ただ あらがった

ただ 許せなかった


ぶつけられない想い

愚かだとしても 道連れを


だが 何かを成すには

孤独な怒りは弱いもの

英雄でもない彼の行先は

ただ囚われた反逆者





「良かった! ちゃんと生きてたね」


 キンとテントを満たす高音は、体格に不似合いなマントを羽織ったポンス・ブルックス。

 発案者ということもあり、一人二役なのかも知れない。


 囚われたハレ―との対面の場面。椅子に括りつけられ、紋様が描かれたロープで縛られている。声を発さず喚くような動作は、「殺せ」とでも言っているのか。


 演者の二人以外、無音だ。

 照明も演者の二人だけを白く照らし、他は真っ暗な空間に変わった。


「お兄さん……僕を助けてくれないかな? え? 僕のこと殺そうとしていたのにおかしいだって? 大丈夫だよ! 出会った瞬間から僕の命を狙ったお兄さんなら、これからは仲良くなる以外ないでしょう?」


 幼いアズール王のセリフ。

 ダークエルはこの局面でこの考えが生まれる王は、間違いなくハレーの王だと苦笑したことを覚えている。


 王は語る。

 幼き身でありながら月の加護が早くに現れ、水見のために王になったこと。


 王は語る。

 自分が幼いから壊せば傀儡かいらいに出来ると、見知ったはずの人間から毒を盛られ、呪いをかけられた。自分自身で選んだ、心を許せる仲間を増やしたいということ。


 王は語る。

 未来に、自分と同じ王の世代に大きな試練が訪れる。水見でも分からないほど大きい、このムーンフォレストと共にある全てを左右する試練が。


「その水見が現れるたびに、青い星が空を流れるんだ。きっとお兄さんだよ! こんなにキレイな青い瞳が、赤く燃えてるんだもの!」


 青の王は、ミカエルと同い年なら当時まだ十にも満たないだろう。

 演じるポンスのセリフ憶え、表現にも舌を巻く。

 しかしそれよりも……。



 ――苦難に溺れ、命すら脅かされ……どうして笑える?



 舞台のハレーに、ダークエルの疑問が重なる。

 隣に立っている彼は、何を見たのだろう。


「青の王の宿命を背負った日、母上は言った。あなたはここに居てはいけないと。運命が、困難が……僕を殺すくらいなら、逃げてほしい。生きてほしいと」





拒絶が愛のカタチなら それ以上の愛を

逃れられない運命なら それ以上の野望を

潰されるほどの悪意なら まだ それ以上の愛を


独りでできないのなら―― 見つける


若く幼き王は笑う

だって出会えた 輝きはしる青き星と

両腕広げ高らかに 空に突き上げるほどの喜びさ


月の光を受けた日に 母上は言った

ここに居てはいけないと


運命が 祝福が 子どもの僕を潰すだろうと

その涙が何よりも 僕の心を燃やすのさ

全てを叶える男であれと


だから はじめまして暗殺者さん

僕の光になってほしい

見えない未来の果てまで照らす

青く輝く彗星に





 テント内に風が吹き上げた。きっと、観客が居ればここで紙吹雪でも舞うのかも知れない。


 ハレ―の転換期は、この出会いだ。

 ここに居てはいけない。

 何度も聞いた、呪縛の言葉。そこには哀しき愛があった。

 実際の出会いで、王が狙って言葉にしたかは分からない。もしかしたら、飢え死にしそうなハレーを拾っただけなんてこともあるかも知れない。


 けれど、彼の物語の方向はここで変わり、青い血を憎んでいた青年は、家族とまで言えるほどの絆を得るに至った。

 物語ではない現実でも、彼は家族を得たのだ。


 いま同じことをダークエルに伝えたいと、ハレーは語る。

 王の望んだ星の光は確かに世界を駆け、彼女を照らした。





 あの舞台を改めて思い返し、見上げた視線をハレーに向ける。彼は語り疲れて喉が渇いたのか、瓶から水を飲んでいた。


「王が泉の水を汲むように助言をくれてな、キミも飲むと良い」


 さっきまで直接飲んでいた瓶をそのまま差し出され、思わず瓶をじっと手元を凝視する。粗野だ粗野だとは言ったが、なんとも意識していないのだろうか。


「あぁ、すまない。調査隊の時には感染の可能性も考慮して渡したりはしないのだが、復活した森の泉……キミにも飲んでほしい」


 感染とか、そうじゃない。

 泉の水の話も、気遣ってくれていることは伝わってくるが、そうじゃない。

 そうじゃないのだと、言葉にはできずダークエルはじっとまだ手元を見つめている。


「――ッ」


 ハレーが急に呻き、瓶を離した。

 慌ててダークエルは落ちないように掴んで、ハレ―に視線を戻すと。彼はダークエルからつけられた腕の傷を押さえていた。

 指の間から黒い煙が上がり、すぐに収まる。


「大丈夫かハレー!」

「……ああ、それよりも見てくれ。瘴気の痕が消えている」


 ハレーの黒い傷痕は、全くなくなっていた。


「ダークエル……」

「……」


 ダークエルは無言で頷き、瓶を口にする。

 ぬるい水が喉を伝い、耳がなんだか痺れるように熱かった。


 しかし、ダークエルが水を飲んでも、彼女の身体に変化はない。

 ただ、さっきのスープの味のように、温かく包まれているような懐かしい感覚が彼女を満たしていた。


「そうか、もう全てが私自身。認めなくてはな」


 彼女はひとりごちる。

 そう納得できたことが、自分でもなんだか嬉しくもあった。



 

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