第5幕 ハレー、紹介する
明るくなったテント内。
ハレーとダークエルは客席を抜け、舞台の側まで歩み寄った。
「帰ってたんだね、おかえりハレー」
中央で幼少の自分を演じていた少年から声がかかる。
衣装も真っ白だが、態度も白々しいにも程がある。演目はちょうどハレー達がテントに入ったと同時に始まった。見計ったものだろうし、何よりさっきのダークエルの一件を知らないはずがない。
調査から帰った仲間を歓迎するには、嫌がらせ同然のような仕打ちだとハレーは苦笑する。しかし、いつかはダークエルも知ることになるかもしれないことなら、タイミングを逸するよりは良かったと思うべきなのかも知れない。
彼自身が隠したいわけでもない。
「で、誰が考えたんだ?」
「もちろんアタシ」
答えたのは中央の少年……の背後からにゅっと顔を出した、少年と同じ顔の少女だった。少年は真っ白なタイトな衣装、少女は真っ赤な裾が広がった衣装を身に着けている。
「やっぱりヴィネッケか」
「いま……どこから?」
予想通りといったハレーの反応と違い、ダークエルはヴィネッケと呼ばれた少女が現れたことに驚いていた。少年一人しか立っていなかったはずだと。
その反応に、ポンスと少女は得意気ににんまり笑う。
そしてまた、少年の背後に隠れた少女は、文字通り消えた。
「驚くのも無理はない。この子がポンス・ブルックス、さっきの女の子がポンス・ヴィネッケだ」
「消えたぞ、何かの術か?」
「違うよ、ヴィネッケとボクは二人で一人なんだ」
ダークエルはブルックス少年の説明にますます混乱する。
その様子をハレーは新鮮な心地で眺めていた。
「アズール王が率いるわたくしたち一座は、色々な能力を持った者が居る。まぁ、この子のような特徴は
「よろしくね、もやもやのお姉ちゃん!」
「もやもや……、よろしく頼む」
幼い子どもからすれば、
ハレーはそれから、一座の仲間にダークエルを紹介した。
緊張した面持ちのダークエルに、瘴気の一件の焦燥感はない。
一座の皆は安心したのか、警戒が薄れていったのが感じられ、ハレーは胸をなでおろす。
一座の世話役のダレストとビエラ、そして最年少のポンス。
まず先ほどの三人を改めて紹介した。
エンケ、ボレリー、ブローセン……と、次々に名前を呼んでいくハレーを、ダークエルが慌てて止める。
「そんなに一息に言われて覚えられるわけがないだろう!」
「紹介しない仲間を選べというのか? それは出来ない。徐々に覚えてくれたらいい。人が増えるのは珍しいことではないし、
「間違えたら失礼だろう」
「その時には、キミが皆の名を間違えるという出会いの歌ができるさ」
機嫌良くどんどん名前を挙げていくハレーに、狼狽えるダークエル。
呆れたビエラがゆっくり紹介しろとハレーをたしなめ、見慣れた光景が戻ってきたと団員たちが笑う。
かといって、ゆっくりになったところで、彼女が一回で覚えるには人数が多すぎることには変わりなかったのだが……。
賑やかな場所。ダークエルにとっては知らない光景。
疎外せず受け入れられていると感じてくれればいいと、ハレ―の青い瞳は穏やかに、彼女を見つめていた。
◇
「ポンスには姓があるようだが、あとの者には無いのか?」
「ヴィネッケとブルックスはそれぞれのミドルネームであって、姓ではない。……そうだな、家の名前が必要な時は、この一座の全員がフィンだ。わたくしも、ハレー・フィンと名乗る」
「……王族、ではないのだろう?」
「ああ、違う。だが、それを許されていることが皆の誇りであり、支えだ」
紹介が一通り終わって稽古を見学した後、ハレーは街を案内するために二人でテントを出た。
ダークエルが口にした疑問。王に成らんとした彼女にとって、名は大きな意味があるのだろう。きっと一座の皆にとっては些細なことだが、彼女の疑問一つ一つに答えることが、新しい道の価値を見つけるために大事なのだとハレーは理解していた。
「さっきの稽古で観たから理解していると思うが、この一座は王族以外みな訳アリだ。孤児、逃亡者、忌み子……言葉は違えど、孤独を強いられ、一度は自身の生に絶望し、世界を呪った者がほとんどだ」
「……」
「この外交と一座の原型は、先々代の青の王から始まったと聞いている。各地を回る中で様々な事情を抱えた者を受け入れ、ある者は一座の演者になり、ある者は新天地を得て巣立っていった」
ダークエルが観たハレーの物語。
彼はアズールが即位してすぐにこの一座に来た。
空を見上げ、出会いと別れを懐かしむ自分もまた、いつかここを
「全てを繋ぐ青き水のように──。青の一座もまた、世界中のどこかにある誰かのための居場所まで、ともに流れる存在であろうとしているのだ」
そう熱のこもった理想を語り、ハレーはダークエルに手を差し出した。
意図が分からなかったのか、彼女は首をかしげる。
「国によって色々な文化やルールがある、これから一緒に見ていこう。ところでダークエル……青の国は男女が共に入国する時は、女性の手をとってエスコートをするものなのだ」
「……嘘だな」
じっとりとダークエルはハレーを睨む。
そして視線を移し、他にも門をくぐっていく男女を示した。談笑しながら、手など繋がず。
バレたかと、誤魔化すように彼は頬を掻く。
「どういうつもりだ?」
「キミが美しいから、
「ハァ? お前の誇る国はそんなに物騒なのか?」
「……ハハ、手厳しいな」
冗談めかして応え、ハレーはそっぽを向いた彼女の横顔を眺める。
稽古での演目を観てから、彼女はなんだかずっと考え込んでいるようにも見えた。その意図が分からず、ハレーは少し落ち着かない気分で隣を歩いている。
だが、いまは自分の心象に構っている場合じゃないと、久しぶりの街に目を向けた。
青の国の門は、常に開かれている。
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