第4幕 ダークエル、稽古を観る

すれ違いの始まりは

ただ一言からだった


──あなたはここに居てはいけない


母の赤き双眸は

まっすぐに彼を射抜く


幼い彼は 拒絶と捉え

そして追い立てられるように

孤独と 世界の不条理に溺れた


行きつく先々で彼を呑み込む濁流は

澄んだ水のようだった青き瞳を

赤く染めるには充分だった


非力な幼子を生かしたのは……怒り





 ダークエルが案内された広大なテントの中は、暗闇だった。

 またに迷い込んだのかと、彼女は自分の弱さに苦笑する。

 しかし、ここが自身の心象世界ではないと、一つの明かりが彼女に知らせた。


 真っ白な明かりが照らすのは、テントの中央にある円形の舞台に立つ一人の子ども。まだ十にも満たないだろう。光に映える白を基調とした、身綺麗な格好をしている。

 その子どもを囲むように、赤、黄、青と象徴的な色の明かりが舞台を照らし、暗闇から仮面を被った演者が、一人、また一人と少年を囲んだ。


 現れた演者たちの衣装はバラバラだが、袖がはためくようになっている。

 全員が一度その身を後ろに捻り、ダンッ――と勢いをつけ、前のめりに少年を睨みつけた。袖が後を追うようにゆっくりと前方へ流れ、視線を誘導する。

 狙いを定める肉食の獣のようにも見える姿勢。

 彼らが手に持つのはナイフだろうか。砕いた鉱石で刃の背の部分とと持ち手が加工されており、光に煌めいていた。


 そして明かりがテント内全体を照らし、楽器を持った一団の演奏が始まると同時に、彼らはナイフを投げた。





混ざりもの

それは彼に流れる血を


出来損ない

それは彼に引き継がれなかった力を


背徳の子

それは彼の生まれし業を


突き出される指から隠れる部屋はなく

降り止まぬ非難から逃れる屋根はない


矢が降り注げば良かったと

槍が貫けば良かったと


剣がこの身を引き裂けば

我が血を一滴残らず出し尽くすのにと



彼はただ 無力な幼さを呪うのみ



名も知らぬ誰かの言葉に

怒りの黒煙がくすぶり生まれ

いつしか清流 濁り涸れ


炎となりて 起源を目指す

我が生を与えた者を呪わんと





 少年を囲んでのナイフジャグリング。

 段々と怒りに取り憑かれ狂ったように踊る少年をぬって飛び交う刃の煌めきは確かに美しい。緊迫感のある演奏も合わせ、始まりから息を呑む。

 けれど……。


「……舞台の演目というものは、もっと華やかなものだと思っていた」


 劇や芸というものは、明るく煌めき、ひとときの夢をみせるものだとダークエルは認識していた。

 それがこの演目は、まだ始まってからずっと苦難しか感じられない。

 白かった少年の衣装も、どうやっているのかは分からないが徐々に全身が赤く染まってきている。


「その認識は間違いじゃない、これは……わたくしへのイタズラみたいなものだ」


 隣に立つ青年の、初めて聞くどんよりとしたため息に驚く。

 タイミングを見計らっていたかのように演奏が終わり、中央に立っていた少年がこちらに気づいていたのか手を振っていた。

 彼も疲れたような顔をして振り返している。

 その反応を見て、演者たちが声を上げて笑う様子を、ダークエルは状況が飲み込めず首を傾げた。


「メインの演目や、パフォーマンスを中心とした賑やかな演目もある。さっきのは……言うならば即興稽古のたぐいだ」

「それだけじゃない。俺たちは流れ者の集まりでな、自分たちの境遇を劇にして共有して向き合ってきたんだ。さっきのはハレーがモデルのシナリオってわけだな」

 

 入り口から入って来たダレストが補足を挟む。

 言わないでくれよと、ハレーはまたため息を吐いていた。


 ダークエルは彼の横顔を見つめる。

 さっき見たものがどの程度本当のことなのかは、彼女には分からない。

 だが物語の入り口には、光となるものは一つもなかった。

 ならばなぜ彼はいま、こうして笑えているのか……。



 少しだけ、少しだけ。



 ダークエルはハレーを知りたいと、そう思った。



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