第3幕 ハレー、歓迎する
「無茶した挙句にまた泣かして……」
騒動が収まった後、ハレーとダークエルはビエラにテントに引っ張り込まれた。
公演用ではなく、寝泊まり用の小型のもの。
彼は青スジを浮かべて駆けつけたビエラの手当てを受けながら、彼女の説教を
ダレストはビエラの様子に苦笑しつつも、さっきまで瘴気を撒き散らしていたダークエルを警戒し、他の仲間が入ってこないように入り口に立っていた。
ダークエルはあれからしばらく声を上げて泣き、いまはダレストから温かい紅茶を渡されて落ち着いている。
歳の頃はハレーと同じくらいだろうか、長い黒髪に色白でシャープな顔立ち。
強い口調でしか話せてはいなかったせいか、鋭い眼光を放ち切れ長に見えていた瞳だったが、いまは丸く幼く思えるくらいだ。
まぁどちらにしろ、彼女の黒い瞳が美しいことに変わりはないなと、ハレーは彼女が紅茶を飲む光景に安堵していた。
彼女に握りしめてられたハレーの腕は火傷のように爛れ、焦げ跡のように黒く色が残っていた。
痛みはない。むしろ彼女が泣き声を上げている間、ハレ―に何度もぶつけた力ない拳の方が、彼には重く痛かった。
「ハレー、痛むかい?」
「ビエラの爪が喰い込んでるところがな」
「ワザとだよ。あんた、ダークエルだったか? ずっと呆けてたから心配してたけど……。あの黒いの、自制が効かないなら話は別だ。たとえハレーが連れて来たとはいえ、危なくて一緒になんか居られないよ」
ビエラはこの一座の中で、母親のような存在だ。
ダークエルへ向けた刺すような言葉と視線は、集団をまとめる者として当然の反応だった。
「世話になるつもりはない」
「生意気言うねぇ。だが、それはあんたじゃない。こっちが決めるんだよ」
キッと、まだ泣き腫らした目でダークエルはビエラを睨んだ。
ピリつく空気を感じながらも、ハレーその様子が可笑しく笑ってしまう。
「え、なに笑ってんだい」
「いや……女性は化粧と買い物以外は、男よりも決断が早く勇ましいものだと思ってな」
はぁ? と、不快感を露わにしながら、ビエラが、ダークエルさえもハレーを睨む。
そんな中で彼が思い浮かべるのは、友人と遊びたいからと国交の使命を面倒くさがる弟のような我が王。そして、
だが、目の前の二人はどうだ。
片や自ら王になるべく単身森に入り、クレタの命と月の紋章を狙い、黄の王スファレにも立ち向かった。
片や先程の瘴気で変貌した彼女を見ても臆することなく、むしろ案じる素振りさえありながらも、家族である一座のために厳しい言葉をぶつける女性だ。
自らの言葉を間違いなく行動に移すという語気が、二人の言葉には籠められている。
「わたくしも王も、二人を見習わなければならないと思ってな」
「ハレー……あんたのその、話を聞いてんだか聞いてないんだか分からない態度と、よく分からないところで納得するところ……あたいはほんっとにキライだよ」
「わたくしはビエラを大切に思っているよ」
「そういうとこだよ」
ハレーは本心で伝えたが、ビエラは顔をしかめて話は終わりだと手をしっしと払う。ダレストにため息を浴びせ、彼女はテントを出て行った。
手当も終わっており、彼女は相変わらずキッチリしているとハレーはまた笑った。
「ダークエル、承諾が出た。キミが自分の道を見つけるまで、しばらくこの一座で過ごしてほしい」
彼の言葉に、ダークエルは怪訝な表情を返す。
「……承諾?」
「そうだ。ダレスト! 構わんだろう?」
「ビエラが良いなら、好きにして良いんじゃないか?」
ダレストは面白がるような口調で返答した。
ビエラに歯向かう人間は、一座には王族以外居ない。王族ですら彼女の顔色を
それを呆れさせ、まして意気を折るのはハレーくらいだと、ダレストをはじめ一座の面々は知っていた。
「良かった。歓迎する、ダークエル!」
「……そう思っているのはお前だけだ」
ポツリと呟くようなダークエルの言葉。視線の先は、手当されたハレーの腕。黒く握られた跡は広く、包帯からもはみ出していた。
「仲間を傷つけたよそ者を、誰が喜んで迎え入れるというんだ」
彼女の言葉には、長い間過ごしてきた孤独が籠っているように感じられた。
自分が受け入れられる存在ではないと、彼女がそう諦めてしまっている。
「わたくしがここに送ると決めた時点で、キミはもうよそ者ではない」
その度に伝えていけばいい。繰り返し。
ダークエル、キミの悲観は勘違いだと。
「そもそもダークエルが瘴気を抑えてくれたから、わたくしは今この程度で済んでいるのだと思う。ムーンフォレストでの戦いは凄まじいものだった。森すら操ったあの時の力を開放すれば、わたくしは無事では済まないだろう。この腕の傷は手の跡が……ほら、一つも動いていないだろう? キミの意思で抑えられたから、握りしめるだけに留まったのではないか?」
「……美化しすぎだ」
「ふふ。憎しみだけなら、人は泣いたりしないものだ。キミが囚われた呪縛はわたくしには計れぬ力かも知れんが、きっとキミ自身は人を想うことを忘れてはいないよ」
ハレーがまっすぐ見つめると、ダークエルは目を逸らした。濡れた黒い瞳が美しく揺れる。
「もう貴様とも呼ばれないし、本来は穏やかな女性じゃないかと、わたくしは思っている」
「……お前も、そなたとは言わなくなったから、案外粗野な人間なのかもな」
ちらりとだけ瞳をこちらに動かし、呆れたように彼女は苦笑する。どうせなら、目を細め笑う姿を見てみたいが今はそれで良い。
「なら、行こうか」
「行く?」
「そうだ、キミをみんなに会わせないといけないだろう?」
テントの外からは、一座の稽古の音が聞こえてきていた。
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