第6幕 ハレー、案内する

 青の国の王族は城こそ構えてあるが、国交の為に世界を渡り歩く一団である。

 国の運営は五つ存在する市によって運営され、王族に判断が必要な事案については、王の水見みずみ──占いによって驚異的なタイミングで助言が届く。

 ある意味では薄氷の上を歩くようなまつりごとの形を、月の加護の力業で成り立たせていた。

 

「まぁ街で暮らす人々にしてみれば、日々の仕事と糧があり、活気がある毎日ならば何も言うことなどないのだがな」


 青の国の事情を大まかに説明しながら、ハレーはダークエルを連れ街を歩いた。

 国の形状をたとえるならば、五つの花弁を持つ花といったところだろうか。

 石造りの統一感のある街並みは、大噴水を中心に五つの方向に広がって、市を形成している。

 門からまっすぐ見える都市に城はあるが、各市に上下関係はない。

 全てを繋ぐ空と水の青の言葉通り、水路が国を象徴する景観として巡っている。


「黒の国は、混乱していたのか?」

「……そうだな、北の強国の脅威。ムーンフォレストの王の不在による資源の不足。国は痩せていた」


 今となっては、それも思い込まされていただけかも知れない。そうダークエルは自嘲する。

 実際に見ていないハレ―では判断できないが、空白の八年の影響が皆無ということはない。青の国においても、各市長が見えないところで苦悩しているのかも知れないのだから。


「青の国の石材は、黒の国からの輸入に頼っていることを知っているか?」

「……ミカエルが言っていたな」

「ミカエル? 黒の王と面識があるのか?」


 驚きを含んだハレーの問いかけに、昔の話だとダークエルは微かに笑う。続く言葉はなく、追求はまだすべきではないと判断した。


「森が復活したのだ。これから国同士がまた支え合っていけるさ。少なくとも青の国は、他国の支えにより成り立っていると胸を張って言えるぞ」


 まだ二人の交流は始まったばかりだ。

 カラッとした口調で話を終わらせるべきだろう。


 昼食には遅く、夕食には早い時間。

 街行く人も少なく、歩みは穏やかだ。

 一座で過ごす中で入り用になる商店を一通り案内するコースは、水路に沿っているから散歩にも丁度いい。


「夕食までまだ時間もあるし、食べて欲しいものがある」


 しばらく二人で街を歩いてから、ハレーはダークエルにそう告げ、ある露店に向かった。





「懐かしの味……?」

「そうだ。二つもらえるか?」


 中央の大きな噴水がある区画は、各市への分岐路と広場が一体になり、遊具やベンチ、露店が並び、住人の憩いの場所となっている。

 その露店の一つ。フルーツ菓子やサンドイッチに揚げ物など、カラフルなのぼりや天幕が並ぶ中にぽつんと、飾り気のない白と黒の逆に目立つ店構え。


【懐かしの味】


 それだけ書かれていた。

 飾り置きされている物もなく、商品は分からない。

 ハレーは他の店には目もくれずにその露店へ向かい、店主へ注文する。

 顔を出したのは白髪で、機嫌の悪そうな皺が刻まれた男だった。老人というにはガッチリとした体つきで、小さい露店が更に小さく見えた。


「ほらよ、お前さんも帰っとったんかい」

「ああ、先ほどな」

「ほーん。で、ワシのところに新参の嬢ちゃんってか」

「そういうことだ」

「カッカッカ! すっかりも世話役だのぉ!」


 愉快だと笑った表情は、さっきまでの表情が一転し、柔和な気色を帯びる。

 店主に差し出されたのは串に刺された透明な煮凝りのような物体。


「これは嬢ちゃんの分、あんた名前は?」

「……ダークエルだ」

「ダークエル、ね。なら今度は来な。別なの出してやるよ」

「親父殿、せっかちなのは勘弁してくれ。言われずとも、その内また来る。ダークエル、噴水から離れたところに座ろう」


 ハレーとダークエルは店主から商品を受け取り、広場では静かなベンチに座った。

 ダークエルは先ほどの露天を怪訝そうに見ている。


「あの老人、何者だ?」

「さぁ、実は名も知らんのだ」


 案の定、警戒している彼女にハレーは苦笑しつつ答えた。


「昔からあそこに居てな、見た目も変わらん。人間かも定かではないが、悪人ではないよ。あの店主と露店がちょっとした名物でな、地味な店だが列ができることもある」

「それでよく済ませられるな……」

「開けているのが青の国の美点でもある。まぁ食べてみてくれ。その為に来たのだ」


 ハレーが促すと、ダークエルは手元の物をじっと見つめる。

 透明な水のゼリー。刺してある平たい串が透けて見えている。

 じっと注視すると、気づく者もいる秘密があるらしいが、今日までハレーは見えたことはない。


「紋様?」

「キミには見えるのだな、素晴らしい」


 やはりダークエルに内在する力は大きいのだろう。ハレーでは見えない秘密が見えるらしい。素直に感嘆を口にし、食べるよう促しつつ先に口にする。


 始めの一口目の感触は、硬いゼリーだ。

 すぐに口の中で溶けて、温かな湯気がたつ。

 いつ食べても不思議だ。

 味はビエラの作る煮込み料理の味。


 ダークエルを見ると彼女はゼリーを見つめたまま、固まっていた。

 あり得ないことが起きた。

 そう顔に書いてある。その反応にハレーは安堵した。


「どんな味だった?」

「……母の、母のスープの味が……」


 そうかと微笑み、ハレーはダークエルから視線を切る。

 ゆっくり食べると良いと促し、彼女の前に立つ。

 待っていると、押し殺しきれない嗚咽が聞こえてきた。

 人気が少ない所を選んだつもりだったが、音がする噴水の近くの方が良かったかと反省しながら空を仰ぐ。


 、良かった。

 出会ってから泣かしてばかりだ。

 その涙が、どうか彼女にとって浄化であればいい。



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