第52話 clear leaf①
小松菜:やっぱり今の時期だし、春!って感じの曲がいいんじゃない?
haru:春かー。わっちそういう爽やか系はちょっと……
小松菜:どこで青春コンプレックスを発動してるんだよ
haru:だって歌詞が明るすぎてムカつかない?こちとらそんなきらきらした視界で生きてないんですーってめっちゃ真正面で言いたい
小松菜:そりゃ歌は作った人の気持ちだからね。ハルが否定したってそれはただの戯言だよ
haru:し、辛辣ながら的を得ている……ッ!
私はある日に交わしたハルとのメッセージを思い返していた。彼女はどこか明るい人とか人生はなんて楽しいんだ!とか思ってる人を極度に避けて嫌う傾向がある。陰キャだから……ていうのもあるのかもしれない。お互いネットの巣窟で出会った者同士、彼女の抱く気持ちはまあわからなくはない。私だって、学校ではあまり馴染めなくて……本の虫、校内ヘッドホン同好会会長みたいな感じだった。
特に小学校から中学校に進学することを認識し始めたころは、ほんとうに人見知りが酷かった。低学年の時は遊んでいた友達とも、だんだん合わせるのがつらくなってきて、一人で思考にふけることが一番の楽しみになっていったのだ。
中学に進学したての四月。新しいクラスになって、友達ができるとはしゃいでいるクラスメイトをしり目に、いつものように私は四月中ずっと本を読んでいた。授業中などの必要最低限の会話以外、ほとんど誰とも喋っていなかった。ずっと本を読んで、ずっと推しの配信なんかに目を通したり、ボカロなんかを聞き貪る毎日だった。
みんなスマホを隠して持ってきていて、先生もみんなが授業以外使っていなかったからそれを黙認している形で、休み時間も一人の時間にふけっていた。
5月下旬。梅雨に入り始めただろう時期だった。私は、こんなにもして人によって来るなとアピールしていたわけだけど、どういうわけか、ある日空き教室に呼び出された。私は特にネット小説にお世話になっていたから、こういう展開がどういうことを意味しているのかは、だいたい想像できた。でも、いざそれに直面するってなったときは断るのも承認するのも、私にとっては苦痛でしかなかった。
「俺と、付き合ってください」
案の定、と言っていいだろう。クラスでも明るくて、みんなと仲がいい男の子に告白された。すごく真面目なトーンで、とっても真剣なんだなって嬉しかったけど、私はそれを断った。向こうはとても真剣だったから、私も真剣に向き合おうと思った。けど、この告白はそんな私の気持ちを一瞬にして粉々にするような、惨い出来事だった。
「私は……まだ、そういう気持ちがわからなくて、友達が出来なくて……だから、その……ごめんなさい。私は、あなたとは付き合えません」
自分に言えるすべてだった。自分が抱えている本音だった。初めて話す人だけど、こういう特別な場面だからこそ言えるというものなのだろうか。何か自分の抱えるものが、軽くなった気がした。甘く見ていたのだ。人間を。
突如、私と目の前の男の子以外誰もいなかったはずの教室に、静かで、いつも通りの人がいない空き教室だったところに、クラスのみんなとよくしゃべっている女子たちが入ってくる。私の頭には、困惑と羞恥と、そしてある種の絶望を抱き始めていた。私は経験こそない物の、これがなんというものなのかをよく知っている。現実に起こるそれは、救いなどどこにもない公開処刑だという事を、心の奥深くまで知っている。
一番乗りに入ってきた派手な女子が、入ってきて開口一番馬鹿にしたような口調で嘲笑する。
「はーいそこまで~。名演技だったよ。こ・ひ・ま・ちゃん♪」
「あはは、まじそれなー」
「ぷ……ははははっ、あっははは!コイツマジで自分のこと好きでいてくれてると思ってるしwウケるー」
「はぁ……ま、これで俺の勝ちだから、今日はじっくり……」
「気ィ早すぎだしー」
「てかコイツまじでむかつくんですけど。毎日毎日すました顔して清楚ぶって、そうやって自分から話しかける気ないくせに周りのこと誘惑するのほんとにサイテー」
どうやら、私のことをかまってほしいから一人で黄昏ている女子だと認識しているようだ。別に私は、クラスの気を引きたいから本を読んでいたわけじゃない。異端ぶりたいから、ヘッドフォンをつけていたわけじゃない。いつも私のことを、現実に疲弊していた私をその時間だけは……その、時間だけは――――
――忘れさせてくれたのに――
私の、唯一の心を開けるもの。
私の、たった一つの夢。
私が、一番憧れた存在。
なのに―――
「いっつもなに?あんな気持ち悪いキャラばっか眺めて、見せびらかすように見てさ。楽しい?自分のアピールするのがそんなに楽しい?」
「……そういうわけじゃ」
「じゃあなに?そういうキャラですって演じてたら、周りが自然と気持ちよく接してくれると思った?勘違いすんなよごみ」
「お、おいメグ。ちょっと言い過ぎだって」
「なに。あんたこいつの方持つの?」
「そ、そういうわけじゃ……」
なんで、なんで私は反論しちゃったんだろ。そんなの、わかり切ってるけど、それでもあの状況では、絶対に黙っているべきだった。のに、どうして……
「なんかさー。こういうのマジでやめてほしいからさ」
彼女はそう言って、私のヘッドフォンに手をかける。
「や、やめっ」
「あはは、可愛い顔できんじゃん」
――――バキッ――――
「なんかさー。新学期始まって早々わるいんだけど」
――――ボキッ――――
「死んでよ」
「うん。それがいい!」
「死の?あたしら見届けてあげるからさぁ♪」
――――バキッ、ガリッ――――
「先生も、お前のことよく分からないから難しいってさ。いらないってさっ!」
――――パキン――――
心が砕けた音なのか、ヘッドフォンが折れた音なのか、私の本が断たれたものなのか、机が……傷ついた音なのか、私が、壊れた……音、なのかっ
「わ”、かんな”い”っ……!」
そこは、すでに一人だけの教室で――――
もくもくと新学期から少し経ったばかりの青空が、厚い雲に覆われて、瞬く間に重たい雨が降り注いでいた。
空きっぱなしの窓から、風にあおられて雨が入ってくる。窓際の私の席は、少しずつ、確実に濡れていく。激しい雨風が、吹き付けていた。
「ひろ、わないと……」
個人のものを勝手に教室に広げてたら先生に怒られると思って、バラバラになったヘッドフォンと、くしゃくしゃの紙片になった小説を、手で集めていく。必死に、必死にかき集めてかき集めて。
集まったものを見て、私はその場で吐いた。そのまま、ひざから崩れ落ちて、今にも消え入りそうな意識を保つのに精いっぱいになっている私に気づいた。
「なにか……ふく、ものっ……う、う”ぅ”」
どうして自分がこんな目に遭うのか、本当にわからなかった。けど、分かった。
人は、周りが求める存在であるべきなのだ。
私は、自分の好きなことなどを嗜んでいい人間じゃない。
私は、好きなように生きていい人間じゃない。
私は、私に、尊厳などない。
私は―――
生きていていい人間じゃない。
「し、死な、なきゃ」
はやく死なないと、皆に怒られちゃう。先生に怒鳴られちゃう!みんなに、お母さんに、見放される。
そっか、お母さんのためにも、私死ななきゃ。家族のみんな迷惑してるんだ。
衝動的に、私は筆箱に入っていたはさみを持って、刺す……さ、す?
「へ……あ、ああぁぁあ、あ”ぁ、あぁぁあ」
震える手から、はさみが滑り落ちる。べちゃっと、床のものと混じって嫌な音を立てる。
「はっ、はっ、はぁ、はぁ”っ!」
早くこの場から消えたい。片付けないと怒られる。早く片付けて帰らないと。帰って、早く死なないと!
私は必死に自身の嘔吐物を裾で拭いて、拭きとれないものはもう一度体の中に入れていく。飲み込むことへの抵抗など、もはや感じない。
けど、私の、私が幸せだった時に入ったそれは、喉を通るにはあまりにも酷で、苦酸っぱいえぐさが、さらに吐きたくなるように感じさせる。我慢しようにも、混じっていたプラスチックの破片などが、またそれを吐き出させようとする。
床を汚すなんて、できない私は、カバンの中にそれを出した。私の日常が、これからが、この一瞬で、たったの10分ちょっとで全部汚く穢されたような気がした。
激しい雨風は、幸いにも汚れていた制服を目立たなくしてくれた。夏服の白い長そでシャツは見事に濡れて、私は多分下着も、見えていただろう。しかしそんなことに気づかなかった当時の私は、すれ違う通行人の視線が「お前まだ生きてるのか」と言われているような気がしてならなかった。
明日から、学校に行けばどうなるのだろう。行かなければ、お母さんは、お父さんはなんて言うだろう。生きていたら、いつまたあんなことをされるのだろう。家に帰れば、一体どれだけ家族に嫌がらせをされるのだろう。家に帰らなかったら、どれだけの人が私のことを心配するんだろう。
「お、お姉ちゃん。こんなときに一人は、危ないよ」
私は、後ろに人がいることにも気づかなかった。だから、そのまま抱き着かれて、近くの公園までも容易に連れていかれた。抵抗はできなかった。しなかった。
自分の身体を守ろうなど、する気が起きなかった。
「おじさん」
「ん?ど、どうした、の?抵抗ないってことは、いいんだよね?」
「……はい」
「じゃぁ」
「私を……っ、殺し、て」
「は、はあ?なんで、まずヤらせてよ」
「いいから!早く、早く殺してよ。ねぇ……私、死にたいの。死ななきゃ、ダメなの。消えなきゃ、消えなきゃみんな不幸になるの!」
いじめというものが、嫌がらせという物が、一体どれほど多くの人にまで降りかかるか、私は知っている。自分で体験してないけど、自分で体験していないからこそ、それが自分自身に、自分の周りに降りかかったらと思うと、余計に悲しくて涙が出てくる。
「な、なに。君、そういう子?はぁ、いいや、冷めた」
男の人は、パシャリと写真を撮って脱いでいた服を纏い始める。
「写真だけ撮ったから、もういいよ。動画も撮ってたし、ぼ、僕はここで失礼するよ」
「は……はは」
また、一人になっちゃった。私……
「どうしたら、いいのッ」
「はぁ、はぁ、あのくそオヤジ、パスワードかけてなくて助かったわ……あ、えっとこういう時、なにしたらいいか分からないけど。アニメで言ってたんだよ。なんか、にわかだけどさ。何でか知らねぇけど、笑ったらいいんだとさ」
直後、後ろから女の人の声が聞こえる。私は、恐る恐る声のする方に目を向ける。
「ッ!!」
同世代の人。それに、隣の中学校の、制服。名札の色からして、同い年……
また、いらないって、貶される。死ねって……言われるっ。
「ごめんあさい。ごめ、さい。ごめんな、ざい。もう、もうすぐ、もうすぐだからぁ……もうちょっとでいなくなるからっ。お願い。許して、許し”て、お願いします。お願いだから、もうすぐ死ぬから!ほら、こうやって、ねぇ!あ、はは、はっははあ、はあ、ははは!ほら、ほら!」
私は、躊躇なく自分の太ももにはさみをぐちゃぐちゃと刺していく。なぜか、心からこうしたいと思えている。ワタシガ死ねば、ミんなシあわセになるンだァ!。
ぐさっ、と、はさみを持った手が何かに刺さる。
「へ、え、ぁ、あぁ、ああ!あぁぁああぁあ”あ”ぁああ”ああ!!!!」
私のはさみが、女の人の手に刺さっていた。違っ、私は、あ、ぁ血、血が、あ、ああっぁぁ
「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
「もう、死ぬから、いなくなるから――――
お願い。そう懺悔し続ける私を、目の前の人は優しく抱き留めてくれる。汚く汚れたシャツなのに、ぐちゃぐちゃになったからだなのに、いなくならなきゃいけないようなごみなのに。そんな私に、とびきり優しい抱擁をくれる。
雨風が全く弱まらない中、私は痛みも忘れて彼女の腕の中で泣いて謝り続け、果てには疲れて、いつの間にか眠ってしまっていた。
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セルフレイティングつけてるから、大丈夫だよねこれ……
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