第46話 練習してたら裏手に連れていかれた

「ここが練習スペースだよ。イベントに出る人は無料で使用できるの」


「すっご。一面鏡張りじゃん。てことは、有名な人ともここで出会えるかもってこと?」


「そーだね。歌い手さんとかに会ったらしっかりサインもらわないとね」


 古閑さんはそばにある椅子に座って、併設されたデスクに俺のスマホを置いて、イヤホンを繋げる。


「できれば歌詞カードみたのない?」


「歌詞ならこれだけど」


 俺はメモったノートを広げて見せる。


「仮歌とかなくて、メロディーもピアノでしか入れてないけど歌えそうでしょうか」


「まぁまぁ、任せろり。あでも表現がわからなかったときとかはばしばし聞くんで」


「なんでも聞いてござれ」




~~~~~~~~~~~~~~~~



 やっぱりなーんか初対面の感じがしない……言葉の言い回しというか、雰囲気というかがどこかの誰かに似ている気がするんだけど、喉でつっかかった骨みたいにあと少しのところで分からない。



「ねー古閑さん……って、そうだそうだ集中してくれてるんだった」


 彼女はとっても没頭しているようで、イヤホンしてキャップかぶってフードしてマスクしてなんならサングラスしてる。外界からの情報を完全にシャットダウンするには、ここまでしなくてはならないのだろうか……参考になりやす。



 扉が開く。会場のスタッフさんがなにか慌てた様子で入ってきた。


「すみませーん。古閑さん、古閑さんはいらっしゃいませんか?」


 古閑……俺はそばにいる彼女に目をやる。彼女は情報をシャットダウンしているため、気にも留めていないようだ。



 スタッフさんが巡回を始める。


「ねえ、ちょっといいかな」


 俺は本当に彼女が呼ばれてるかがわからなかったため、一度名前を言わないように肩をたたいて耳元でささやいて報告する。


「スタッフさんが、古閑さんいませんかって探してるんだけど、これってあなたのことでしょうか」


 古閑さんは、うそ……みたいな驚いた表情をしたような気がするが、大丈夫、そのままどうにかやり過ごして。と、またイヤホンをつけて体を揺らし始める。


 とうとうここまで来ちゃったよ。スタッフさんは俺を一瞥した後、彼女の方に目をやった。しかし、完全に容姿を隠しているため、一向にここから離れる気配がない。


 遂にスタッフさんは彼女に声をかけた。


「すみません。人違いだったら申し訳ないのですが、一度顔を見せていただくことはできないでしょうか」


 こうは言っているものの、どこかこの人には確信めいたようなものが宿っている。情報源はどこからなのだろうか……いや、監視カメラとか調べたらそりゃ軌跡をたどることはできるか。だけどいったいなぜ?目的は何だろう。彼女はなにかやってはいけないことをやった人なのだろうか。


 サングラスの端から見ていたような古閑さんは、やりすごせないと判断したのかイヤホンを外して、マスクに手をかける。



「ハル。あとでいくつか歌い方について聞きたいことがあるから、これ」


 古閑さんから手渡されたのは……古閑さんの連絡先だろうか、それが書かれた紙だった。


「人違いではないですか?」


 古閑さんが発した声は、さっきまで聞いていたような可愛らしい声よりも、さらにロリったような声だった。


「それで確信しましたよ……まったく、イベントの出演を放棄して何やってるのかと思ったら、誰と何して遊んでるんすか」


「だってだって、誰とかないですもん!せっかく会えたんですもん!」


「え?……いや、別人っすよ。そんなんどれだけ奇跡か分かってんすか?」


 あれ、なんか言い争いが始まった。あと、どういうわけか大勢がこっちを見ているような。


「あなたも、彼女を連れまわして一体どういうことです?一緒に来て説明してもらいますからね」



「へ、あ、私のことです?えと、現役高校一年生の美空――――


「ばか!ここどれだけ人いると思ってんすか!個人情報をべらべらしゃべるもんじゃないです。ほら早くついてきて」




「ごめんねハル。詳しくは部屋で説明するから」


 情報が呑み込めないまま、俺と古閑さんはスタッフオンリーの奥の部屋に連れていかれた。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


地獄の夏休みが……始まってしまった……

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