第34話 私が歌うから

「……つまり、お姉さんの危機が早々と去ったから、もう一度私の家に来るのもはばかられるし街をぶらぶらしようと。そう」


 鋭く敵を見るような目で蒼ににらみを利かせながら俺の話をしっかり聞いている圭さん。彼女も街で遊ぼうと思っていたからなのか、ショルダーバッグを下げている。


「納得してくれました?」


「大方は理解した」


「はあ、よかっ――「でもなんで」――え?」


 圭さんに言葉を遮られる。理解したと言っている反面、表情は先ほどよりも曇っている。


「なんで……」


 声を少し上ずらせながら、どこか怒りのようなものを孕んだ口調。圭さんのこんな声、俺が聞いたのは食堂であの男に拒絶してた時以来かもしれない。


「私とが……いいんじゃないの?」


「え?」


 あまりに小さすぎて、何を言ったのかは聞こえなかったが、おそらく圭さんの感情の一番核となっているものなのだろうということは、推測でだけれど感じた。


「じゃあ―――


 俺は沈んでいた顔を上げた。発声源が思わぬところだったから、圭さんも同じように驚いてみている。


「じゃあなんで、遥の誘いを毎度毎度断るんですか!」


 どういった脈絡の会話だろうかという疑問は、ほんの数秒で理解に変わる。さっきのつぶやきは、そういうことだったのか、と。


「遥は本気であなたのこと考えてるんです。どれだけ断られようとずっとあなたとバンドがしたいから、あなたが抱えてるものを少しでも軽くできたらいいなって、真剣に毎日毎日考えてるんです」


「今日初対面の海野さんに……遥の、何が!―――


「毎日のように誘われるたびに自分の弱いところを理由に断って、それでいて優越感に浸って、こんなふうに遥が自分のところに来てくれないところを見て勝手に嫉妬してるだけの、最高自己満足野郎よりかは100倍分かったつもりですけど?」


 



 な、なんだろ。これって俗にいう修羅場というやつではなかろうか。ほぉーこら壮観だ。肝がさっきからキンッキンに冷えてやがる。あなたたちお二人さん。もう少し声を抑えてくれません?マイクの電源入ったままだし、立ち位置そこに近いからたまにマイクが拾っちゃって……周りの人も固唾をのんでるよ。一人会社員の男性が俺のこと見て「ドンマイ!ファイト!」みたいな表情で手元にあったエナドリ(未開封)そっと置いてってくれたこと知らないでしょ。気づいてないでしょ?人数分だぜ?


「うっそ、修羅場に合うのも珍しいのに、まさか可愛い3人さんのなんてねー」


「これは目の保養…失敬失敬。お目休めですな」



 こっちを見てよくわからない造語を呟かないでください。





「そんなに反論するなら、ちょっとくらい誠意を見せたらどうですか?」


「誠意……」


「ほら、周りに示す態度なんて持ち合わせてないから、土壇場でひっこんじゃうんだ。そんなんじゃ、遥のためにも、貴方のためにもならないんだよ。圭さん」



「あ、蒼!お…私は別に、そんな強引に圭さんを誘いたくはなくて――――


「だから、そうやって遥が甘やかしてると圭さんはいつまでたっても踏ん切りがつかなくなっちゃうよ……だからもう今、ここで決めちゃおう。ね?圭さん」



「うっ……わ、私は……」


 圭さんの目は怯えている。蒼の言っていたように、圭さんにはなにかトラウマのようなものがあるのかもしれない。でも、そんな推測を立てていた蒼が、どうしてここまで決断を急かすのだろう。そんな推測をしたってことは、過去を乗り越えることが難しいことだって分かってるはずなのに。彼女は、何を考えているのだろうか。



 依然状況は変わらず2分ほど。圭さんは表情が目まぐるしく変わり続けていて、蒼がそれを根気強く見守っている。今俺にできることは、俺がするべきことは、なんなのだろうか……



『キミ!なに突っ立ってるんだい!』


 

 トントン、と小さくたたく音が聞こえたと思ったら、目の前にエナドリを置いてくれた男の人が、カンペみたいなのを出して立っていた。



『こんな状況を君自身が利用しないで、一体どうしちゃうんだい!あの女の子、押していけばきっと思いが伝わると思って、君のためにこんなに彼女を問い詰めてるんだよ。でも、彼女はあの女の子とは初対面なんでしょ?君が最後にビシッと決めないでどうするんだいってんだい!!……まあ、広報担当の長年の勘みたいなものだけど』



 途中の言葉がおかしいことと言い、ほんの数秒でこの長文を書き上げてしまうという現実離れした技能と言い、山ほど突っ込むところはあるけれど、この人の言う通りかもしれない。俺が圭さんをバンドに誘う時、いつも心の中で、断られることを前提に、なあなあで誘っていたのだ。


 圭さんの中で大きな理由があると感づいていながら、それを踏みにじるように、軽い気持ちで誘っていた。断られることが悲しくて、真剣に向き合うことから避けていた。本当にひどいやつは、俺だったんだ……



 男の人にありがとう、とお辞儀をして、圭さんの方に歩いていく。途中こちらに気づいたのか、今度はなんだといった表情に変わる。蒼は、俺の考えを読み取っているのか、真剣でどこか温かみのある表情を見せる。



「圭さん」


 力んで凄みすぎて、自分でも驚くくらい低めの声が出た。圭さんは、生唾を飲み込んで俺に目を合わせる。


「今まで軽く、断られること前提で誘ってました。圭さんの友達になって、圭さんと近くにいられるようになって、そこでなんか満足感が出てきて……私、圭さんのことを一番ぞんざいに扱ってしまって……軽い気持ちで、日常の会話の中に圭さんが嫌だっていってることを出して圭さんの気持ちを不快にさせちゃって……」


 

 言ってて、涙が出てくる。俺が泣くのは違うだろって思っても、今までの自分の行動を振り返ると、その裏で圭さんがどんな気持ちになっていたのか考えると、どんどん後悔が募っていく。



「でも!バンドやりたいのは本心だし、圭さんのこと、もっと知りたいです!私じゃ、頼りないかもしれないですけど、私が、圭さんの嫌なこと吹き飛ばしますから。だから、これは私の本心です!」



「私と、一緒にバンドしてください!」



 圭さんは深呼吸をして、一瞬目を瞑ったのちにキリッとした目つきに変わる。近づいてきて、そのまま俺の後ろに向かう。そのまま、マイクの正面に立って――――



「なにしてるの、遥」



 一言。圭さんの一言は、その場にいた誰もを振り向かせた。いやまあ、そもそも修羅場ってたから見てる人は多かったけど、それでも通行人の人の視線をこちらに集めている。


 普段とは違う、カッコいい声。


「準備して」


「ッ!!は、はい!」


 俺も蒼も、急いで持ち場に付く。エナドリの男の人は、『がんばれ』というカンペを出しながらどこから取り出したのだろうサイリウムをめっちゃ振り回している。あの人何者?


 3人で、やる曲を選ぶ。圭さんはボカロとかも聴く人らしく、蒼とやったやつをもう一度することにした。ロック調でBPMは180。圭さんは蒼からギターを受け取る。でも、朝と違ってアコギじゃなくエレキだ。何個かギターケースがあるのはなんでだろうと思っていたけど、こういう事だったらしい。蒼はアコギをしまって、もう1個閉まってるケースからベースを取り出した。その他もろもろもセットして、ゆったりジャズから一転激しい夏!って感じのステージになる。



「じゃあ、始めよう」


圭さんの合図で始まる。『サマーレコード』は、爽やかな夏の曲で、こういう昼にちょうどいい曲だと思っている俺の大好きな曲。夏の涼しさ、どこか寂しさや懐かしさを思わせるようなメロディが多くの人の心に刺さった名曲だ。数々の人が歌ってみたなどでカバーして、それぞれその人たちの良さが強調されるという事もあってどのカバーも聴き漁っていた俺なのだが……



 圭さんの、いつものふんわりした雰囲気は一転して、すげぇロックスターって感じのバチバチカッコいい声。曲自体がかっこよくなっている。蒼のギターも、アコギのときのゆったり爽やかさとは真逆の、技巧もパフォーマンスもカッコいいギタリストの動きをしている。やべぇ、俺一人だけついていけてねぇ。


「その程度で、私を誘ってたの?」みたいな目で、圭さんがこちらを一瞬見る。そうだ。ここでへこたれてちゃダメなんだ。



 ミスしないように真剣に、ちょっと音数を増やすように弾く。


 気づけばなぜかサイリウムの集団が出来ており、それにつられてかタオル振り回してる人とか体を揺らして聴いている人がたくさんいた。圭さんも蒼も、真剣さの中にしっかり楽しい表情をしている。駅一帯に、今この音が響いている。


ツツタツツツタツ―――――


 

 演奏に、さっきまでなかったドラムの音が響き始める。見るとそこには、コンパクトなドラムセットで盛り上げてくれる男の人がいた。


「お供させてください!」


 彼は笑顔で聞いてくる。聞く前から叩いている手前やる気満々なのだろう。こちらとしてもありがたい。


「ぜひ!盛り上げましょう!」



 まるでフラッシュモブのように、みんなが曲に同調して盛り上がっていく。



「俺も混ざりてえっす!」


「私も!この曲大好きなの!」


 男の人は、俺と一緒に連弾して、女の人はワンモアエレキギターで参戦。圭さんの声が、圭さんの歌うこの曲が、街の雰囲気をこの曲で染めていく。曲もラスサビに入る。








「はあ、はあ、やっぱり……俺、圭さんとバンドやりたいな」



 街でのストリートライブは、周りの人も巻き込んで、圭さんとも一緒にやれて、楽しく大盛況で終わった。





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最近Audacityの使い方を友達に教わり始めました。

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