第30話 一葉姉と迎撃

 今俺の住んでいる場所は、学校からさほど遠くないいい感じの場所にあるマンションの2階。実家にあった、俺がメンバー集めの時に悩みを独白した紫色のクマのぬいぐるみが横柄なポーズでベッドに陣取っていて、実家のメルヘンな部屋とは違い、男の時の俺の部屋みたいなごく普通の男子高校生の部屋って感じになっている。マンションの目の前にはコンビニが一件あり、少し歩くと国道沿いに出るため外食にも困らず、そのわきの路地を進むと寂れてはいるが地元民に愛される商店街があるため、娯楽もまあ事足りると言った馬鹿みたいに立地の良い場所だ。そして、その下の階には俺に年の近いほうの姉が住んでいる。おせっかい焼きですんごいきゃぴきゃぴしてるけど、こういう虫とかには本当に何もできないような人だ。


 傍から見ればこういった内面でしかも身なりも整っている姉だから、ついつい支えてあげたくなってしまうなんて甘い考えを抱く者も多いことだろう。しかしどうだ、身内ともなればたまに呼び出されることに対してこの上ないほどにだるさを感じる。まして圭さんとのまったりタイムを阻害されたのだ。会った時に絶対文句言ってやる。










 決意を固めた俺は姉の部屋の前までやってきた。一応俺のところに避難しに来てないかを確認したが、扉の前にはいなかったから多分中にいるんだろう。まあ俺がいないってわかったから電話してきたんだろうけども。


ピーンポーン



 インターホンを鳴らす。


「一葉姉きたy―――――


ガチャン!!


「遥ーーー!!怖かったよー!!!」


「ぐへぇ」


 扉が開くやいなや後方に吹っ飛ばされる体。痛い。


「痛いんだけど……」


「ほんとに、ほんとにヤバイんだってー!」


「わかったよ。わかったから。で、どこにいるの?」


「トイレだよー。入ろうとしたら足元にいたからびっくりしてちょっと漏れちゃったもん」


「まじかよ。んじゃまぁ退治しますか」


 玄関に入ると短い廊下が伸びていて、突き当りには一部屋。道中にトイレと洗面所、ちょっとしたクローゼットがある。洗面所はそのままお風呂につながっていて、洗濯機などもおいてあり、奥の部屋はリビング兼自分の部屋として一葉姉の寝具などもおいてある。



 俺はクローゼットから使えそうな細長い棒とガムテープを取り出す。ガムテープの粘着部分が外側になるようにわっかを作って上手く棒の先に取りつける。いざご対面。


ブーン


「「ふわぁああ!!!」」


「なんだよ!こいつ羽あるじゃねぇかよ!」


「それはあたりまえだよぉ!!」



 彼奴め。俺たちをそんな高等な手段で脅かすなど……


「万死に値する」



 我流美空流抜刀術。簡易型。ここで終止符を打つ!


「振りぬけおりゃぁぁぁぁ」


スカッ



 すかした!まずい。彼奴が空にて旋回し、こちらに方向を定めた模様。


「く、もう一波来るか……」


 俺はすぐさま構えをとる。一葉姉は怯え切って洗濯機にハグして縮こまっている。羽音と黒い艶を帯びた対象が接近してくる。神経を研ぎ澄ませて、足を踏み出し――



「ここだ!」



 ぱすん、と軽い音がして、ガムテープに対象がくっついているのを確認する。俺はすぐさまそれを追いガムテープで丸めてビニール袋に入れ、それを穴がないように空気を抜いて蝶結び×3。ゴミ出し袋の奥に突っ込んだら。ミッションコンプリート。



「ありがとー遥ー!!頼りになるぅ!」


「ぐへぇ」


 本日二回目のタックル。痛い。あほみたいにでかい胸に顔が圧迫されて息ができない。考えてみれば圭さんよりも大きい?



「今、他の女のこと考えてたでしょ」


「なんでわかるんだよ怖いよ」


 一葉姉がニヤニヤしながら擦り寄ってくる。ゴシップ大好きな隣人のおばちゃんみたいな装いで手をひらひらさせながら聞いてくる。


「ちょっと、どこの誰よ。遥が好きになるなんてよっぽどの人だねー」


「別に好きってわけじゃないし。最近友達になっただけで」


「へー。順調じゃん」


「ええ、おかげさまで」


 まったりタイムを邪魔された挙句彼奴との戦いに疲弊した俺は若干不機嫌になっているからか、割と嫌味っぽい言い方をしてしまう。いけないいけない、どっちみちずっと圭さんの家にいるのはアレだったし。圭さんだって一人の時間は楽しみなはずだし。



「ごめんね遥。お姉ちゃんがこんなことになったからそのお友達との時間邪魔しちゃったね」


「エスパーなれるんじゃない?」


「あら、当たった?えへへーお姉ちゃんは遥マスターだからねー。あそうだ、朝ごはん食べる?お姉ちゃん昨日カレー作ったんだけど」


「朝からカレー食べるの!?体壊さないようにね。あとご飯はもう食べた」


 そういうと、ウソでしょ?みたいな表情で一葉姉が絶句している。


「遥朝ごはん食べない主義でしょ?そんなにお友達の朝ご飯美味しかったの?」


「なんで一緒に食べたってわかるのさ……まあ、たしかにあの味はすごかったけど」


「ほう、また食べさせてもらわなくては」


「ぜひともやめてください」


 今日の一葉姉はやけにニコニコしてるな。そんなに俺に友達ができたことに驚いているんだろうか。まあ確かに、横のつながりはともかく縦のつながりはすごく強くなったからなぁ。


「いやぁ遥のおかげで安心してアルバイト行けるよー。てことで、ごめんだけど遥、このままここにいるならか鍵預けとくから閉めといてね。帰ってきたらおうち尋ねるから」


「あー、その時間家にいるか分かんないし出るよ」


「え?外出っていう選択肢持ってたの?」


「いちいち私を陰キャだと言わんでよろしい」


 くっ、こうなったら意地でも外出してやる。俺だって一人で本屋行ったり一人でカラオケ行ったり一人で映画見たりくらいはできる!


「じゃ!私、外出する用事あるから」


「あらら、そこまでむきにならなくてもいいのに……気を付けてねー」



 最後になんか言ってたような気がするが、玄関の扉が閉まる音であまりよく聞き取れなかった。


「んー圭さんのとこ戻ってもいいけど……せっかくだから休日だし一人でぶらぶらするか」






―――5月2日(日) 9:30 予想に反して曇り気味―――




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一人カラオケ朝フリータイムを、いつかやってみたい

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