第25話 ひと段落ついて

 突然ですが、俺は今とある場所に来ております。先月はいろんなことがありましたね。入学して、軽音部の見学に行って初めての食堂に圭さんと行けて、なんか喧嘩吹っ掛けられて、学年問わずいろんな人と仲良くなって……そして――


「こうして圭さんの家にまで来るようになったんだから……あな恐ろしや人生」


 そう、現在俺は圭さん宅の前まで来ている。どうしてこうなったかは、さかのぼること一日前……





―4月30日(金)―快晴



 あれから俺は一躍有名人というか…俺の校内イメージが先輩に啖呵切ったやべぇやつから、先輩に啖呵切れるすげぇやつに変わった。そして俺自身の生活もガラっと変わった。男だった時には考えられないくらいの男女も先輩も入り混じった交友関係が築かれたのだ。当然ボッチ脱却!なんなら連絡先だってあるので迷惑メールも送り放題。今まで家で連絡を取っていたのは小松菜(ネッ友)くらいだから、自分でもこの生活の変わり具合にはなれるのに時間がかかった。クラスメイトほぼ全員に話しかけられて自分の席を囲まれたことが今までの人生であるだろうか?恐らく天鵬よりも確率は低いと思う。


 あの勝負に勝ってから大体一週間。先述したような席囲みも俺に話しかける人も落ち着いてきた(もしくは失望された?)ころ、ちょうどGWの間に唯一学校に来る日である。今日も今日とて授業を受け終わって家に帰ろうとしていた時、ふと教室の外に目をやると、圭さんがいた。


 あのとき抱き着かれてからあんままともに圭さんと話してなかったけど、こちらの動揺を悟られてはいけないと「やっほー」と、口パクで手を振ると、無表情のまま人差し指でこっち、と指さす。急いでかばんに教科書を詰め込んで、圭さんの方に向かう。廊下に出ると、圭さんは壁にもたれて待っていた。


「しゃべるの……久しいね」


 圭さんがふっと笑みを浮かべて手を振ってくる。


 突然だがここでみなさんに問おう。圭さん……如月圭と聞いて、みなさんはどのような印象を思い浮かべるだろうか。俺からすると、出会いが出会いなもんだから人生に面白さを見出してない無気力系女子みたいな感じなんだ。だって実際どんなことにも無表情なんだよ?あんま感想とか熱く語らないよ?ええ、とかああ、とかしか言わないんだよ?そんな圭さんがだ……見て見ろ、はにかんでいる。


「話があるの」


 見て見ろ、こんなに自発的に話そうとしているぞ……熱か?風邪か?高校生半ばデビューみたいなやつか?恐らく今俺の顔はひょっとこみたいになってるだろう。驚きすぎてだ。


「ねえ、ひょっとこみたいな顔してるけど……」


 ほら見ろ、ひょっとこになっている。圭さんの顔がちょっと困り顔になっている。え?困り顔?あのどんなことに対しても他人行儀な圭さんが困り顔??


「……さっきから失礼なこと考えてない?」


「私が圭さんにたいして失礼なことなんてそんな滅相もない」


「……そう、よね」


 あれ、いつもなら怪しい目でジトーっと見てくるのに、なんか今日は違うぞ?まあいつもって言ってるけど過去ログ3回くらいの会話からこの違和感に至っているのだけれども。それにしても、そんなホッとしたような表情はおかしいですよ。


「それでね。明日からまたちょっと間休みじゃない。だからその……」


「なんです?私にできることならなんなりと―――


「家に来てほしいの」



◇◇◇◇


――5月1日(土) 曇り――現在


「着いてしまった……」


 家電屋さんでの予算いくらでも発言からまあお金持ちなんだろうなぁなんて想像はしたこともあったけれどさぁ。


「ここまでかね……すご」


 すごいでかい壁に鉄の門、その鉄柵の隙間から見える広大な庭。奥にそびえる大豪邸。圭さんもしやお嬢様だったりして?てか、インターホンないんだけどどうやって来たよーって言えばいいの?と固まっていると、ピピっという音が頭上から聞こえる。なんだろうと思って見て見ると、そこには赤いライトが光った防犯カメラみたいなものが見えた。


 ジジー……失礼ですが、どちら様でしょうか


カメラの方から人の声が聞こえる。中にいる執事さんだろうか。こちらの身元を問うてくる。


「へぁ、わ、わたわたくしは、双葉学園1年の、み、みみみみそら―――


「そんな緊張しなくても……今開けるから」


 がらがら、と門が開く。今のは圭さんだったのか……あんないたずらをするんだ。される覚悟ってもんがあるんだろうな……


 俺は家の玄関のドアまで猛スピードで駆けていく。ドアのそばに立って開いた瞬間にでも飛びついてやろうといういたずら心が芽生えたからだ。ふっふっふ、今からでも驚いてその無表情が焦りに変わるとなると……


「ぐへっ」


 なんて考えていたからだろうか……もうすぐドア、というところでずっこけてしまった。かろうじてリュックサックに詰め込んだ機器たちは、俺の背中をクッション代わりに無事だったけど、そんな俺は背中とお腹を強打して、絶賛ピンチである。


ガチャリ――――

 

「……そういう趣味でもあるの?」


「ッ――――!!」


 打ち方が悪かったのか、息ができない。こんなにも貧弱な肉体になってしまったのかと、ますます落胆する。


「って、大変!」


 さすがに圭さんも危機を察知したのか、すぐさま俺を家の中に運んでくれる……リュックを背負っている状態であるにも関わらず、軽々と持ち上げられて中のさまざまなドアを通って、ある部屋のベッドに寝かされる。顔も強打したために、視界がぐわんぐわんしていたが、圭さんが寝かせてくれたおかげで、少しずつ和らいできた。


「落ち着いた?」


 視界に圭さんの顔が入る。仰向けになっている俺を覗いている感じ。


「はい。ごめんなさい……ちょっと血迷ってしまって」


「スピーカー……壊れたら怒ってた」


「え?」


 まさか「大変!」てスピーカーに対しての……うぅ、まあ元は俺が悪いし……


「その、ごめんなさい。私があんな変な勝負に巻き込まれたからスピーカー返しにいきづらくて」


「別に大丈夫。無事だったし」


 無事じゃなかったら命はなかったかもしれないと、心の中で少し戦慄する。


「それに……勝ったし」


「……へ?」


「遥が!……勝った、から……その」


 途端、性懲りもなく俺の顔はいたずらに笑みを浮かべた。傍から見ればそれはそれはいらだつ顔をしていただろう。だってなんか圭さんが可愛いんだもん。


「もしかして、私が勝ったことを喜んでくれてるんですか?私とこうやって話せる―って心の中ぴょんぴょんしちゃってます?」


「……ぅ、ぅうるさぃ」


 圭さんがそっぽ向いて、消え入りそうな声でぼそっと否定する。やばい、マジで可愛い。うさぎ?モルモット?はたまたハムスターか?形容しがたいが小動物のようであることには変わりない。


「いやーそうだったんですかー。嬉しいなーもう。確かに言ってくれましたもんね!なんだったけか。んー?わたしぃ、あなたを――――むぐっ!」


「うるさい。これ以上言うなら黙らせるよ」


 圭さんが俺の口を手で覆ってそのままベッドに押し倒す。目は本気だ。すごく怖い目で睨んでくる。ちょっと……顔が赤くなっているのを除けば怖かったんだけどな……


「うう、むー!う”う”!ぷはっ!これからは、私とバンドやってくれるってことでいいんですよね?お友達に向かって一直線!でいいんですよね!!」


 俺がしゃべろうとして舌を手につけようとすると慌てて手を離してくれた。今なら勢いで聞きづらいけど聞ける!と、食堂で言った俺の言葉の返事を乞う。


「……もう……うぅ」


「もう、何ですか?」


 さっきよりも顔を紅潮させる圭さんに、お姉さんみたいな優しい声を意識して急かしてみる。圭さんは顔を俺の胸に押し付けて、もごもごと何かを言った。


「聞こえないですよー。なーんて言ったんですか?」


 俺の顔の両隣りに付いて、自重を支えていた手を背中に回してぎゅっと締めてくる。なんか、抱き着かれている……それに、ちょっと苦しいよ?


 圭さんは顔だけをむくっとこちらに向けて、なんか覚悟を決めたような顔で言う。


「もう、友達でしょ!……うぅ」


 圭さんが……友達って認めてくれた!?



「ってことは、てことはてことは!!もう人生面白くないなんてことないですよね!!」


「え……あぁ、あれはただあの時そんなことを考えてて、確かに死んでみたらどうなるかな……って、考えてたけど、人生は面白くないとは思ってない。面白いとも思わないけど」


 な、なな、なんだっ……て?行動力の化身か?一時の考えで身を投げ出すのか?す、凄まじいな。意外な一面を思わぬ形で知ってしまった。


「じゃ、じゃあ、私とバンドも組んでくれるってことですよね!!お友達を前提にって約束でしたもんね!!」


「えぇ……友達になるから、それは諦めて」


「はぁ!?契約違反だ契約違反!第一私は勝ったら圭さんがバンドに入ってくれるっていうんであれ頑張ったんですよ!私の努力返してください!」


「じゃあ……ぎゅー」


 今度は俺の顔が圭さんの胸にうずまる。というか強制的に両手でホールドされて離れられない!


「ぐ、ぐるじい!ぐるじいです!」


「これで満足……勝った甲斐があった」


「ダメです!バンドやるっでいうまでぜっだい満足なんて……じまぜん!」


 苦しいからまともに話せない……がしかし懸命に自分の意思を通そうとすると、どんどん締め付けがきつくなってくる。


「私とお友達になれただけで満足っていうまで、離してあげない」


 う”……ぐ、落ちる。このままじゃ意識が危ない……


「絶対……絶対バンド一緒にやるんだぁ”……」


 こてん。と、俺の意識はそこで落ちてしまった。












「……やりすぎちゃった。けど――――


 安心する。と、ハグという行為に半ばハマってしまった圭であった。






――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





 仲の縮め方がわかんなくなりそうです。作者はボッチです。

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