第23話 見た人を笑顔にする力

 放送部の司会の紹介が終わり、AKKIfeetスクリームの曲が始まる。ギターの音がかき鳴らされて、やっと思考力が戻ってくる。ハイになり過ぎたのか、直前の記憶は飛んでいる。少し覚えているとするならば、みんなに飛びついた時、また恐ろしい視線が背中に突き刺さったことくらいだろうか。


 彼らが今初披露している曲は、上坂とここには出てないけれどスクリームのリーダーが共同で作詞作曲したらしい。どうもスクリームのリーダーは少し渋っていたらしいが、まあ上坂のためならと重い腰を上げて楽譜を書いたのだそう。普通ならスクリームがこうも大っぴらに他に手を貸すことはないらしく、裏方さんもワクワクしているのかライトが荒ぶりながら館内を照らす。(裏方は生徒会さんと放送部さんです)


「これが今の二大巨頭か……」


 翼先輩が本当に小さな声で呟く。そういえば、翼先輩は幽霊部員なんだっけか。


「翼先輩がちゃんと行ってた頃には違うバンドが有名だったんですか?」


「そりゃ、この二つは去年できたバンドだからな。入った当初はもっと違うバンドがトップ張ってたさ」


 どこか感慨深そうに話す翼先輩。失礼にもほどがあるが、全く演奏は耳に入ってきていなかった。入ってくるほど、今の自分に余裕はなかった。


「とにかく……とにかく酸素と水を摂取しなければ」


 酸欠と高揚で、命の危機に瀕しているのだった。




 



 どうしてだ。観客たちが思ったより沸かない。さんざんアイツと放課後残って、観客が沸きたつようなコールも入れて、リズムを取りやすいちょうどいいハイテンポで、歌詞だって……今まで以上にこだわったのに………




「なんか最近のお前、余裕ねぇな」



 アイツ……スクリームのリーダーに言われた言葉だ。お互い二年生だし、一年の時クラスが一緒だったのもあって、それなりにアドバイスしあったり一緒に遊びに行くことがあった。友達は誰かと聞かれたら4番目くらいには名が挙がる、それくらいの仲にはなっていると思っている。圭を賭けたバンド勝負をするにあたって、真っ先に頼ったのはコイツだ。だからメンバーも借りることができたし、曲だってバチバチに良いものが仕上がった。なのに前日練習で帰ろうかという時……



「初心に帰るってんのも、大事だぞ。昔の人だって言ってたんだから」


 と、まるで俺があの日見た憧れを忘れてしまっているような口ぶりでぼそっと呟いたのだ。


 Bメロに入る。思考が何故に染まって、落ち着く場面でテンポを遅くしていなかったために、少し演奏が乱れる。観客にはまるでバレていないが、この演奏は彼女も見ている。


 如月圭その人である。一度だけ、本当に一度だけ彼女の歌っている姿を見たことがある。朝早くの誰もいない軽音部部室で、一人発声練習をする彼女の声は、まるで夢の国のお姫様がそのまま現実に出てきたような、そんな美しい声。俺は一瞬にして彼女を魅入ってしまった。そんな彼女は、無表情ではあるが少し怪訝そうに見ている。


 サビに入る。どうしても彼女のことが欲しくて、そんな俺の心からの思いを乗せてベースを弾く。メンバーは全員軽音部の顔と言われる二つのバンド。なのに、それなのにやはり先ほどのような歓声は沸かない。



 なんで。という文字列が頭をはみ出して喉から飛び出しそうになる。俺じゃ……俺たちじゃ、あのバンドを再現できない。伝説と呼ばれることはできない。そんな諦めの思考が宿っていく。



 俺たちじゃ……伝説を――――





「俺はいつか絶対に、あのバンドを超えてやるんだ!!」


 去年の晩夏。アイツと帰りに公園の自販機でコーラを飲んでいた時。不意に彼だけには伝えたいという気持ちになって、赤く染まっている天に向かって叫んだ言葉。なにやってんだって、若干引くであろうそんな俺の行動に彼は笑うでもなく引くでもなく……いや笑ったか、あいつもにんまりと笑顔になって……あいつも叫んだ。



「じゃあ俺らスクリームは、その新しい伝説を超えてやる!!」







――――「超える」この言葉が、俺の初心だ。


 頭の中の何故が消えていく。メンバーのせいでも、曲のせいでもない。あの一年でもできていたじゃないか。俺たちなら超えていけるって自信で、この空気を楽しむことができていたじゃないか!!



 急ピッチで作った曲であるため、楽譜は手抜きとは言わないものの弾きやすさを重視したお手軽な感じである。が、この際そんなものにこだわって弾く必要はない。メンバーの顔を垣間見る。不思議と、みんなこちらを見ていた。


 思わず笑顔になって、もう楽譜など目に入らない。あの一年を超える。あの伝説を超える。超えた先で、もっと楽しい発見が待っている。だからそれも超えてやる。








「なんか、雰囲気変わりました?」


 俺は翼先輩に確かめる感じに聞く。


「ああ……いい目になったよ」


 どこか翼先輩は嬉しそうだ。


 「俺も、なんか久しぶりにアイツのあんな顔見たなぁ」と、後ろで久我先輩も笑っている。観客も、一番ではそこまで沸いていなかったのに、二番に入るあたりから急に沸き出した。


 

 あんな上から目線が嘘かのように、上坂は爽やかに、真剣に、笑顔で弾いている。他のメンバーたちの演奏や、ボーカルの声も先ほどよりも気持ちなんか、自由度が増したような……


 酸素カプセルを死に物狂いで口に当てながら聴く。カバーの時よりも、観客は沸き立っていた。ステージをライトが赤色に染める。決まった。そんな会心の笑みを浮かべて、上坂は立っていた。




「素晴らしい曲をありがとうございましたー!!皆さん!満足していただけましたでしょうか!?」



 大きな拍手が鳴り響く。鳴り響いて止まない。ステージに、両バンドが揃う。また一層拍手の音が増す。



「ここからは、投票フェーズです。皆さんのお手元にボタンがありますよね?ボタンを押してカバー曲とオリジナル曲の一人二票を、皆さんが良いと思った方に入れてください。青がインスタント、赤がAKKIfeetスクリームです!それでは集計開始!」



 やっと酸素カプセルを離しても大丈夫になった俺であるが、今度は緊張で過呼吸気味になっている。酸素もういらないです。心臓さん少し止まってください。


 1分足らずで、集計は完了した。「両者ステージの両端によってください」と、司会が場所を誘導する。どうやらスクリーンに集計結果が映し出されるらしい。


「まずはカバー曲の方から行きます!相手と差をつけて次に有利につなげていたのはどっち!?」


 

 どこぞのTVの賞レースで使われそうな、青と赤の得点のバーが徐々に一緒に伸びていく。この学校の全校生徒は、840人。先にバーが止まったのは……



「おっと!!わずか10点差ではありますが、インスタントが勝っている!!?」



 どっとざわつく館内。俺たちに投票した生徒も、まさか勝ってしまうとは思ってもみなかったのだろう。俺は嬉しくなってみんなとハイタッチをした。姫野さんはしてくれなかったけど……嫌われた?



「さあ、まだ勝機はありますよ!続いてオリジナル曲の方に移らせていただきます!果たして結果はどうなるのか!?」



 勢いよくバーが伸びていく。10点しか差がないため、俺としては結構焦っているが、みんなと落ち着いて行方を見守る。


「あっ」


 得点が生徒の半数分を超えようとしたところで、青のバーは止まった。ヤバい。負ける。怖くなって目を瞑る。止まれ!止まって!


 館内がざわざわとしている。このざわめきは、歓声とかのやつじゃない。どうなってるんだ?みたいなやつ。



「……おい、目ぇ開けろ美空」


 久我先輩が俺に言う。恐る恐る目を開ける。生徒たちをまずは見る。みんながスクリーンを指でさしている。怖いながらも、ゆっくりと首を回してその結果を受け入れる。覚悟はできていたつもりでも、できていなかった。けれど、それと向き合うためにはっきりスクリーンの結果を見る。






「……えっ…ぁ」


 もれ出たのはそんなか細い声。勝ちでもなく、幸いなことに負けたでもない。しかし、それら異常に過呼吸を加速させる結果。


 カバーとオリジナルを総合した結果が、同点だったのだ。上坂たちは、神妙な面持ちだ。司会さえも、あたふたと段取りを確認している。そんな中、ステージに向かってくる男が一人。今日の勝負の発端であり、軽音部部長の椎名三鷹。まだ序盤なんだからかぶらせなくてもいいだろ、と思わせられるみたかという名の持ち主。彼が落ち着いた表情でステージの中央に立ち、マイクをもって生徒たちに話しかける。さっきまでざわついていた生徒たちは、静まり返っている。


「生徒の皆さん。たかが一人を取り合うだけの小競り合いにお付き合いくださり本当に感謝します」


 たかが一人ってお前が仕向けたんだろう。と、憤りが口からこぼれてしまうのを必死に抑えながら耳を澄ませる。


「ときに、如月さん。あなたはまだ、二票をもっていますよね?」


 生徒がまたざわざわとしだす。そうだ。確かに圭さんは投票用のボタンを持っていない。ただ見ていただけだ。



「あなたには、カバーとオリジナルを総合してどちらかよかった方に二票入れていただきたい」



「……ええ」


 圭さんは、オープニングから久方ぶりに口を開いた。その顔には、もはや決まり切っているという思考が映っていた。

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