第22話 私たちの色

「さあ両方原曲以上の演奏で私たちに最高の音楽を届けてくれました。ここからは、皆様お待ちかねオリジナル曲の披露に移りたいと思います!!」


 圭さんになんかこわい目で見られてから五分ほどの小休憩が入り、次はオリジナル曲。実を言いますと、俺的にはこっちの方がなにかと自信……というか、楽しみな気持ちがある。実は俺はMIDI歴4年。それなりに曲を作りそれなりに上達してきたと自負している。極めつけはこれだ。


「なんか……すげぇな。この曲」


「ああ……すげぇよこれ」


 なんと翼先輩と久我先輩にすごいというお褒めの言葉をいただいたのだ。しかもあんなに息をのみながら。これってもう事前に勝利を知らせてもらったと言っても過言じゃないですよね!?



「浮かれない方がいいわ。向こうは手練れだってことを心にとめておきなさい」


 姫野さんが忠告をしてくる。確かに、無効だってバンド活動をしている身だ。侮ってはいけないか。


「さあ!カバー曲とは逆の順でいかせていただきますオリジナル曲。人気曲の多いAKKIとスクリームですが、今回は新たにタッグを組んで作詞作曲をしてくるという熱のこもりっぷりです!」


「一方インスタントの創立者美空さんも数々の曲を作ってきた手練れだという情報が入っています!両者期待していいでしょう!!」


 まただ。またどこが出どころかわからない情報がまた勝手に……これ終わったらぜってー突き止めたるかんな。


「さ、まだまだこれからだぞお前ら。気ィ引き締めていくぞ」


「ええ」


「俺のドラムが火を噴くぜ!!」


「もっかいいくよ、みんな!」


 まださっきの高揚感は収まっておらず、ひざとか指とかとにかくガクガクしてるしおまけに今回は俺が作った曲を生徒全員に、まして圭さんにも披露するのだ。緊張では収まらない。ド緊張。緊張という文字列がテープになって俺をぐるぐる巻きにしてくる。


「それでは、インスタントで、『妄想デッドヒート』です。どうぞ!!」


 この曲は去年俺が受験生だった時、気晴らしにという安易な理由で一か月も費やしてしまった妙に力作となった曲だ。それまでは歌唱のための曲というよりかは、ゲームやアニメのBGMみたいな、歌詞のない曲ばかりを作っていた。単純に歌うにあたって自分の声があまり好きでないということに、機械音声ソフトの調教がとても初心者であることが重なり、さらには人のうたうための歌というものを俺自身あまり聞いてこなかったためか、俺が作る歌は全部高音だったりBPMが馬鹿みたいに早かったり、メロディとして聞く分にはいいけれど歌うとなるとなんか違うなーとなったり、到底歌として成り立たないものばかりだったためである。そんな音楽を少し遠ざけて勉強していた八月半ば。自身にとって思い入れのあるそんな季節に、不意にロックが頭に舞い降りた。フレーズとしてはおそらくサビの出だしにしかならないだろう短いもの。しかし、自分にとってそれはあまりにも画期的で、人でも、自分でも歌うことのできるメロディだった。


 9月初めのテストの点数は残念な結果になった。塾の夏期講習の宿題でただでさえ睡眠時間がいつもよりも削られるというのに、自身の中の音楽を探求するためだけに2,3時間持っていかれた。ご飯を食べることすら面倒くさくなるような生活を送って作った曲。出来栄えとしては、ソフトが無料なためか案外そんなもんかって感じに今となっては感じるが、その当時は革命が起きたような気持だった。6月にあった文化祭に間に合っていれば、そのときこの自信作を出すことができていればという後悔の念を晴らすために今日の披露曲に選んだというのもあるが、それ以上に。


 これは、俺にとって人というものを知るきっかけになった。理由は単純、人が歌う歌というのを初めて聴きだしたのだ。メロディもさることながら、プロとして活動する方々の歌詞には、ボーカロイドの声にも匹敵するような趣深いものがたくさんあったのだ。この言葉は当時の俺の気持ちだから、ボカロは人の歌よりいい曲だなんて偏見の入り混じった文章になっているということを心にとめていただきたい。しかし何度も言うが、本当に革命的な偶然の出会いだったのだ。これのおかげで前よりもロックを聴くようになった。人の言葉にもう少し耳を傾けるようになった。自分が知らないことを、もっと知りたいと思えるようになった。


 こうして、圭さんのことを知りたいと思える自分になれた。


 だから特別な曲といえば、特別だ。できることなら俺なんかじゃなくて、もっと音楽に精通したプロがもっと楽器の扱いに手慣れたベテランを率いてやってほしい。それくらい俺は今緊張しているのだ。


 だというのにみんなは、全く緊張してない。それどころかなんか一山超えたからか活き活きとしている。


「ほら、どうぞって言われてるぞ。遥の合図で始めるって言ってただろ」


 翼先輩なんてこうやって今気持ちをかみしめている瞬間に横やりを入れてくるくらいにはやる気で満ち満ちている。ちょっとだけでも待ってくださいや。あたしゃそんなにいそいそいけませんのや。


 なんか俺だけ緊張してるのが馬鹿らしくなってきた。体感でははじめと言われてから何十秒かは経っている。おそらく早くしないといけないのだろうけれど、ここで焦ってはいけない。ゆっくりと指をキーボードに乗せる。もう震えは止まっている。


「よし!」


 予定通り俺の合図で始まる。最初4小節は8分の7拍子のギターと細かなキーボード、ドラムから始まる。そこから4拍子にもどってさらにイントロに入る前に変拍子からの2拍子が入り、正真正銘4拍子のアップテンポなロックが始まる。キーも夏が体にひんやりと染み入る感じ。


 自分の中のイメージ上の曲が、MIDIで再現されたに過ぎない電子上の曲が、生の音と生の声、生の視聴者で肉付けされていく。平面だった音が、立体になって夏を形作っていく。館内が眩しいライトブルーとイエローに照らされる。気持ちいい汗がほとばしる。一曲目を落ち着いたジャジーな雰囲気で演奏していたからか、ギャップとテンポの良さに生徒たちの顔も悪くない。


 サビ。曲として代表的な場所で、人々の記憶に残る場所。あの曲ってどんなだっけーなんて話題で、だいたい口ずさむのもここ。そんな要の部分でもあり、俺が一番思い入れのある場所。


 「弾け飛んだ」と言ってもいい。俺のイメージでは、自身が男だったからというのもあり、脳内で再生されるこの曲のボーカルは、透き通った高音の綺麗なさわやかイケメンだった。が、今この刹那に弾け飛んだ。


「姫野さんサイッコー!!」


 演奏中だったが、ためらわずに叫んだ。もはや一ファンである。裏声で優しい声じゃないのに、それくらい包み込むようで、地声の範疇であるがための超パワフルになったサビは、俺の心を含めてここにいる多くの生徒を魅了しただろう。これもアリ……いや、もうこれじゃないと気が済まない。それくらいの衝撃。ギターのリフだって、俺の思いつかないギターを扱える者だからわかる弾き方や、音の出し方がしっかりと入っている。だからだろうか。俺も楽譜にないフレーズを入れまくっていた。もともと俺が楽譜を読めないという事もあり、MIDIを無理矢理楽譜に仕立てたのだが、それも拙いものだ。だからもはや、俺たちの演奏はその場その場で仕上げるのがセオリーと言っても過言ではない。もちろんそんなのプロでは通用しないだろう。


 だからなんだってんだ。今この体育館の中のすべての人の心に届いている音は、まさにそのその場しのぎの延長じゃないか。この空間が楽しめるなら、この曲をこんなに楽しく演ることができるなら、むしろそれでいい。圭さんの耳に、心に届いてみてもらえるのなら、それでいい。



 妄想が止まらずにその勢いで学校のマドンナに告白し、あろうことか自転車に縛り付けて二人きりになるために裏山を駆け上がるというのが、この曲のだいたいの歌詞だ。なんだか、今のこのバンドみたいだななんて、そんな気がする。その場の爆発的な勢いに任せて、このまま勝利まで駆け上がってしまうのではないか。そんな感じ。




 気づけば演奏は終わっていて……今にも前にぶっ倒れてしまいそうなくらい過呼吸になっていて……最高に気持ちいい。



 そんな拍手と歓声と、とびっきりの笑顔が俺たちに向けられながら、大成功にホッとして、


「やったぁぁあぁ!!!」


 と、子供のようにはしゃいでみんなに飛びついた。



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宿題が終わらないのと、クトゥルフ神話TRPGにはまり申して……


学校も始まるので投稿が遅くなるかもです。

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