第21話 いらいら(圭side)

 遥たちの情報が一切出てこない中迎えた今日。自分は何もしないでただ見ているだけなのに、いつもより早く起きてしまった。まだ全然寝られるのに、もう寝る気もおさまってしまった私はちょっと早めの朝ご飯を食べる。いつもと同じ、食パンに目玉焼きをのせて耳をマヨネーズで囲んでトースターで焼く。俗言うラピュタパンの完成。いつもより焦らなくて済むから、綺麗に焼けた。はむはむとそれを食べながら、両方どんなバンドになっているのかを考える。上坂はああいう感じのキャラだけど、ベースとバンド活動に関しては本当に真剣に取り組んでいるから、気が抜けないなと、また私がやるわけでもないのにそんなことを考える。

 

 今日まで遥とは一度も話さなかった……というか、話せなかった。たびたび食堂で目が合うのに、すぐに逸らしてどこかへ行ってしまう。べつに当日まで話しちゃいけないなんて決めてないのに、当日までに私に媚び売っておけばいいのに……それ以外で見かけるのは放課後になると空き教室に急いで入っていくときだ。遥は案外真面目なのかもしれないと思っていた矢先に、である。


 遥は集めたメンバーとステージに立っている。今までさんざん練習してきたからか仲のいいやりとりをしている。遥が男に頭をわしゃわしゃされたり、遥が女に背中をポンと叩かれていたり……遥が……



 上坂たちが披露した「リバイバル」は、有志のおかげで大方いい雰囲気にはなったものの、勝負としては先攻で見ている生徒たちも改めて緊張しかけていた空気を有志のとき、それ以上に盛り上げた。生徒たちは定期的にやっているライブや地域のイベントへの参加なので聴いているから、やっぱりすごいといった感じでリズムに体を預けている。みんな一年が集めた即席バンドなど期待しておらず、遥の言葉に期待していた生徒たちも、やっぱりこれには勝てないかといった表情。


 そんな圧倒的アウェーで、遥たちはすばらしい演奏をやりきった。


 遥たちのカバー曲「さよならの夢の中で」は、私自身も好んでよく聴いている曲だ。ふだんはロックとかをよく聴くけれど、たまにはと思って手を出してみたのがこれで、落ち着いたのもいいなと思わされた一曲。ベースがいないと知ったときは大丈夫なのかと心配したけれど、キーボードで代用してより大人びた曲に昇華させていて、私はまたこの曲を好きになれた。私を含めみんなが次のオリジナルの方も楽しみだなと考えていたときなのだ。


 遥が……男と抱き合っている……


 この目で確認したまぎれもない事実。今目の前で繰り広げられている厚い抱擁。刹那、私の心に出所のわからない苛立ちが芽生えた。私は確信した。私の中でなにかが起こっている。もやもやしたりいらいらしたり、なにかがおかしい、と。


 不意に、隣でも女子同士が抱き合っている……いや、片方が抱き着こうとしているだけ、それでも仲が良いのだろうという推測はできる光景に、今度は憧憬の念を抱いた。どうして……この気持ちは一体なに?


 こんなこと、遥と出会う前には沸き上がらなかった感情。人生に退屈していたあの頃には、抱くことすらなかったもの。


「遥がいたら、面白い……?」


 遥と出会ったあの時。遥とスピーカーを買ったあの時。遥と食堂でご飯を食べたあの時。私は自然と気持ちが上向きになっていた。意識していなくとも、自然と笑顔になった。



 あの男がいたら、遥が私の元からいなくなる……そんな考えが頭を取り巻いていく。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。自分でもわかるくらい良くない方向に走る私の頭。


 遥がこちらに気づく。驚いていたけれど、すぐに男から離れて手を振ってくれる。手を振るのは恥ずかしかったから、ちょっとだけ頷くとそれを見届けた遥はメンバーと舞台裏に入っていく。


 気づけばいらいらもおさまって、環境音が耳に入ってくるようになる。今は司会が次のオリジナル曲の披露に移行しようとしているときだった。



「そういえば、スピーカー……」


 まだ返してもらってないことに気づいた。

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