第20話 初合わせはステージで
再びステージが暗くなる。場を繋ぐため、司会がさきほどの上坂達のカバーについての感想を述べている。生徒たちも先ほどの演奏の余韻に浸ってざわざわと興奮が落ち着かない様子だ。みんな緊張がほぐれている。今かませれば、一気に形勢を逆転することができる。幸い俺のさっきの一言はアウェーを少しだけ緩和できている。こちらへの興味を応援にできれば……
「さあ如月さん!上坂さんたちの「リバイバル」どうでしたか!」
「……まあ、いいんじゃない」
圭さんの無表情の「いいんじゃない」に、上坂以外のバンドメンバーはガッツポーズをして喜ぶ。上坂も聞こえていたはずなのだけれど、彼はすでに次の曲の最終チェックに入っている。あいつああ見えて案外真面目なのかもな……
俺たちは彼らをしり目にステージ上で準備を整える。みんなからのグッドを受け取った俺はかかりの生徒に知らせて深呼吸をする。
「大丈夫。できるできる」
真っ暗だった目の前が明るく照らされる。大勢の生徒の期待の籠った笑顔が向けられる。圭さんは……こっちを見てくれている。
「さあさあ続けてやっていただきますは美空遥率いる急造バンド『インスタント』ベースがいないことが仇となるかはたまた新たな音色を奏でるか!?」
「準備ができたみたいなので行きましょう。彼女たちが披露する曲は「さよならの夢の中で」です!どうぞ!」
ステージの照明が青く、少しくらくなる。「さよならの夢の中で」は、2022年に爆発的にヒットしたアニメ映画のEDで、ゆったりしたリズムから入り、イントロから一気におしゃれに駆け上がっていく曲だ。「リバイバル」よりかはテンポは遅くなるけれど、重いビートやタメが気持ちよくダンスバトルなどにも使用される曲である。
そしてこの曲をやるにあたって最も問題となるのはベースがいないこと。リフを詰め込んでも重低音がないとメロディーを見失ってしまう。これをカバーすることが、このバンドの課題であり最大の特徴となる。
初めての感覚か、生徒たちは演奏中にもかかわらず少しざわざわしている。本来最初はドラムベースから始まるのだが、今回はそれをドラムとキーボードで乗り切る。ベースほどではないがしっかり低い音でそれを補い、空いた右手でちょこまかと高音を入れていく。
「ッ!すっご」
最初の部分をループしてからイントロに入ってAメロと、声が入るまでにだいぶ時間があるのだが、姫野さんが即興でハミングを重ねてくる。翼先輩の言っていた通り本当に当日で合わせられるんだと、驚きを出してテンポを崩さないようにドラムをしっかり聞く。ほとんどジャズな雰囲気に、照明はさらに紫めいていく。久我先輩もしっかりビートを刻んでいく。短い間隔に音をドンッと入れている感じで、スクリームのドラムよりものりやすい。
まだ冒頭20秒。難しさと大勢を前にやる楽しさがぐちゃぐちゃになって、何分にも長く感じる。Aめろに突入する。翼先輩の大人びたチルいギターの音も混ざり館内をゆったりとした雰囲気で包み込んでいく。
これをやるって選んだのは久我先輩だ。本人曰くまずは自分たちを落ち着かせることが大事だ!と選んでいたけど、俺は今違う感情で演奏している。
「まだまだ勝負はこれから。そう急ぎなさんな?」
ちらりと舞台裏を見る。まさかバンドの対決でスローテンポの曲を選んでくるとは思いもしなかったのだろう若干あっけにとられているメンバーがちらり。
Bメロで今度はキーボードとボーカルのみになる。キーボードは流石に3,4年やっていたためにキーと楽譜をいったりきたりでガン見しながらではあるがなんとかまだミスはしておらず、スローでもあるから余裕をもってできている。姫野さんの声が透き通り過ぎて館内を何回も反響しているみたいにどこまでも届いていく。静かな演奏なのに、生徒たちからは雑音すら聞こえずこちらの演奏に耳を傾けている。
サビ手前の3秒にもわたる空白。館内が静寂に包まれる。ライトは限界まで青や紫に加えて白が艶やかに覆っていく。この瞬間に、キーから目を離して皆の顔を見る。姫野さんは曲に入り込んでいる感じで翼先輩も目を瞑ってギターを優しく持ち直す。久我先輩はリズムを見失わないように首を揺らしている。みんな真剣で……
「楽しい……!」
サビに一気に入る。みんなの音がまた混ざり合う。ぶわっとなにかが出てくるような、心の底から自分やみんなを誉めてあげたいような最高の音色が鳴りやまない。
初合わせでまずはやり切ったと、演奏を終えてキーから手を離して前を見ると、そこから聞いたこともない大きな拍手が飛び込んできた。
「すごい、素晴らしい演奏をありがとうございました!!なんだかバンドの音はバンドごとに全く違うということを改めて思い知りましたね!!」
「そうですね!これがインスタントだとは全く思えません……3年姫野さんのボーカルも圧倒的でした!」
どうやら俺たちの初合わせは、大成功で収まったようだ。
「やったな美空!!お前のキーボードすごかったぜ!」
久我先輩が俺のキーボードを褒めてくれる。いつも通り頭めっちゃわしゃわしゃしてだけど。小動物かなんかだと思ってる?まあでも、褒められるって嬉しいな。
「はい!久我先輩もちょーかっけぇドラムでした!」
「お、お前……よし!これからはお互いしっかり名前で呼び合う親友だな!」
「いえ、これに負けないようにの願掛けなだけで……」
「よーし次もこの調子でいくぞぉ!!」
「わぷっ!」と、いきなりハグされたから変な声がでてしまう。ちなみにこれはステージ上です。もう少し考えられませんかね?
「翼……私たちも―――
「さ、お前らちゃっちゃと次の準備だ。余韻に浸るのは後にしろ」
抱き着こうとした姫野さんの頭を翼先輩がおさえて、「わぷっ!」と姫野さんから変な声が出る。あんたはもう少し抑えなはれや。
瞬間、背筋がぞくっとする。あわてて久我先輩を遠ざけてその悪寒のする方を見ると、それは圭さんのとてつもなく恐ろしい目線だった。俺、なんかやっちゃった?
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