第16話 当日の朝

「今日という日がどれだけ待ち遠しかったか……やっとお前の目の前で圭をモノにできるってもんよ」


 上坂は相当な自信があった。幼いころから父とともにやってきたギターテクと、彼自身に備わるリーダー性。そしてビジュアルなどに関しても、他よりかは上だという認識があった。だからこそ、それをもってして少しもなびかなかった圭に対して異常なまでの執着があり、それをぽっと出の一年に取られそうになっているという事にとてつもない焦燥感と劣等感に駆られていた。だからこそ、彼はこの日の戦いに多大な時間と努力を割いた。すべては、遥を圭から排除するために。


「絶望する顔が楽しみだなぁ」


 









「い、いよいよでやんす……」


「なんだその口調は?」


 今日が決戦の日という事もあってメンバーで朝早く集まって少し練習することになり、今は早めについた俺と翼先輩でウォーミングアップを行っている。緊張からか、口調が家の人形のアレになってしまったり、昨晩から腹痛にさいなまれていたりと、自信のふがいなさにもううんざりしている。治んないかなこれ。


 なにより俺がこの勝負において一番驚いたのは、私立だからできるのだろうけれど、今日は午前中授業がなくなって全校生徒が体育館に集まって、その中で俺たちはバンドで演奏をするのだそうだ。生徒会が協力してくれているという事もあって、多くの生徒は楽しみにしてくれている。まあ、上坂達の演奏をだけど。俺たちはこの一週間血みどろになるくらい練習してきたから、それなりに自信はあるのだが、いかんせんまだボーカルの人に一度もあっていない。


「失礼するわよ」


 突然聞いたことのない声が外から聞こえ、ガラガラと扉があく。現れたのはストロベリーブロンドのロングヘアで、すごいスラーっとしたスタイルのカワイイ美人さん。多分はいる部屋間違えてますよ。


「間違えてなんかないわよ。アンタでしょ?できもしないのに勝負に挑んじゃったおバカちゃんは」


 なんかすっげー棘を感じるんだけど、そもそも俺はこの勝負をやるかどうかに対して了承したつもりはない!


「まあまあ、ありがとな。来てくれて」


「えぇ……翼がどうしてもっていうから、来てあげただけよ」


「ヘヘ、サンキューな」


 なるほど、この人が翼先輩の言っていたボーカルの人ってことか。確かに言われてみれば透き通った可愛らしくもパワフルな声をしている。気がする……


「にしても、朝早いのに随分と人が多いのね」


「今日は午前の授業がこれに変わったからな。全員楽しみにしてんじゃねぇのか?」


 現在時刻は7:15くらいだろうか。過半数の生徒が大体8:00に登校することに比べたら、この時間帯に結構生徒が見られることは早々ない。翼先輩の言う通り俺たちのバトルを楽しみにしてるのか、はたまた俺たちが蹂躙されるのを見たいのか、ううう……怖くなってきた。


「悪い方に考えるなよ。私たちならいけるさ」


 ありがとう翼先輩。励ましの言葉が温かい……ボーカルの人からはなぜか冷たい視線が送られてくるけど。








 土下座も無事に登校し、今は8:10。みんな体育館に移動して、今は俺たちと上坂たちのバンドメンバーの確認やルール確認などを舞台裏でやっている。なんでも上坂は自信が所属するバンドメンバーに加えて、現軽音部の中でも最も上手いとされている『スクリーム』というバンドからドラムとギターとボーカルを引き抜いてきたらしい。もうそれほぼスクリームなのでは?


「さあ皆様がた大変お待たせいたしました。今日、世紀の対決が始まります。わが学園を代表する軽音楽部のスペシャリスト達がいきりたった寄せ集めにその道の厳しさを教えるのか、はたまた!入学間もない新入生率いる即席バンドが大どんでん返しを見せてくれるのか!実況は放送部次期部長。二年の松永三鷹まつながみたかと!」


「同じく二年の柏木美沙かしわぎみさがお送りします!」



 体育館舞台にて、放送部のOPが始まった。ここからの流れとしては、中にいる生徒に各バンドのメンバー紹介と曲紹介。そこから前説として吹奏楽部や軽音部をはじめ、ちょっとした有志のパフォーマンスからのバトルという感じである。楽器の調整や不具合がないかの確認を済ませてあるから、その間俺たちは神様に祈ったり音が出ないように練習したりといった感じで過ごす。


「んで、来てくださったボーカルのあなたの名前は何て言うんですか?」


「わざわざあなたのようなおバカちゃんに紹介する名前なんてないわ」


 このボーカルの人は、俺に限らずこんな感じの態度でさっきから黙々と体をほぐしたり喉を潤したりしている。さっき土下座がお綺麗ですねとかなんとか言ってすり寄りながら口説こうとしてた時も


「私、あなたタイプじゃないの」


とまあこのようにバッサリと……息を合わせなきゃいけないのにすでに一人意気消沈している。まああれは俺もキモイとは思うけど……


「まあまあ、自己紹介くらいやったて減るもんじゃねぇし」


「そうね。私は姫野桜ひめのさくら。私をボーカルに据えようってんだから、あんなちんけな野郎どもになんか絶対負けないわよ。やる気出しなさい」


 わーお。やっぱり翼先輩には甘い。これってもしかしてそういうこと?なんだ妬いちゃうなぁ翼先輩カッコいいし不意に見せるしぐさはキュンキュンするしなー彼女立候補しちゃおっかななんておもったり――――ヒィ!


「アンマリヨケイナコトカンガエナイホウガイイワヨ?」


「は、はははやだなぁ。余計なことなんてそんなこと今考えるわけないじゃないですかーあははー」




 こっっっっっっっっわ!!!今刺された。刺されたよ俺!!頭からつま先にかけて舐めまわすように全身を刺されたよ!どういう技術なの!?





「さあ有志による超カッコいいパフォーマンスも終わり、ここからは本命のバトルの開始だー!!」


 うおおおおおお!!と舞台外の方から歓声が沸き上がる。


「メンバー紹介だ。ぼーっと立ってる場合じゃないぞ美空」


「そうよ。ちゃんとしなさいおバカなんだから」


 やる前に二人のメンタルがやられてしまいました。勝てるの?これ……

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