第9話 紫紺の歌姫
「その……わたしのスピーカーの件なんだけど……」
申し訳なさそうに、けど少しぷっくりしてる?
「私も、圭さんに話があるんです。その、横断歩道でのことで」
「横断歩道?」
あれ、真面目な空気になると思ったのに、存外圭さんの方で「?」が頭の上に浮かんでいるのはどうして?
「その……圭さんが、なんで私って生きてるんだろうみたいなこと言ってたじゃないですか」
そこまで言ってようやく、あああれかって感じの顔になった。
「私、ただその場に居合わせただけだけど……とっても気になって!……こんなに綺麗な人をそこまで悩ませているものってなんだろうって。そんなことを考えて家電を買いに行ったら偶然そこに圭さんがいて……おこがましいけど、私がそれを解決できたらいいなって!」
「あなた……そう。そうなのね」
さっきまで圭さんにあったイライラみたいなのが、和らいだような。土下座男に向けていたそれとも、今まで私が話しかけていたときの煩わしさもなくて、まるであのとき家電を一緒に買ったときの、楽しみを分かち合ったときみた、い、、、な……
あのとき圭さんが言おうとしてた言葉。珍しく緊張を孕んだ語気に怯えて、私が茶化して結果圭さんが帰ってしまったあのときの、そこまで出ていた言葉。
『これからも、またこうやって――――』
「私も、あなたに言いたいことがあったの」
圭さんは、今までとは何かが変わった優しい雰囲気でこちらを見る。
「明日、ここにスピーカー持ってきて」
「あ、ハイ」
なにか大きな、ちょっと特別な何かを期待した俺は腑抜けた声しか出なかった。
◇◇◇◇
「圭さんってはじめて言われた」
いま私たちは軽音部の部室を離れて二人で食堂に来ている。個人的に俺が気になっていたのと、さっきの土下座男の件で圭さんが小腹がすいたと言っていたのでせっかくだからとのこと。
「すみません。嫌だったら全然戻します!」
「お姉さんはもっとなんか嫌」
そういや最初にナンパされたって受け取られたんだった。
「ん~~。如月先輩?」
「……あれ、かも」
「ん?なんですか?」
「ちょっと……遠い、かも」
「ハイお待ち!」と俺の頼んだ焼きそばが出来上がる。鉄板にいっぱいいっぱいまで盛られて、焼きそばの熱気とソースの匂いが鼻の中に広がっていく。
「それは私と友達になってくれるってことですか?」
圭さんの頼んでいた日替わりランチも出来上がり、一緒にテーブルにつく。ちなみに今日のメニューは入学式メニュー。一番人気の石焼ビビンバ丼とたくあん、味噌汁が付いてお値段なんと550円。石焼ビビンバはしっかり石焼鍋に豪快に盛られている。これ黒字なの?ってくらいお得だなと思う。
「友達……には早い」
「なかなか慎重派なんですね……」
さすがは進学校、食堂の味もずばぬけているなと焼きそばに舌鼓を打つ。圭さんは一生懸命ビビンバ丼と生卵をかき混ぜている。焦げ付かないように勢いが大事とのことだ。今日は入学式ということもあって、新入生が多く目立つ。
「圭さん軽音部の部室にいましたし、オーディオとか興味あるってことは何か音楽やってたりするんですか?」
「好き……だけど、楽器とかはやってない。ただ、歌うのが……好きで」
「圭さん歌えるんですか!ってことは、バンドやってたりするんですか?」
「はっへはい(やってない)」
すごく美味しそうにビビンバ丼を食べる圭さん。かわいい。
「私も軽音部入りたいなって思ってるんですけど、よかったら一緒にバンドとかどうですか?」
ごくりと大きな音を立てて一気に飲み込む圭さん。なかなか豪快である。
「私はべつに……遥ならもっといい人と組んでいいとこまでやれる」
「圭さん。い、今……私のこと……名前でッ!!」
「だ、ダメ……だった?」
自己紹介をしてから、初めて名前を呼ばれた。思い返せば、あれから私が圭さんのことを初めて名前で呼んだのも今日。お互いの名前を呼びあった記念日だ。
「私、圭さんとやりたいです。いい人に頼んでいいところまで連れてってもらうんじゃなくて、圭さんと組んで楽しくやりたい。もちろんそんな平坦な道のりじゃないけど、私は圭さんと高校生活の中でいろんな音楽をやってみたいんです!」
「でも私、褒められるような歌は歌えないし……」
私の懸命な誘いも、自己否定に縛られているかのように自分を卑下し私に違う人と組むことを進めてくる。
「私聞いたことないけど、圭さんは多分歌がうまいです!」
「ッ!あなたに……あなたに、なにがわかるのっ」
圭さんの言うとおりだ。そして普段感情を表に出さない計算がここまで表情に出すということは、歌に対してなにかがあるのだ。それがどこからくるものなのかは分からないが、それが圭さんの人生についての疑問につながっていて頭の中をぐるぐると回って苦しめているのなら、それを解決するのは私の役目だ。
「私は最初、興味本位で圭さんに話しかけた」
一番最初見かけてトラックから助けたのも、一目見て容姿に惹かれていなかったら横断歩道の真ん中で突っ立っていることにすら気づけていなかったかもしれない。
「でも、私がここに、この学校に来たのは、スピーカーを返そうって思ったのとまた圭さんと話したいって思ったから」
これまでに話したのはたった2回しかないけれど、その中で圭さんの魅力というか雰囲気というか、それがいいなと思って、そんな人にあんな気を起こさせるものは何なのか、私に何かできることはないのかと思ったから。
「圭さんとスピーカーの話をするのは楽しかったし、今日もこうやって一緒にご飯を食べて一緒にお話しして、とっても楽しかった」
だから―――
「だから、そんな圭さんが歌を歌うのなら、私も一緒にその歌を盛り上げたい。私が圭さんの歌にふさわしい音を奏でたい」
「ッ――――」
なんか、自然と涙が出てきちゃった。圭さんは俯いて顔を逸らしているので表情はあまりわからないけど、耳が赤くなっている。俺の思いは、伝わっているだろうか。
「私はおせっかいかもしれないけど、圭さんの力になりたい。圭さんと仲良くしたいの!だから」
俺は周りの目も気にせず、割と大きな声で言い放った
「私とお友達を前提に、バンドを組んでください!!!」
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こんにちは。もうすぐ三学期末テストなので、しばらく投稿はお休みします。でも気が向いたら上げます。
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