第6話 何事も感覚で
「えと……もう一度お伺いしても?」
私がそう言うと、さも伝わると踏んだかのように
「だから、ズンズンズンドドドワァァアン!!ってやつ」
と、真剣に俺に言ってくる。さっきも聞いたよそれ。聞いたうえで分からなかったからもっかい聞いたんだよ。私は頭を抱えたが、まだ詳細の方は聞いてなかったと、諦めずに尋ねる。
「そのズンズンズンドドドワァァアン!!ってやつは、聞いてる音楽がそういうやつなのか、スピーカーがそういう音をメインに拾ってくれるのかどっち?」
「私はロックとか、好んで聞いてるかも。スピーカーの種類は、父の使っていたものだから詳しくは知らない」
なるほど合点がいった。ロックなら、そういう例えもぴったりだ。
「ベースとかの重低音を拾ってくれるのは隣の棚だね。でもギターとか以外の細かな音とかも聞きたいならこっちの方がいいかも」
「確かに、ズンズンの後ろで鳴ってるピラリラリンとか、好き」
「そのピラリラリンって、シンセ系の音?それともキーボードとかの音?」
「どっちも?どの音が好きとか、まだわからない」
「じゃあ、無難におすすめのメーカーのそこそこいいやつ買っときましょうか。予算っていくらくらいいけそうなの?」
人に手持ちを聞くのは少々気が引けるけど、
「んー、いくらでも?」
「いくらでも!?げ、言質取りましたからね」
「うん。よろしく」
「これ………」
なぜか俺が呼び掛けても去っていく店員さんに困惑しつつ、しょうがないから自分のスマホとにらめっこしつつどのスピーカーがいいかを探していると、圭さんが一つを指さして手招きする。どれどれ?って
「じ、15万!?!?いくら何でも高すぎだって!」
「相場は知らないけど、そこそこのものに少なからず何万か払うなら、プラスで何万か払っていいもの買った方がいいと思った」
「な、なるほど……そういう考え方、一理ありますね。け、けど手持ち大丈夫なの?親は心配してない?」
「やりたいことしなって言ってた」
「強すぎるけど、それで豪遊していいってわけじゃないからね!」
ついこの前までトラックに轢かれようとしていた人が、今やスピーカーにまるで運命の出会いでもしたかのように目を輝かせて見つめている。なんなら両手で抱きかかえている。あれ?ほんとに思い悩んでたの?俺の勘違い?
「てか、これの機能性というか保証期間もそうだけど、見積ったらもうちょい安くてもいいんじゃない?って思うんでほかのにしない?」
私が何を言っても、もはやそれ以外眼中にないようだ。あんたは親におねだりする子供か。
そんなこんなでなんとか圭さんのスピーカーを買い、俺も圭さんの在庫確認の合間に選んでおいたオーディオインターフェースを買った。これは本格的にマイクとかヘッドフォンを使いたいときにそれらをとPCを繋ぐハブみたいな機能がを果たす。MIDIみたいに打ち込みで曲を作るときとかには必須の機器だ。ちなみに一番安いのを選んで9万4千円。ぎりっぎりだ。
「今日は不覚にもあなたに助けられてしまった。ありがとう」
「なんで不覚にもなのかはこの際置いとくけど、気に入ったスピーカーがあってよかったね」
「うん……それで、なんだけど」
「どしたの~?あ、やっぱりなんか慰めてほしいことでもあった?」
「そうじゃない。その、全くお互いのことを知らないでこんなことを頼むのも失礼だけど………これからもその、こういう……」
「え……もしかして慰めるって夜のやつ……え?私にしてもらうってまさか!」
い、一応俺は男だったわけだし今は女性の身体で興奮しないとはいえ、万が一があってからでは遅すぎるし、どうしよう!
「そんなに妄想が好きなら、あなたこそ文学少女になってみたら?……はぁ、なんか馬鹿らしくなってきた」
「え、じょ、冗談!冗談ですよ。ねえ、お姉さんってば!」
さっきの深刻そうな雰囲気から一転。呆れからのやはりこいつはダメだという視線を向けてきている。そして圭さんは踵を返し手をひらひらさせて帰っていく。
「今日は本当にありがとう。そしてもう会うことはないだろうけど、元気で」
「え、あちょっと!!」
圭さんは足早に、気のせいか少しこぶしをぎゅっと握っている気がするけど、もしかして俺圭さんを怒らせちゃったかな……けど。
「また会えるように、俺頑張るから」
じゃないと、あの高額を見せられておいて、今俺がオーディオインターフェースとスピーカーの袋一緒に持ってるのに、このまま俺が持ってるのは本当に申し訳ないから。いやほんとに、15万はやばいってぇ……
「あ、帰ったらどう説明しようか…………」
俺の顔はどんどん青ざめていくのだった。
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