第3話 憤怒と翼
目の前に現れたダンジョンに1歩、足を踏み入れるとピリリと緊迫した空気を肌で感じた。目の前にはあまりに異質な空間が広がっている。普通のダンジョンとは何かが違う。そう本能で察した。
「…………………………………………」
俺は警戒しながら前へ進む。中はひどく入り組んでいて人工的な壁はボロボロとなり所々魔草が生えている。中の空気は正直嫌な感じでしかない。はずなのだが、何故か時々心地よくなっている自分がいる。
この空間には怒気が感じられた。俺が今赤龍やクソ野郎に感じている感情と同じような怒気が。寂れたダンジョンからあふれ出しそうなほどに濃密で、ふとした瞬間に飲み込まれそうになるほどの怒気がこの空間には充満していた。
俺の今の心の中にある涸れない怒気を表すように川の濁流のように充満していた。
『ようこそ。抗神の試練の場へ。』
淡々とした声が聞こえる。ダンジョンが現れた時にも聞こえたあの女性の声だ。
「あんたは一体誰だ。何故俺に語りかける?」
『私は案内者。主の復讐の手伝いをするアシスタントです。主は、神への憎しみ、怒りが一定数に達し闇クエスト[神への反抗]の受理可能者に選ばれました。その際、主には神への復讐の為のスキルが贈呈されました。私はそのスキルを解説し、主が復讐を成し遂げる事ができるようにサポートする為に生まれました。』
「神への反抗とはなんだ?」
『それは主が一番よくわかっていること。』
「このダンジョンはなんだ」
『………………主はまだこのダンジョンに認められていません。今答えるわけにはいかないのです。』
「そうか……」
先程から答えをはぐらかされている気がする。まだ俺には伝える価値がないとでも言うのか? 理解はしているが俺にはそれだけ力がないのか? 俺にアリタやレシアのような力などないのか?
俺は案内者から価値がないと見られているのかもしれないという感覚がただ悔しかった。
俺は虚な目を下に向けながら、どこにもぶつける事ができないこの無力さからくる怒りを痛みで打ち消そうとした。愛してくれた友も、懐かしいあの光景も、あいつらの笑顔も、あいつらとの他愛もない馬鹿げた会話も、もう見ることもすることもできない。
俺は自己の無力さの前に何度めかの自己嫌悪を感じた。俺がもっと強かったならアリタやレシア、リョウは無事だったはずだ。少なくとも死ぬことはなかったはずなのだ。
「畜生………畜生っ!!……俺がっっ……俺にもっと力があったら……俺だけが生き残るという最悪な展開だけは絶対避けられたはずなんだっ」
そう思うと俺は悲しくなった。無力感、クソ野郎共に対する怒り、全てが俺の心を締め上げる。
悲しみと同時に、懐かしかったあの頃を思い出す。あいつに奪われたあの光景を……
殺意が心を支配する。俺はまるで艨艟な虎のように、獲物を睨むかのように、今は見えない神と赤龍を殺すと吠える。
俺は虎だ! 傷つき弱って、走れなくなった虎なのだ!!
俺は鷲だ! 羽をなくし、飛べなくなりながらも獰猛な精神を持ち、獲物を駆らんとする鷲だ!!
俺はサメだ! 獲物を狩り、食らい、恐れられるサメだ!!
俺は復讐者なのだ!! 俺は殺戮者なのだ!! 俺は己が持てる力を使い、神の喉仏に噛み付こうとする反逆者だ!!
気づけば俺は手を力強く握っていた。見ると爪が手の甲に深く食い込んでいて、肉を抉っていた。地面には大きな血のシミが癒着していた。
復讐してやる!! 殺してやる!! 惨殺してやる!! 殴り殺してやる!!
心が、身体が叫び上がる。殺意が溢れだす。この日何度めかの殺意は、確実に俺の心を復讐の色へと変えていく。
復讐の為に俺は力を振るう。復讐の為に俺は動く。この世界の理を破壊するデストロイヤーとなって、人々が俺を恐れようとも、俺にはどうでもいい。
俺は覚悟を決めて行動に移す。とりあえず今の力を確認しなければならない。
俺は一気に冷静になる。復讐に失敗は許されない。
復讐に撤退は許されない。復讐に慈悲は許されない。
許しを乞う者が現れても止まらない。
言い伝えにある【反逆の愚者】へとなろうとも……
ーー私は復讐の道を選んだのだから
『新スキルの整理が終了しました。スキルボードと唱えてください。』
「スキルボード」
俺は唐突に聞こえてきた彼女…いや案内者の声に先程とは打って変わった様子で冷静に対応し、言われたとおりに唱えた。すると目の前に黒色のパネルが展開された。
────────────────────
《個体名:マサト・リア》
種族:人間(?)
称号:抗う者/世界の異端者/悪戯を受ける者
能力:毒無効/Lv10
精神攻撃無効【極】/Lv100
魔力回復【極】/Lv100
身体機能上昇/Lv10
拘束無効/Lv100
火炎耐性/Lv50
身体回復/Lv50
????/Lv1
ス キ ル:創造者・妖精召喚・死霊召喚・拘束者
暗殺者・真似る者・憤怒の力・超越者
幸運者・召喚術師・身体強化・剣術士
封じられた者の遊び・殺意の形
装備:短剣(聖霊の加護:氷)
????
備考:
毒無効の進化:毒性のある者を身体に長期的に取り込み続けた場合【極】にレベルアップ可能
身体機能上昇の進化:毎日半日以上身体機能の向上に繋がるトレーニングを行った場合【中】にレベルアップ可能
────────────────────
黒色のそれはところどころ破れているようにも見えた。このダンジョンに入るまでは水色のスキルボードだったそれは今では禍々しい雰囲気を醸し出していた。
見慣れないスキルがいくつもある。だが俺はそのスキルを不思議に感じるどころか、「神に勝てる力」だと確信している。
俺の頭ではなぜという考えが過る。なぜ俺は初めて見るスキルに不思議を感じないのか。なぜ俺は神を殺しための能力だと判断したのか。
その考えを他所に、俺の心の中では確かな自信が湧き上がる。クソ野郎に復讐する力を得たのだと感極まっている。
「ハハハ…」
俺は力なく笑う。この状況を理解できていないのに力を得たと思ってる俺自身に向けて笑う。
そんな俺のことなど知らず、まるで反抗するなと言っているかのようにぐんぐんと俺の中の興奮が溢れだす。
このままこの感情に飲まれていいかもしれない……
空気が俺に纏まりつく。まるでこの感情を待っていたとばかりに、俺の体を蝕んでいく。
俺の怒気と重なり合い空気が僅かに震える。その空気が余計に俺の復讐心を駆り立てる。
この空間は俺のもの。俺が神への復讐のために用意した断罪の場だ。
その時だった。
『だめだよ』
懐かしい声が聞こえ、俺はわれに返った。あれは妻の……妻の声だった。
「どこにいるんだ!!」
俺は必死になってあたりを見渡す。都合のいいことだと思われるかもしれないが、夢幻でも、一時の不思議な体験でもいいから、もう一度会えいたい。謝りたい。そんな感情が一気に押し寄せる。先程の俺の持っていた感情が洗われていく。怒りでいっぱいだった俺の心の濁流が収まっていく。
見渡しても誰もいない。だけど雰囲気は感じる。
いるのだ!! ここに!! 俺の最愛の人が!!
俺はそのことが嬉しくて、だけど申し訳なくて仕方なかった。彼女はきっと俺を助けに来てくれたのだ。生前、彼女はよく心配だからと言って俺と一緒に行動していた。
「心配で戻ってきちまったんだな……」
俺はそう呟きながら、そっと胸に手をあてる。
「ごめんなあ……こんな俺で……心配かけさせちまうだめ夫で……」
声が掠れている。目から大粒の涙が溢れだす。止まることなく嗚咽がダンジョン内に木霊する。
ありがとう。ごめんなさい。愛してる。
そんな言葉が心から、口からとめどなくあふれ出てくる。
「復讐心だけに飲まれてはいけない。」
俺はそう呟きながら立ち上がる。復讐心だけでは俺は人を捨ててしまう。心が飲まれては人でなくなってしまう。
俺はたとえ殺戮者になろうが反逆者になろうがどうでもいい。だけど、人を捨てることだけは嫌だ。あいつらは人としての俺を愛してくれた。あいつらは人としての俺を助けてくれた。あいつらは人としての俺でいられるように見守ってくれていたのだ。
「よし!!」
俺は頬をひっぱたく。乾いた音がなる。痛いはずだけどどこか心地がいい。
俺の目のハイライトはほんの少しであるが戻っていた。
ふと足音が聞こえてくる。大型のモンスターなのだろうか。鉄がぶつかり合う音がダンジョン内に響き渡る。
「あれは……」
不気味に光る青い目を見て、俺はその正体を見破った。
スケルトンナイト……高ランクの魔物で武器を使っての戦闘を得意とする。
奴らも俺の姿を認識したのだろうか。持っていたロングソードを構えて戦闘態勢を取っていた。
俺はおまじないとでも言うふうに指輪にキスをする。シンプルなデザインの指輪だった。だけどどこか他の指輪よりも輝いていて、美しいと思えるものであった。
『行ってらっしゃい』
俺はそんなことをいわれて頬が上がる。照れ隠しで少しだけ笑ってしまう。でも仕方ないだろう。妻から言われた言葉はただいまと言わないと消えない呪いで、妻はそれまで待ってくれているのだと思えてしまうのだから。
「行ってきます。」
ゆっくりと俺はスケルトンナイトの方へ正対する。そして短剣を抜く。
復讐のために生き残ることよりも、今はただいまを言うために生き残りたい。俺の心はその衝動で駆られていた。
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本作は改造後の作品となります。
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