第12話 このお話は内密に。
コツン、と廊下に革靴の音が響く。
振り返ると、闇に紛れても見える白髪と、鮮血のような赤の瞳が目に入る。
そんな容姿を持った兄が、ランプを片手によお、と声をかけてきた。
「どうした、こんな夜更けに」
「まだ夜更けってほどじゃないけどな。……書庫に行ってた」
「へえ。……それはさ、さっきのこと調べてたわけ」
フリードが、声を潜めて俺に問う。ああ、と短く返した。
さっきのこと───とは、俺が「神々の詠唱」を使えていたことだ。
あれは、一朝一夕で使えるものじゃない。ましてや、血筋が関係しているわけでもなく、特訓なんかで使えるものでもない。どんな大魔法使いでも使えない、もはや名前だけしか存在しないような魔法だ。実際、「神々の詠唱」を使ったことがある人間など、歴史上には誰もいない。
にも関わらず、使えた。しかも、あんなあっさりと。
流石に二度目は出来ず、魔力も大量に消費したのか、数十分はまともに動けなかったが。それでも小一時間もすれば歩けるようにはなったし、副作用的なものは軽めだった。俺が使ったあれは、本当に「神々の詠唱」だったのだろうかと思ってしまうほど、あっさりしたものだった。
だが、「神々の詠唱」の特徴である「魔法の絶対命中」と「一撃必殺」が俺が使った技に見受けられたのだから、やはり「神々の詠唱」である可能性は高い。
しかし、何故使えたのかは未だ分からずじまいだ。
それに、こんなに「神々の詠唱」が使える人間が、二人、しかも、こんな短期間で現れるものだろうか?
魔法を詠唱する直前に聞こえた、あの声はなんだったのだろうか?
心の中に、喉の奥に何かがつっかえているように感じた。そして、原因不明の焦燥感も。
(……なんだ? なんで俺は、こんなにも焦っている? ……何か忘れているのか? だとしたら、何を?)
「おおーいジル。大丈夫か?」
はっ、と意識が浮上する。目の前に、ひらひらと振られた手が見えた。フリードの手だ。
「たく、ボーッとしちゃって。お兄たまは心配です」
おちゃらけたようにひらひら手を振るが、その目には確かに「心配だ」という思いが滲み出ていた。
(……こいつには、隠せないな)
「大丈夫だ」
そう返して歩き出す。フリードも俺の後を着いてきた。
二人して無言で歩いていると、一部屋だけ、ドアの隙間から光が漏れているのに気がついた。
「なんだ、ランプの付けっ放しか?」
「かもな。消すか」
二人して部屋に近づく───と、中から話し声が聞こえた。ドアがほんの少しだけ、開いている。
耳をそばだてなくても分かるその声。───ティアとリリーのものだった。
「なんだ、あの二人か」
ひそひそと声を抑えながら呟く。あの二人なら、まあ良いか、とフリードと納得した。
話を盗み聞きする趣味もない。ただバレないように、足音を立てずそっとその場から立ち去ろうとした。
「───でも流石に、『皆様は四大神様の生まれ変わりです』なんて言って、すぐに信じてもらえるわけ、ないよね……」
リリーの覇気のない声が、ぼそり、と聞こえてきた。
フリードと二人して足を止める。顔を見合わせた。
「『神々の詠唱』を使えたジル殿下とルイス様は、まだ納得していただける可能性はあります。マリー様も、何度も転生を果たしていらっしゃるので、その感覚自体は掴めるでしょう。……しかし、フリードリヒ殿下は……」
「それにそもそも、私たちが『元は神様でした、昔は皆さんに仕えていました』って言って、信じてもらえる証拠は無いし……第一、それを裏付けてくれる人もいないし……」
「……困りましたね。だからと言って、今世でチャンスを逃すわけには行きませんし。次に皆さんとこのようにタイミング良く出会えるのは、果たしていつになるか……」
はああ、とティアとリリーは二人して大きなため息をつく。
俺たちはというと、盗み聞きの趣味は無いにも関わらず、ドアに張り付いて聞き入ってしまった。今の俺たちの姿は、多分滑稽だ。
しかしそんなことも言ってられない。今の話が、あまりにも信じ難い話すぎて、他のことを気に止める余裕など無かったのだから。
「……魔物の動きが活発化してきているのも、魔王の力が取り戻されつつある現象でしょうね。……フォルティメ様の時もそうでしたから」
「うん……今度こそ本当に、魔王を倒さないと……でないと、この世界は……」
しん、と部屋が静まり返る。俺は息もまともに吸えなかった。
「……ルーナ様とエルザ様にもお話ししましょう。四大神様たちにお話しするのは、その後です」
「そう、だね……」
そろそろ話を切り上げるだろう。実際、どちらかがガタリと立ち上がった音がした。
俺とフリードは、足音を立てずにその場を急ぎ足で去った。
「……なあ、ジル。俺たち、けっこーやばいこと聞いちゃったんじゃないの」
「……だな」
「……これってどっちがおかしいと思う? 二人? それとも、俺たちの耳? それとも、どっちもおかしくなんかなくて、あの話が真実?」
「…………」
俺は何も答えられなかった。
あの物々しい雰囲気で、冗談で話していたとは思えない。だが、俺たちに「前世」やら「四大神」やらの記憶は無いし、それを裏付ける根拠もない。
仮にあの話が本当だったとして、あの二人はかつての俺たちにとってなんだったんだ?
それに、会話の中にマリー嬢とルイス嬢も出てきたということは───あの二人も関係しているということだ。
考えれば考えるほど、頭は混乱してくるし、疑問も次々に出てくる。頭が痛くなってきた。
……何も分かっていないのに、うだうだと考えるのは、よそう。
「……今は、あの二人を待つ」
「……二人が話し始めるのをか」
「ああ。あの口ぶりから察するに、あの二人なりのタイミングがあるはずだ。俺たちがそれを下手に邪魔するわけにはいかない。……それに」
俺は部屋のドアを開けた。歩いていたら、いつの間にか部屋まで来ていたらしい。
「……何が真実かどうかなんて、まだはっきりとは分からない、だろ」
おやすみ、とだけ呟いて、俺は部屋に入った。
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