第11.5話 ウィリアム、性根の腐った王子に付き合わされる。

「ウィル、レイスいたー?」


「いえ、いません。どこに行ったのでしょうか……普段は研究室に篭ってると思っていたのですが」


「困るなあ、あとちょっとで会談が始まるのに。そうだねえ、あと行きそうな場所かあ……」


 あ、と彼は呟いた。見ると、少し狂気じみた下卑た笑いをしている。これは……碌なことを考えていないな。


「裏庭とか? 人生に絶望して、そこで首でも吊ってんじゃない? あいつの体質上、服毒は意味ないから!」


「……冗談にしては随分不謹慎だな、ウィス」


「あははっ。素が出ちゃってるよ、ウィ、リ、ア、ム、君?」


 ウィスはバレないように小さく、されど嘲るようにケラケラと笑った。


 つい先ほどまで───城の使用人たちと話していたときは、さながら天使のように穏やかな笑みをしていたというのに。本当に、目の前の彼と同一人物なんだろうか。


 ……同一人物だから、俺はこいつが嫌いなんだろう。わざとらしくため息をついてやった。


 ウィスティリア・ピアリス・アンダラス。金色の髪に、光魔法のような薄黄色の瞳。俺たち兄弟の中で一番母上似で、穏やかで可愛らしい顔立ちだが───性格は全くといいほど似ておらず、兄弟の中で一番性根が腐っている。こいつと双子だなんて、大変不名誉である。


「そんなことよりさー、ウィル知ってる? 例のあの子───マリー嬢が、本当は何度も生まれ変わってたって話!」


「小耳に挟んだ程度ですが。それがどうかしたのですか?」


「あははっ、ウィルってばほんと馬鹿だなあ〜。分からないの? この世界じゃ、生まれ変わりの記憶があるのは、前世が魂が根強く残る神か、魔物、あるいは魔族のどちらかと言われてるんだよ?」


「……何が言いたいんです?」


「ふふっ……あの子の前世、確か平民とか奴隷とからしいね? もしかしたら、途中で魔物かなんかに唆されて、そのまま魔族に落ちてたりして……っ!」


「もう止めろ、ウィス」


 思ったよりも低い声が出た。へらへらと何も反省してなさそうな彼を思い切り睨みつける。


「俺が嫌いなのは、善良な人間を好き勝手に侮辱することと、陥れること。それから、お前みたいな人間だ。それ以上余計なことを言ったら、どうなるか分かっているだろう」


 俺がそう言ってもなお、ウィスはケラケラと笑った。


「あははっ、こわーい! ウィルってば、怒りすぎい〜」


 そう言いながら、ウィスはぴょんぴょんと飛び跳ねるように廊下を走っていった。


 (あの性根の腐ったクソ野朗め。……全く、相手をすると疲れるな)


 そう思いながら、ふと彼女マリー嬢のことを想起する。


 彼女はあまり自分の身の上の話をしないが、風の便りで聞いた所、どうやら彼女の強大な力には、「前世」が関係しているらしい。


 生まれ変わりとは、どんなものだろうか。しかも、記憶をずっと持ち続けた状態で、次の生に移るだなんて。どれが今世の自分で、どれが前世の自分なのか、分からなくなりそうだ。


 そしてそれはきっと、よくあることじゃない。だから彼女は、その気持ちを共有できず、孤独に苛まれているんじゃないか、と。


 あいつウィスのように言いふらしたり、もちろん深掘りする気はない───が、心配は心配である。妹の友人だからとか、そういう話じゃなくて、単純に一人の人間として。


 (……はあ。なんだか彼女は、そういう所は兄上たちに似ているな)


 あの白黒の、人の良い双子の兄たちを思い出す。二人も二人で背負い込み気質だからな……。


「ウィル、ここにいたのか」


「……っ、兄上。いかがなさいましたか」


 噂をすれば。ジル兄上が気配を消して話しかけてきたので、少し驚いてしまった。


「すまない。緊急事態だ。ウィスと一緒に、フェール家に今すぐ向かってくれ。黒龍団兵士の数名も一緒に向かわせるから」


「……え」


 じわりと目を開く。フェール家。そう、先ほどまで話していた彼女マリー嬢の家だ。


「何故です? これから九つの名家の会談を控えてる私たちを向かわせるほどなんて……まさか」


「ああ。どうやら、魔物が現れたらしい」


 兄上の言葉に、一瞬嫌気が差す。またこれか。本当に、最近は魔物の出現が多い。しかも、まさか民家(貴族だから、民家なんていう身分ではないが)にまで侵入してくるとは。


「マリー嬢がいるから、まだ間に合うかもしれないが……何が起こるか分からない。頼んだぞ、ウィル」


「はい、兄上」


 俺は兄上に礼をして、準備に向かった。







 俺は昔から、ウィスに散々馬鹿にされてきた。いや、ウィスだけではない。中等部に通っていた頃は、クラスメイトにも馬鹿にされた。


 その理由は、俺の「名前」だ。


 ───ウィリアム・ニーケー・アンダラス。


 『ニーケー』はアンダラス家の中で、生まれながらにして最も能力があり、王になるための才能を持ち合わせている者という意味がある。


 王族の子どもは、生まれてすぐに、魔力値や天恵を調べるための検査を受ける。その時、『ニーケー』の名を持つ者であるかどうかも診断される。俺は、『ニーケー』の名を授かった。


 ……だが俺には、これといって秀でた才能が無い。謙遜などではなく、本当に無いのだ。魔法、頭脳、顔立ちも何もかも、他の兄弟の方が優れている。王の素質も、ジル兄上やフリード兄上の方が優れていて。


 そんな俺に残されているのは、変に不器用な性格と、中途半端な正義感だけ。


 だが俺は、立ち止まるわけにはいかない。


 たとえ力が無かったとしても。


 たとえ周りより劣っていたとしても。


 かつて俺を救ってくれた兄上たちのように、俺も誰かを救いたいと、救わなければならないと、そう決めたのだから。


 マリー嬢だけじゃない。兄上も、も、何かしら抱えるものはある。


 それを少しでも取り除けるように。救えるように。


 (……まずは、フェール家を助けに行かなければ)


 俺はあの性根の腐ったクソ王子に、もう一度話しかけに行った。

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