第10話 ちょっと待ってくれ
「皆様。守護魔法をかけます。存分に戦ってくださいませ」
「ああ」
俺がそう答えると、ティアは手も表情筋も動かさず、ただ纏う雰囲気を一瞬だけ変えた。それと同時に、ふわりとした何かが体を包んだような気がする。ティアの守護魔法がかかった証拠だ。
ティアもまた、『九つの名家』の出自である。
彼女の家、カンパニュラ家は、防御魔法の上位互換である守護魔法を、唯一使える一族だ。その魔法は強大で、相手の力によるが、少なくともこの魔獣の攻撃は容易に防ぐことができるだろう。
ずっとかかっている訳ではないから、ある程度時間が経ったら、またかけ直さなければいけないが。これだけ驚異な魔法にしては、負担は小さいと思う。
「フリード様、ジル様。私が魔獣の注意をひきます。その隙に、攻撃を」
「……ああ。気をつけろよ」
フリードが、少し複雑な顔をしながら応えた。いくら武術に優れ、魔物との戦闘経験があったとしても、自分の妻を危険な目には合わせたくないのだろう。その気持ちは、往々にして分かる。
───しかし、覚悟を決めなければ。
「フリード。俺が奴の足を凍らせる。動きが止まったら、奴の目を焼け」
「ああ」
その声を聞いた後、俺は全身に流れる魔力に意識を集中させた。
「
至極簡単、かつ魔法習いたての子どもでもできる初級魔法。
───ただし。あの太く巨大な魔獣の足を、四本全部、狙いを外さず、完璧に凍らせる、となると途端に難易度が上がってくる。
しかも、直接触って凍らせるならまだしも、そこそこ距離のある所から凍らせるとなると、余計集中力を使う。
だが、外さない。外すわけにはいかない。
そんな思いを込めながら魔法を使ったからなのか、一発で四本全ての足が凍りつく。そのタイミングを待ってましたと言わんばかりに、フリードは魔獣の目に狙いを定め、
「
と言い、火球を目に的中させる。目が焼かれる音が、耳に入る。
鳴き声を一切上げなかった魔獣が、ここに来て鼓膜を破るような叫び声を上げた。魔法が効いている良い証拠だ。
だが、問題なのはここからだ。
魔物を討伐するには「核」を破壊しなければならないわけだが、闇の魔獣の「核」は首にある。
とはいえだ。首を切るにはあまりにも太すぎるし、そもそも高さがあるから掻っ切るのは不可能に等しい。かといって爆散させようものなら、後ろにある木々に飛び火しかねないし、そもそも使用人寮の近くで下手なことは出来ない。
となれば、少々燃費は悪いが、一体しかいないのなら、魔法攻撃でゴリ押しした方が早いかもしれない。
「フリード。首を焼いてくれ。少なくとも、毛が全部燃えきって地肌が見えるぐらいには。あとは俺かティアの魔法でどうにかする」
「お前、あの毛がどんだけ剛毛なのか知ってるか? 勇者フォルティメがあの毛皮で
「がたがた言うな。焼け。飛び火させるな。寮は燃やすな」
「ちょっとはお兄様の負担を考えてくれ」
そう言いながらも、フリードは纏う雰囲気を変えた。ゆら、と少し熱さを感じた。
そうして、フリードが唇を動かす、その直前────闇の魔獣が、大地に轟くような遠吠えを上げた。遠くにいたリリーが、耐えかねて耳を塞ぐのが視界に入った。
「うるさ!! お前なあ、ジルが泣いちゃったらどうするんだよ!!!」
「泣かねえよ。あとさっさと焼け」
「お、お兄様泣いちゃう…………」
魔獣の討伐中とは思えぬ軽口を叩いていたが、突然口を噤む。どうした、と声をかけようと思った直後、遠くから、何か気配がした。
────いや違う。近づいてきている。何かが、確実に。
「フリード様!! 魔物の大群です!!!」
リリーが焦ったように声を上げる。その直後、すぐ近くにある森の入り口から、動物型の魔物が押し寄せてきた。
「ティア!! 魔物を入れさせるな!!! 守護壁を王城全体にかけろ!!!」
「はい!」
その言葉と同時に、城と俺たちの背後に守護壁が展開された。壁がある以上、俺たちも逃げられないが、魔物たちも王城側に進むことは出来ない。
幸いにも第一級魔物のようだが、いかんせん数が多い。下手すれば大怪我を負う可能性も十分にある。
闇の魔獣は俺の氷で動きを止めているから、しばらくは動けないはずだ。となれば、まずはこの魔物の大群を倒した方が良い。
「全員、魔物の大群に対処しろ!」
「はい!」
その声と同時に、ティアとリリーが魔物に向かって攻撃を始める。
「
「『
その声に続く様に、俺たちも魔物を斬り倒し始めた。時には氷や炎を纏わせながら。
空間に、肉が切り裂かれる音が鳴り響く。血の臭いが充満し、あの雨の日を思い出した。それでも、斬り続ける。
ティアが視界に入る。雪のような白い髪に、返り血の赤が付いていた。
「はっ……だいぶ数減ったんじゃねえか、ジル」
「ああ。力はそこまで強くないから、なんとかなってるな……」
そんな会話をしているうちに、また闇の魔獣が咆哮を上げた。本日三回目の叫びだ。
しかし、この個体はよく吠えるな……と思っている時、ふいに周りの気配が変わったことに気づく。魔力の濃度が、上がっている。
視線を感じた。その方向に目を向けると、確かに残党の一匹がこちらを見ていた。そして───
「っ!?」
ビュンッ、という音と同時に、とてつもない速度で魔法を繰り出してきた。腕の横を掠めたそれは、当たっていたら一溜りもない強さの魔法だ。
「うわぁ……っ!!」
「リリー!!!」
リリーが攻撃をモロに受けて吹き飛ばされる。ティアの守護魔法でそこまでダメージは受けてなかったからまだ良かったが、これを生身で受けていたら致命傷になっていた可能性もある。
突然強くなった残党たちの魔法に、俺は少なからず動揺していた。一体、なんでこんな急に……
魔獣がまた吠える。木々の奥から新しい魔物が来るのを見て、ティアが侵入を止めるように守護壁を作った。
「……待て、まさかあいつ」
俺はある事に気がついてしまった。
「殿下?」
「ティア。あの闇の魔獣、おそらく今までの個体と違う」
「と、言いますと」
「あいつが咆哮を上げる時、新しい魔物が来るか、もしくは魔物たちの攻撃力が上がっている。この予想が当たっていて、尚且つこれがこの後も続くようなら───いつまで経っても戦いが終わらない」
「……ではつまり、あの大元を……魔獣を討伐しなければいけないと」
「……ああ」
別に、寄ってきた魔物を倒すこと自体に問題はない。
しかし、ただでさえ数が多いというのに、倒すのが困難な魔獣に加え、その魔獣が別の魔物を呼んだり、他の魔物を強化させようものなら、俺たちが先に力尽きる。
……ピシッ。
嫌な音がした。まるで、氷が割れるような。
「ガァァァァァッッッ!!!」
豪快に氷が割れる音と、その咆哮と同時に、周囲にいた魔物たちがまたも俺たちに襲いかかる。
「殿下!」
俺はティアの守護壁によって守られ、その隙に魔物たちを凍らせる。フリードはリリーを守るように、炎の魔法で魔物たちを一掃した。
残党たちの動きは止められたが、闇の魔獣はまた動き出してしまった。俺たちに向かって、走ってくる。俺とティアは二手に分かれた。俺の方に、ついてくる。
また氷で動きを止めるか? いや、それだとさっきと同じことを繰り返す羽目になるだろう。
だったら、俺の天恵を使って対処すべきか。だが、この十分な広さがあるとは言えない空間で俺の天恵を使って、失敗したら、もしかしたら他の三人を巻き添えにするかもしれない。その危険性がある以上、すんなり使うことは出来ない。出来ないが……。
「……っ」
闇の魔獣が俺の元に来るまで、あと三秒もないだろう。
…………もういい、天恵を使うしかない!!!
俺は、詠唱の為に口を開いた。
『不安か? なら、僕が手助けする』
(……は?)
気づいた時には、誰かに体を乗っ取られていると分かった。
「『四大神ヴィルの名の下に───氷晶の監獄、次元の
パキ、パキ、と音を立てて目の前の魔獣が凍り出す。俺の身長の三倍近くある巨体が完全に凍りついた、その直後───
─── 一瞬、空間がぐにゃりと歪んだ後、音もなく、静かに、魔獣の頭が体からずり落ちていった。
ドンッ……という重い音と同時に、大地が揺らいだ。そして、その巨体もゆっくりと横に倒れる。
地震のようにまた大地が揺れた後に広がったのは、静寂だけだった。
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