第7話 「どうも、お邪魔します」───っていいわけあるか!!!

「アク、こっちにおいで」


 私がそう言って手招きすると、彼はふてぶてしい顔をしてベッドの上にぽすんっ、と乗ってきた。私はそのふわふわの頭を撫でる。


 久々の休日。今日は気が向かなければ無理に鍛錬もしなくていいや、というぐらいゴロゴロしたい。というか、すでにゴロゴロしている。どれぐらいかというと、うちのお猫様に構ってもらうぐらいには。


 この子は昔、うちの敷地のギリ外に捨てられていた。この子に名前をつけた時のことを思い出す。……今でもげんなりするほど、本当に酷かった。


 お母様は「『ステラ』はどう? ほら、れてたし」と言い、お父様は「『ゴンベエ』はどうだい?」とかいうひっっっどいネーミングセンスを出していた。


 なんだ、ゴンベエって。最近異世界ものの小説が流行っているけれど、異世界でもそんな酷い名前はないと思う。……ない、はずだ、多分。


 結局、青くて綺麗な瞳から、宝石の名前に因んで「アクア」と名付けた。本当に感謝してほしい。


 ねえアク、ねえねえねえとダル絡みしながら撫でていると、急に私の指をガブリと噛んで、ベッドから降りて行ってしまった。


 あ、あの生意気な猫……っ! 奴隷時代の私なら皮剥いで生活費の足しにして、肉はその日の夕飯にしてたわよ……良かったわね、出会ったのが今世の私で。


 なんて考えながら、救急箱からガーゼを取り出して血を拭いて、回復魔法をかけた。回復魔法と言っても、傷の治りを早くするだけの魔法だから、数秒かけ続けなきゃいけないけど。……傷が深い、容赦なく噛んだわね……。


 回復魔法を指にかけながら、ベッドに寝っ転がる。


 ───最近、色んなことが起きてるなあ、とぼんやり思った。


 城下町での件もそう、メチレル様の件もそう、ルーナの件もそう。


 そして、私自身も。


 なんだか最近、夢見が悪いのだ。過去の私がずーっと「何故生まれ変わり続けている?」って聞いてくる夢。精神的に追い込まれるからやめてほしい。


 それに、私だって知りたいわよ、転生してる理由。


 ルーナはルーナで、何かを隠してるみたいな素振りしてるし、そのことをエルザに話しても、反応がいまいち微妙だったし。


 なんだかなあ。そう思いながら、魔法をかけてる指を見る。もう傷は塞がっていた。


「いやぁぁぁぁぁっっ!!!」


 あ、この声は、と思った。この声の使用人は、虫嫌いで虫が出る度によく悲鳴を上げている。今回もそんな感じなんだろうなあ、とか思いつつ一応助けてあげることにした。


 ゆっくりと廊下を歩く。そういえば、今日のお昼ご飯はなんだったっけ。確か、牛肉となんかのワイン煮込みだったような気が…………


「え」


 目の前の光景を見て、愕然とする。


「(あ、どうも、お邪魔します)」


 ああ、どうぞどうぞ───っていいわけあるか!!!


 うちの家のロビーに、数名の使用人の他、魔物がいる。しかも、十匹以上は。


「おおおおおっ、お嬢様ぁぁぁっ!!!」


 悲鳴を上げていた使用人がひしと抱きついてくるのを制止する。今はそれどころじゃない。


「お嬢様、危険です、お下がりください!!」


「馬鹿おっしゃい、この家で魔物との戦闘経験が一番あるのは私でしょう!? 私が下がってどうするの!!!」


 そう叫ぶと、他の使用人たちはぐっと黙った。それはそうだろう。だって事実だもの。


「キース! 貴方は他の場所にいる執事に呼びかけて、地下の隠れ場所に避難させて! ジョン、貴方はお父様とお母様をお願い! エドは外の護衛兵に連絡して、ユリシスは赤龍団に連絡を! 早く!!!」


 私がそう命令すると、各々が蜘蛛の子を散らすように駆け出して行った。ロビーには私一人と魔物たちだけになる。


「……第二級か、ちょっと嫌かもね」


 しかも、よりにもよって家に入ってきたのは第二級魔物だった。


 第二級魔物は、第一級よりも知性があり、姿も動物型ではなく異形型のものが多い。スライムだったり、土人形のようなものだったり、色々だ。


 さらに使ってくる魔法の幅も増えるので、第一級よりもちょっと厄介。


「まあ、それでも私の方が強いんだけどね!!」


 剣に『破壊の力』を纏わせる。いつも通りの戦法だ。


「『破壊の力よ、私に見せてディスティクション・フォーシ』 ────薔薇の花弁と、命の散る様を」


 そう唱えて、一番近くにいた魔物に剣を振り翳し───


「……っは?」


 ───ガキンッ、という音がしたと同時に、剣の先が折れた。


「…………え?」


 柄にもなく戸惑っていると、その魔物は剣を掴んで私を引き寄せる。私は即座に剣を離し、後ろに遠ざかった。


「嘘、でしょ……折れた?」


 剣が魔物の体に取り込まれるのを見ながら、呆然とする。


 こんなこと、通常ならあり得ないはずだ。あの魔物は土人形だから刃が折れるほど硬くないし、じゃあ刃先が脆くなったかと言われても、今朝手入れしたときは傷一つない綺麗な鈍色をしていた。


 それに第一、私の天恵が纏われていたのだから、通常壊れるのは魔物側だ。相打ちですらなかったということはつまり、相手側の方が魔法、もしくは天恵のような能力的なものが強いということ。


 ……もしこの予想が当たっているのなら、事態は非常にまずい。剣が無い状態で相手の方が強いとなると、かなり厳しい戦いになる。しかもその強さがどれくらいか分からない以上、慎重に行動しなければならない。


「お嬢様、護衛兵が加勢に参りまし───」


「下がりなさい!!!」


「……え」


 ぽかん、と兵士たちが戸惑う。


 貴族家に派遣される兵士は、通常は対人訓練をした者が多い。なぜなら、今回のように魔物が貴族家に侵入してくることなど、基本は無いからだ。それもあり、魔物との戦闘経験をした者は非常に少ない。もちろん、この家の彼らも。


 もしこの魔物たちと戦わせようものなら、一瞬で死んでしまうだろう。当然だ、戦闘経験が0な上、相手はかなりの格上ときているのだから。


 ともすれば今、戦える人間は───


「下がりなさい。そして、貴方たちは他の使用人たちやお母様たちを守って」


 私がそう言うと、彼らはショックを受けたかのような顔をした。


「そんな、ですが、お嬢様、貴女さまは魔物がどれだけ脅威かご存知でない……!!」


「……」

 

 ああ、そうか。


 使用人の全員が全員、私の前世のことを知ってるわけじゃなかったわね。


 まあ、剣術を習っているから、人より腕っ節が強いのは、ほぼ全員知ってることだけど。


「……私の言うことが聞けないの?」

 

 びくり、と兵士たちが反応した。戸惑う様子が、雰囲気で分かる。


「お前たちは足手纏いよ、下がりなさい。───死にたくないのなら、今、すぐに」


 私は彼らを思い切り睨みつけた。


 彼らにとっては怖いでしょうね。一人のお淑やかなお嬢様とは思えないほど、今の私は目が爛々としてるでしょうから。


 私が命令すると、兵士たちは失礼しますも忘れて、慌てて駆け出して行った。


 ああ、良かった、これで自由に戦える。私は魔物に向き直った。


 しかし、依然として不利な状況下であることには変わりない。


 私は専ら剣で戦っていたから、格闘技はあまり得意じゃないし、そもそもこいつら相手に格闘技が通用するか。


 魔法で戦うのもありだけど、私の魔法属性はテネブルだから、闇属性の魔法を纏っている魔物相手にはあまり有効ではないだろう。


 となれば後は、天恵を駆使して戦うしかない。


 私は覚悟を決めて、息を肺に取り込んだ。

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