第6話 美少女令嬢:ルイス・メチレル(ただし表情は絶望的に皆無)
お昼休み前、昨日の疲れと授業の疲れが溜まっていたのか、睡魔が酷かった。
「はあ……眠い……」
「まだ昨日の疲れが取れてないみたいね」
「うん……」
机に突っ伏していた私を見兼ねて、ミリィが声をかけてくれた。その通り、マリーはすごくお疲れです……。
「マリー様。中等部の生徒の方が呼んでいらっしゃいますよ」
横を見ると、クラスメイトが申し訳なさそうな顔で私に話しかけた。会話を断ち切られたぐらいじゃ怒らないから、そんな顔しなくて良いんだけど……そんなことより。
「……え、私?」
中等部の生徒とは全く関わりはないはずなんだけど、何故。そう思いながら、ドアを見ると、見覚えのある群青の瞳と目が合った。
「……あ!」
思わず声を出して驚いてしまった。状況を知らないミリィは、びっくりしたように私を見上げる。
「えっ、ルイスと関わりあったの、マリー」
「……えっ、ミリィはあの子のこと知ってるの!?」
「知ってるの、って……」
私がそう言うと、ミリィはちょっと呆れたような顔をした。
「あの子、メチレル家の子よ」
「急にお呼び出ししてしまい、申し訳ありません」
「いえ、大丈夫ですよ」
私は紅茶をカップに注いで、彼女に差し出した。茶葉の良い香りがする。
ここはアフタヌーンティーのために作られた施設で、去年導入されたばかりだった。高等部・中等部関係なく、紅茶やお菓子を楽しむことができる。
彼女はここを使ったことがなかったのか、席に着くまで興味深そうに見回していた。ぴくりとも表情を変えない子だけど、礼儀正しいし、意外と感情が醸し出す雰囲気に出てる……。
「……って、なんでルーナとエルザといるの? いや、別にいちゃいけない理由もないんだけど」
「いやだって、マリーちゃんってば朝から『昨日のあの子すっごい美人だったよね!! 本当もう、美人!!!』って言ってたから。どんな反応するか、ちょっと見てみたくて」
「やめてよルーナ、私が変態みたいじゃない! しかも中等部の子よ!? こっち高等部だからね!?」
私たちがやいのやいのと騒いでいるのを、彼女が不思議そうに見ていた。それにはっと気づいて慌てて姿勢を正す。危ない、公爵令嬢としての威厳が……
「そんなもの、もうないでしょ」
「ちょ、もう、エルザやめて……傷つくから……」
なんで私の考えてることが分かったんだろう、この人。
……って、こんなんじゃいつまで経っても話が進まない。私は他所行きの笑顔を取り繕った。
「ごめんなさいね、メチレル様。私はマリー・フェールと申します。高等部二年生です。ほら、ルーナたちも」
「言われなくても分かってるよお。はじめまして、ルーナ・ファンタズマです」
「エルザ・アマルテミルよ。ごめんなさい、この二人がうるさくて……」
ルーナやミリィがこの台詞を言ったならともかく、エルザに言われるとぐうの音も出ない。本当にごめんなさい。
というか、私が自己紹介した時、ぼそりと「本物……」って聞こえた気がしたんだけど。え、本物って何。まさか私のこと知ってたのかしら。
「ご丁寧にありがとうございます。私はルイス・メチレルと申します。中等部三年生です」
そう言うと、彼女は私の目をまっすぐ見つめた。群青のまつ毛に縁取られた宝石のような目が煌めいている。
メチレル家。ということは、ルーナやエルザと同じ『九つの名家』の子か。
『九つの名家』は、アンダラス王国に存在する、特別な家系のこと。それぞれが『四大神』を中心とした神々の末裔とされていて、「天恵」を持つ人が多い一家ともされている。
地位的には一般の貴族よりも上だから、公爵家とはいえ普通の貴族家、しかも前世は平民(と奴隷と精霊)の私にとっては恐れ多い……がくぶる。
「昨日は本当にありがとうございました。お礼の品は、近いうちに用意させていただきます」
「いえ、当然のことなのでお気になさらず。……ええと、ところで、どうして物置裏なんかにいたのですか?」
「クラスメイトに呼び出されまして。他にも生徒がいたのは、御覚えでしょうか?」
そういえば、と思い返す。でもなんで、彼女は呼び出しなんかくらったのだろうか。もしかして、学園ものの小説で出てくる意地悪な令嬢にいびられる、あれ的なそれだったりして。
「……ちなみに、何か言われたりは……」
私が尋ねると、無表情のままぱちりと目を瞬かせ、「そうですね……」と呟いた。
「調子に乗るなと言われたり、男性を誑かすなと言われたり……あと、何故か水をかけられました。すぐ乾きましたけど」
何だったんでしょうか、彼女たち、と心底不思議そうに言った。
……それっていわゆるいじめでは。
って言おうとしたけれど、当の本人がけろっとしているので、とりあえず何も言わないことにした。そして、他人がいちいち踏み込んでいい話題でもなかろう。
しかし、まあ確かに、と改めて彼女を見る。こんなに美人で、『神々の詠唱』を使えるぐらい魔法が使えるんだったら、そりゃあ嫉妬もあるわけで……ってそうだ!!
「あの!! 昨日『神々の詠唱』をお使いになられてましたよね!? 何故使えるのですか!?」
驚いたように目を少し大きくした後、彼女は、ああ、と言わんばかりの顔をした。
「……練習したから、でしょうか。あの後現場調査があったらしく、放課後、フリードリヒ殿下にも聞かれました」
「……え、練習したから?」
「はい」
「……そ、それだけ?」
「……? はい」
三人で顔を見合わせる。思わず前のように絶句してしまった。
だって、王族や有力な魔法使いですら使えないのに、今まで何度も生まれ変わりをしてきた私ですら使った人を見たことがないのに、それを、『練習しただけ』?
いや、もしかしたら幼い頃からの厳しい修行を重ねてきたのかもしれない。それでもこの歳で使えるのはだいぶイレギュラーだけど。
「ええと、ちなみにどんな練習を」
「……他の魔法の練習と何ら変わりなかったです。詠唱本を読んで、身体全体の魔法の流れを整えて、といった感じです。新学期も始まるし、せっかくだから、と二週間ほど前から練習を始めていたんです」
本当に他の魔法の練習と何ら変わりなかったし、なんなら予想以上に習得が早かった。なんでこんな優秀な人材がこの学校に留まっているの??
いや、もしかしたらそれ以外が致命的に出来ない可能性がある……でもさっき、ミリィが「あの子は優秀よね、本当」とか言ってたから、何でもできる天才の可能性も十分にある。
すごいという言葉だけじゃ表現し切れないこの気持ちを、どうしたら……と思っていると、何かを思い出したかのように彼女はポケットを探り出した。
「そうです、一番大事なことを忘れていました。……フェール様、こちらは貴女様のハンカチでしょうか」
「えっ、嘘! なんで貴女が!」
「先日、中等部にいらした時に、落とされていたので。返すのが遅くなってしまい、申し訳ありません」
そう言いながら、彼女はハンカチを差し出した。そういえば、この前先生に用事があって探していた時、中等部の方にも探しに行ったな……その後からハンカチが見当たらなかったし、なるほど、そこで落としたのか。
心なしか、前より小綺麗になっている。洗濯したり、ほつれたところを直してくれたりしたのだろうか。
「ありがとうございます……! すごくお気に入りだったので、見つかって嬉しいです!」
「それなら良かったです」
彼女は静かにそう返して、紅茶を飲んだ。無表情で、先ほどからぴくりとも表情を変えないけれど、どこか嬉しそうな雰囲気を醸し出している。
「それにしても、メチレル様は本当素敵な方ね」
「うんうん! 美人だし優しいし頭良いし、昔から憧れてたんだあ!」
「……昔?」
「あっ……え、えーと、言葉の綾だよ! えへへ、気にしないで?」
「……はい」
ルーナがこてん、と困った顔しながら首を傾げた。あざとい……可愛い……っ!! そしてそれに返答するルイス様も、本当かわっ……
(いやちょっと落ち着いて、私。幼なじみのルーナはともかく、会ったばっかり、しかも年下のルイス様に可愛い可愛いって、本当に変態みたいじゃない!!!)
バレないように、すました顔で紅茶を飲む。……エルザがいやにこちらをじっと見ているから、多分バレてる。何も言わないで、エルザ。
「……ルーナ様も、噂はかねがね聞いております」
「えっ……そうなの?」
「はい。とても可愛らしい方で、魔法の技術に長けていらっしゃると」
「え、えへへ……褒められちゃった」
へにゃ、と花が綻んだように笑う。どうしよう、可愛い。この子が天使か。
またもじっとエルザに見られながら感傷に浸っていると、ルイス様は言葉を続けた。
「ええ。それに、最近知ったのですが……ルーナ様は、『
「……え?」
ルーナは、嬉しそうにぷらぷらとさせていた足を止めた。
「『幻姫』……って、名前があったのですか?」
「私の家にあった本では、ですが……もう随分古いものでしたが、『九つの名家』に関する文献でしたので」
『幻姫』は、ルーナの家、ファンタズマ家の起源とされている神様。幻を見せ、夢を見せ、嘘を重ねて人々を、さらには同じ神までもを騙してきたとされている……けど、その名の通り、実在したかどうかは分からない。
まあ、ファンタズマ家の魔法と似てるところがあるし、決して無関係ってわけじゃないだろうけど……と思いながら、ルーナの顔を見た。
「……へえ、そう」
───背筋が寒くなる。今まで見たことのないほどの、彼女の冷たい真顔に、思わずぞっとしてしまった。
不機嫌、とか、そういう話じゃない。触れてはいけない所に触れてしまったような、そんな様子。
私たちは、息をするのも忘れてルーナを見る。本人はその表情のまま、紅茶を一口飲んだ。
「───困るなあ、そういうの」
穏やかな笑顔を見せた。
ただし、さっきみたいな花が綻んだような笑顔じゃなくて───ひどく冷たく、道化のような、作ったような笑顔だった。
「……ルーナ」
エルザが、彼女を見つめながら名前を呼ぶ。警戒しているような、何かを牽制しているような、そんな声。
一瞬、真顔でエルザを一瞥した後───
「なーんてねっ、冗談だよ〜!」
いつものような、明るい笑顔を見せた。
「……え」
「えへへ、ごめんねえ。私、昔絵本で見たときから幻姫が好きだったからさ、なんかこう、私の名前と一緒なんて、かいしゃくふいっちー! みたいな? なんか、いやな思いさせてたらごめんね……?」
「……は、はい。大丈夫です」
はっとしたような顔をして、ルイス様はルーナの言葉に答えた。
───本当に?
本当に、それだけなの、ルーナ?
私には、彼女が何か、私たちには言えない何かを抱えているのを見てしまった気がする。
そして、一切私たちに見せない、本来の彼女の姿の、片鱗のようなものも。
カップを掴む指に、自然と力が入る。
───エルザが困ったような顔をしながらこちらを見ていたことに、私は一切気が付かなかった。
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