第3話 私、なんで転生してるんだっけ
「お疲れ様〜、マリーちゃん。あ、新しい服貰ったの?」
客室に戻ると、ルーナたち三人が優雅にティータイムをしていた。部屋に戻ってきた私に気づいたらルーナが、ほわほわと話しかけてくる。
「貰ったというか、貸していただいたというか……」
「別にいいんじゃない? あんたが気に入れば普通にくれると思うわよ。多分客人用のだし、それ」
「え、嘘でしょ? あの量で客人用?? この服があったドレッサー、服が大量すぎて、私卒倒するところだったわよ?」
「あのね、いくら前世まで平民だったとはいえ、今年で17歳でしょ? 17年貴族生活やってるんだから、いい加減慣れなさいよ」
「まあまあ、ミリアスちゃん」
ルーナは苦笑すると、紅茶をそっと飲んだ。テーブルには、色とりどりのお菓子やらポットやらが置いてある。貴族生活で一番楽しいのは、このアフタヌーンティーの時間だったりする。
空いていた席に腰掛ける。机の上には、純白の上品なアフタヌーンティースタンドが載っていて、下から順に、小ぶりの
マカロンとケーキのふわふわとした甘い可愛さに、思わず口が綻ぶ。さっそくセイボリーから手をつけようとして、ハッとルーナにお礼を言い忘れていたことに気がついた。
「あ、お礼が遅くなっちゃった。ありがとねルーナ、幻惑のやつかけてくれて」
「そんな、どうってことないよ。私が嘘ついたときのマリーちゃん見るの楽しかったし」
ほわ、と花が咲くような笑顔でえげつないことを言った。え、こわ。なにこの子、可愛いのに怖いんですけど……。
ルーナはこの世界の魔法属性に入らない、特別な魔法【
その理由はルーナの家であるファンタズマ家が関係してて、特に彼女はファンタズマ家の歴代の令嬢の中でも優秀らしい。実際、街全体に幻惑をかけるなんてとても難しいことだろうし。しかも、人によって幻惑をかけたりかけなかったりと、細かな調整だってできる。
人が良さそうな笑顔をしておいて、息を吐くように嘘をつくこともあるから、正直ちょっと怖い。まあそこも含めて可愛いけど。
「それにしても、マリーちゃんは本当にすごいよね。今回も魔物をサクッと倒しちゃったし」
「だいぶ派手にやったけどね」
「う……そんな顔しなくてもいいじゃない、エルザ」
紅茶を飲みながら、エルザがじろりと私を睨む。多分、上目遣いだからそう見えてるだけで、実際は睨むほど不機嫌でもないんだろうけど。
「はあ。あなたって本当魔物を倒すのが好きよね。あなたが転生してる理由ってそれ?」
カップから口を離して、エルザが呆れたように聞いてくる。薄桃色のリップで彩られた唇が、紅茶によって少し潤んでいた。
私の転生の件を知っているのは、幼なじみだったルーナとエルザ、お母様とお父様、うちの使用人の数人。
それから、機関での検査に関係がある人と、ジル殿下みたいに、王族の中でも事情を知らなければいけない人、もしくは私と仲の良い人だけだ。まあ、仲の良い人と言っても、ミリィと彼女の双子の姉であるレイスぐらいだけど。
そんな彼ら彼女らは、私の転生の理由を知らない。
「いやいやいや、そんなわけないでしょ。私が転生してる理由は……」
そこまで言って、言葉に詰まる。錠剤を飲んだとき、喉にまだ薬が残ってるような、そんな感覚を覚えた。
(あれ、私、なんで転生を繰り返してるんだっけ?)
時には平民として、時には奴隷として、時には精霊として、生まれてきた。
何度も生まれ変わってるはずなのに、その理由が、分からない。まだ見つからない。そもそも、私がこんな強大な力を持ってる理由も分からない。
(あ。この、感覚)
転生の理由は、今までも何度か考えてきた。でも毎回、思い出せるようで思い出せない、そのもどかしい感覚を覚えるだけで終わる。
いや、もどかしいと言うよりかは。思考がこれ以上深い所にいかないように、蓋のようなもので塞がれている、その感覚が気持ち悪い、と言う感じだろうか。
前世のことを考えると、何故か、急に自分が怖くなる。自分が自分でなくなるような、そんな感覚。今の私は、「今世」の私なのか、「前世」の私なのか。一体、何を持ってして、私を「私」と言うんだろうか。思考していれば「私」? でも、その思考している「私」ですら、「今世」なのか「前世」なのか分からないのに?
これぐらいまで考え込むと、毎回呼吸がうまく出来なくなる、ような気がする。はく、と声にならない息が喉から出た。
「……大丈夫だよ」
目の前の霧が、ふっと消えたような気がした。思考の海から現実に戻ってきている感覚を覚える。見ると、ルーナが私を見つめて微笑んでいた。
「もうすぐ、分かるよ」
───ときどき、ルーナが何を考えているのか、分からなくなる。
微笑んでるはずなのに、いつも通りのはずなのに、何故かルーナの感情や思いが、壁で遮られて見えなくなる時がある。今がそれだ。
ルーナ、と呼びかけようとした時、空気を読まない誰かが、部屋のドアがノックした。検査結果が出たらしく、私を呼びにきたとのこと。
「立ったり座ったり、大忙しだねえ」
ルーナは呑気にそう言った。ちらりと彼女を見る。ほわほわと穏やかに笑う彼女は、なんだかもう、いつも通りだ。
「ほら、さっさと行ってきなさいよ」
「言われなくても、王女様」
ミリィに急かされながら、紅茶の香りに満ちた部屋を後にした。
身体に異常はなく、かといって新たな天恵を手に入れたりしたわけでもなかった。だけど「すごく健康だからさ、サンプルとしてもう一回採血させて?」と言われてしまった。丁重にお断りした。血を見るのは平気だけど、採血はいや。
「お疲れ、マリー嬢」
「わっ……あああジル殿下!! ほ、本日はお日柄もよく……」
「さっきも会っただろう」
「それはそうですが、先ほどはその、気分が高揚していて……わ、私、何か粗相はしてませんでしたか……!?」
さっきは魔物の討伐のテンション感でジル殿下に接していたから、冷静になった今は、やらかしていなかったか心配で仕方がない。どうしよう、不敬罪で地下牢にぶち込まれたら。
「……そんなに心配しないで良い。特段おかしなこともしていなかった」
「そ、そうでございますか……」
「……この後、あの三人と話すのだろう。部屋まで送ろう」
「えっ」
それは恐れ多すぎる。というかいいのだろうか、一国の王子についてきてもらって。しかもこれだけじゃない。服を貰い、おもてなしをされ。令嬢として生まれたのは今世が初だから、こういったことに慣れない。気まずい。
17年間公爵令嬢をやっているのにも関わらず、未だ慣れなそうな顔をしている私を見て、殿下は小さく息をついた。
「……ミリィの友人であり客人、いつも世話になっている貴女に敬意を払うのは当然だろう。……それに」
彼は一歩私に向かって足を踏み出した。少し、距離が近づく。
「……世間話をしたいんだ。付き合ってくれるか」
───殿下、いかにも誤解を招きそうな言い方と素振りは止めてください。
そう言いそうになったが、なんとかそれをぐっと飲み込んだ。
「……確かに、最近は魔物の動きが活発ですね」
「ああ。先ほど、赤龍団がすぐに駆けつけなかったのも、街の北部で魔物が大量発生していたかららしい。あそこは特に住宅が並んでいるから、兵力が割かれたのだろう。……まあ、だとしてももう少しやりようはあっただろうが」
「え、ええ……」
一瞬、またさっきのような怖い顔になった。美人って怒ると怖い。がくぶる。
しかしまあ、確かにここ最近は魔物の襲撃が多い。
魔物の襲撃は、本来であれば年に一回、あるかないかというレベルだ。しかもそれも、離れの村や別の街で起きていることで、城下町や王都に魔物が入ってくるのなんて、ここ百年ぐらいはそんな事例、無かったはず。
だというのに、最近、特に今年に入ってから、月一のペースでどこかしらが魔物の襲撃に合っている。
なんだかおかしい。前世でも、こんなに魔物が発生することは無かったのに。今世は、何かが違う。原因は分からずじまいだけれど。
「この部屋か?」
「……え? あっ、いつの間に……」
考え事をしているうちに、部屋についてしまった。なんだかあっという間だった……。
「ありがとうございます、殿下。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします」
「ああ。謝礼は後日、フェール家に直接送らせていただく」
「いえ、そんな、お構いなく……」
そんなやりとりをした後、私はドアノブに手をかけた。それを回そうとした時、「マリー嬢」と後ろから呼び止められる。
「何でございましょうか。……わ、私、何か粗相でも……」
「いや、そうではなく」
そう言うと、殿下は無表情に見えて、奥歯に何か詰まったような、微妙な顔をした。
「……昔、貴女と私が初めて会ったときにした、あの会話を、覚えているだろうか」
「……え?」
どれだ。どの話だ。
いや、どの話だと言っても、彼とこんな風に長々と話したことなんて数回しかないから、絞り込むことは出来るだろうけど。流石に十何年も前の話は覚えていない。
「……それは……」
「ああ、覚えていないなら良い。正直、私もうろ覚えだ。……気にしないでくれ」
殿下は少しばつの悪そうな顔をして、目を逸らした。
◆◇◆◇
部屋に戻ると、ティアがさっと俺の手から上着を取った。
「殿下、お疲れ様でございます」
「ああ……ティアもな。今日は早く寝ろ」
本当に疲れているのか、脳が考えることを拒否しているのか、それ以上の労いの言葉が出てこない。本当は彼女も疲れているはずなのに、と罪悪感が芽生えた。
目線を宙にやる。窓から入り込む、痛いほどの西陽が俺たちを照らした。窓の向こう側には、鮮やかな夕焼けが広がっている。
『私たちよりも、あの子たちの方が、ずっと上手くやってくれたみたいね。だって、こうやって話せるようにしてくれたんだもの』
初めて出会ったあの日の夕暮れ時、かつてのマリー嬢は、歳に見合わず大人びていた。いや、転生を繰り返して、その記憶まであるのだから、多少は大人びているのだろうが。問題はそこじゃない。
初めて会ったはずなのに、まるで再会したかのような、そんな言い方。
(……なんだ、この、不安は)
夕陽はひっそりと、ばれないように、俺の心をざわつかせた。
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