第32話 狂気姫の追憶1
「きゃっ……!」
さっき買った林檎が、ごろごろと転がっていく。
ざわざわと言葉の波紋が広がり、目線が集まってくる。
転んだことと、視線が集まることが嫌で、顔が熱くなった。
(もう、もう、何なの、今ぶつかった人……! 謝りもしないで……!!)
そんなことを思いながら、転がった林檎を拾っていく。
ふと、さっきまで騒がしかった周りが急に静かになった。
何だろう、と思いながら気にせず林檎を拾っていた時。
────彼はやって来た。
「おい、お前」
不機嫌な低い声が聞こえてきて、ばっと後ろを振り向いた。
黒くて、一つに結ばれた綺麗な髪。
雪みたいに白い肌。
とても凛々しくてかっこいいのに。
……氷のような色をした目は、どんなものよりも冷たかった。
「……っ!?」
思わず後ずさる。こんな威圧感があって怖い人、この世にいるのか。
私が恐怖で動けずにいると、その人は私を一瞥して、
「邪魔だ」
とだけ言って、去ってしまった。
ついでに(恐らくわざと)私にぶつかりながら。
……いや、いやいやいや。
何? 何なの?
何なの、あの男……っ!!
私は、ここ最近で一番人を殴りたいと思ってしまった。
◆◇◆◇
「あっはっは! あんた本当、よく生きて帰ってこれたねえ」
「笑い事じゃないんだけど!! てかあいつ、王子なのにあんな性格悪くていいの!? 私、王子様ってもっと優しいかと思ってたのに!」
「そりゃあ、本当の王子なんて傲慢に決まってるよ。全員が全員そうじゃないけど、大抵は自分より下の地位の人間なんて見下してるさ」
おばさんは笑いながら、夕食の準備をしていた。
美味しそうな匂いに、一瞬さっきのことを忘れてしまったけど。いやいやいや。忘れるわけ無い。
「はーあ。本当最悪……」
「まあ、反面教師ってやつだよ。自分はああなるまいって思うものさ、マリリア」
「うーん……」
そう言われても、何だか納得いかなかった私を、そっと優しく撫でてくれる。もう私、15歳なんだけど……。
「はい、じゃあ食器並べとくれ。ついでにハンナを呼んできて」
「はーい」
おばさんに言われて、食器を並べにいった後、2階にいるハンナを呼びに行った。
◆◇◆◇
この時の私は、物心ついた時には親がいなかった。
どうやら、産まれたばかりの私がかごに入れられているのを、偶然ここの村の人が発見してくれて、何とか一命を取り留めたらしい。
その後、同じ年頃の女の子がいるってことで、私はおばさんに引き取られ、ずっと育てられてきた。
それこそ10歳ぐらいまではおばさんの子だと思っていたけれど、段々自分が違うというのも分かっていた。
というのもこの村は、キラー一族の生き残りが集団を為している場所。勇者フォルティメの末裔であるキラー一族の特徴は、金髪赤目。
赤目であるのは一致していたけれど、髪の色がだいぶ違うことから、まあ多分キラー一族じゃないんだろうな、と思っていたけれど。やっぱりそうだったらしい。
とは言っても、自分がキラー一族では無いことに悲観しているわけではない。キラー一族で無くても、皆、私のことを家族だと思っていてくれているから。
……だけど、ほんのちょっとだけ。
たまに、本当の血の繋がりがある家族ってどんなものなんだろう、って思う時はある。
◆◇◆◇
「────そうだ、マリリア! あなた、この前の魔法訓練で上級魔法使えるようになったって聞いたけど、本当!?」
「え? ああ、うん。でもあの場で使ったのは初めてで、実際はだいぶ前から使えてたよ」
「う、嘘……私なんて、ようやく中級魔法使えるようになったのに」
ハンナは呆然として、食事の手を止める。おばさんに注意されて食べ始めたけど、依然表情は変わらなかった。
この村では週3日、魔法訓練が行われる。キラー一族は、平民の中で唯一魔法が使える人達であるらしく、当然子どもたちも魔法を心得ている。適切な使い方を学ぶために、村の大人達から教わっているのだけれど……。
どうやら、私はキラー一族の出では無いが、魔法を扱えるらしい。しかも、自分で言うのもなんだが、かなりの腕前。しかもしかも、属性は闇。この属性を持っている人は少数だ。
そんなわけで、私は村でもかなりすごい人として見られている。どや。
「はーあ。良いな~、私もマリリアみたいに魔法の才能あったらなあ」
「でも、魔法の才能あってもなかなか活かせないわよ。……例えば、今日のあのくそ王子に痛い目を見せれなかったみたいに……」
「ご立腹だねえ」
ハンナは呑気にパンをちぎって食べた。あんたは基本穏やかだからね……でもその穏やかさが羨ましい。私、今も怒りがふつふつと沸いているのに。
内心ムカつきながら、私はパンをシチューに浸した。
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