第3章 思い出す過去
第31話 あの時を思い出す
夏休みが始まって数日が経った。
私は訓練をしながら、ジル殿下やフリード殿下を中心とした皆と仲を深めていった。
◆◇◆◇
「はあっ!!」
ぎぃん、と鈍く剣がぶつかり合う。
日差しは夏らしくじりじりとしているけれど、何故かこの一帯は涼しい。
それもそのはず。今、剣の相手をしてくださっているジル殿下は、剣に【氷】の魔法を纏わせているので、剣がぶつかり合うたび冷気が漂ってくるのだ。
うーん涼しい。まさかこんな所で魔法が役に立つとは……。
「────考え事をしている暇か!」
「えっ、うわっ!?」
殿下の剣術によって私の剣は跳ね返され、その隙を見て一気に斬りかかってくる。
でも、簡単にやられはしない。
集中を切らしてしまったことを反省しつつ、何とかキャッチした剣で、私は彼の剣を受け止めた。
ジル殿下は、魔法や剣術、そしてその2つを掛け合わせた技術が得意。しかしその一方で、意外と握力や筋力は弱いらしい。
だから、この方と勝負をする時は、案外純粋な力強さも求められている。
私は『創造能力』を使って力をひたすら作り、加えていく。さらに私の元の力を使って、気合いと根性でひたすら押しまくる。
一瞬殿下は嫌そうな顔をしたけれど、ふと冷めた表情になった。
私はその顔に嫌な予感を覚え─────少し周りに気配を集中させた。
その瞬間、本能が危険を察知し、思わずかなり後ろに下がってしまった。
しかしその判断は間違っていなかったらしい。
何故なら私を追いかけるように、人一人ぐらいの氷の棘が地面から生え続けていったから。
その容赦無い技を見て、思わずぎょっとしてしまった。もし私避けられてなかったら、普通に死んでいたのですが……?
しかも、その氷の棘は今も生え続けている。
このまま彼の魔力が切れるまで待つのもあるが、いやいや、流石にそれは悪手。
私は、手を氷の棘にかざした。
「
そう言った瞬間、光が氷の棘をひたすらに破壊していった。
全て壊れると同時に、私は殿下を追いかけて、一気に斬りかかる。
「……っ」
殿下も私の剣を受け止める構えをしていた。
────でも、普通に斬りかかるわけ、なくない?
私は直前で剣の持ち方を変え、殿下のお腹目掛けて、剣を思い切り刺しに─────
「そこまで!! 両者止め!!」
────いこうとしたところで、終了の合図が聞こえた。
その瞬間、一気に力が抜けて、思わず地面に座り込んでしまう。
「はあ~。疲れた……」
「……お疲れ、マリー嬢」
そう言うと殿下は、冷気を私の頭からかけてくれた。あ、涼しい……。
「お疲れ! いやあ、2人とも容赦ねえな~。まじで死んじまうんじゃねえかって思う瞬間がいくつも……」
「お前の時は手加減してやってるからな。そんな瞬間ねえんだよ」
「……お? 言ったか? 言ったかジル? 私だって、その気になればお前のことめためたにしてやるかんな!!」
そう叫びながらも、その人は私に水を渡してくれた。
「ありがとうございます、カミリア様……」
「おう! っていうか、まだ様付けなの? せめてさんにしてくれ、めちゃめちゃ違和感」
「あ……ごめんなさい、つい癖で」
「お嬢様だな~。こいつのことも呼び捨てで良いのに」
「いやいやいや、流石にそれは出来ませんよ」
そんなことをしたら首が(物理的に)飛ぶのでは……と思い、恐ろしくて首を横に振ると、カミリアさんは快活そうに笑って殿下をばしばし叩いた。そ、そんなこと出来るの、幼馴染みであるカミリアさんぐらいです……!
「カミリアさん。次は私との実践でしょう」
「ん? ああティア! ごめんごめん!」
気付くとティア様が横にいて、ちょっとびっくりした。まったく気配が無かった……。
そんな私の驚きは露しらず、カミリアさんは殿下から離れて、ティアさんに手を差し出した。
「じゃ、よろしくな、ティア」
「はい。よろしくお願い致します」
ティア様とカミリアさんは握手し合った。何だか2人とも真面目だなあ……と思いつつ、私はその場から立った。
◆◇◆◇
「……そう言えば、私、ティア様が戦っているところを見るの、初めてかもしれません。というか、ティア様は護衛のイメージが強くて」
「ああ……彼女は確かに護衛の方が多いが、普通に戦える。というか……」
そこまで言うと、ちょっと殿下は顔をしかめた。
「……ある意味、一番厄介だな」
え、と思い殿下の顔を見る。何だかすごく嫌そうな顔をしていた。
「それでは両者────始め!!」
審判役のフリード殿下の声が響く。その声を合図に試合が始まった……が。
何故か、2人はすぐには動かなかった。というより、カミリアさんが、少し迷っているような雰囲気を出していた。
しばらくして、ティア様の背後に、闇の魔法が一気に襲いかかった。
「……っあ!」
思わず見ているこっちが焦って声を出してしまう。けど、ティア様が倒れることはなかった。
何故なら、守護魔法を背後に展開して、完璧に魔法を塞いでいたから。それも、試合が始まった時から、顔も立ち位置も雰囲気も、一切変えずに魔法を塞いでいた。
◆◇◆◇
「ちっ……まあ、そりゃそうなんだけど」
やっぱり、背後からの攻撃は防がれてしまった。
ティアは『守護魔法』を用いて戦う。いや、戦うというよりは、ひたすら攻撃を耐えるというか……。
この守護魔法、使用者の魔力が持つ限り、いくらでも防壁を張ることが出来る。しかも、その防壁も絶対に攻撃を通すことがない。
例えどんな攻撃でも、守護魔法で作られた防壁を前にしては、何の威力も持たないと同然だ。つまり、真正面から攻撃しても意味がない。
じゃあ魔力が切れるまで待てば良い、という考えもあるが、それは悪手。ひたすらに悪手。
そもそもティアの魔力量が桁違いに多いというのもあるが、魔力の消費の仕方も無駄がない。つまり防壁一つ張るぐらいなら、全く減らない。というか消費量はほぼ0に等しい。
じゃあどうやって攻撃するか。
……ただ、相手の意表を突く瞬間まで待ち続ける他無い。
でもなあ~。そうは言っても、ティアも全く隙が無いからな~。
正直、一番相手にしたくない。
「……何もしてこないのなら、こちらから攻撃を仕掛けますよ」
「何もしないんじゃなくて、何も出来ないんだよ!」
「そうですか」
相変わらず涼しい表情で、手一つ動かさず、ティアは魔法を繰り出した。
「
短剣の形をした無数の氷が、私は目掛けて思い切り降り注いでくる。
「……ティアとの訓練で身に付くのは、回避力ぐらいだな……!!」
私は刃を避けた。
だが、ただ避けるだけではない。避けながら、少しずつ少しずつティアの方に移動していく。
私を追いかけるように降り注いできた刃も、私の策略に気付いたのか、その動きを止めた。
ちっ、ばれたか。なんて思いつつ、ティアに斬りかかる。
─────その実、また背後から魔法を襲いかからせた。
前からも後ろからも攻撃を受けたんじゃ、防ぎようがないだろ。
……とか思っていたが、やっぱり駄目だったらしく。
体に沿うように張られた守護魔法に攻撃を跳ね返されたところで、試合は終わってしまった。
◆◇◆◇
「う、うわあ……」
「ほら、一番厄介だろ」
「厄介どころか、倒せなくないですか、あれ。殺してしまっても良いなら、私の血華一閃で体内の血液爆発させれば何とか勝てそうですけど」
「止めてくれ」
そう言いながら、殿下は2人分のお水を持っていった。
……ティア様はいらなそうな気はするけれど。
3人は和気あいあい(カミリアさんはだいぶ不満げだけど)と話していた。
疲れきってへたり込んでいるカミリアさんに、ジル殿下が手を伸ばす。
カミリアさんは遠慮無く手を取り、本当に遠慮無く全体重をかけて起こしてもらっていた。殿下はというと、小言を言いながらもカミリアさんを起こしていた。
その光景に、ふと昔のことを思い出した。
そういえば、あの時尻餅をついた私を、冷たく一瞥していった人は、何となくジル殿下に似ていた気がする。
まあ、性格も雰囲気もだいぶ違ったけれど。あの王子、本当に性格ひん曲がってたからなあ……。
なんて、そんなことを思いながら水を飲んだ。
次々と、思い出が甦ってくる。あれはそう……。
─────
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