第30.5話 太陽と月と、光と闇と。

「ウィス! 久しぶり!」


「あ、ララだ~。久しぶり、元気にしてた?」


「うん! お陰様で!」


 にこにこと太陽の様に微笑む彼女を見ていると、何だか眩しい。


 そう思っていると、俺の存在にも気付いてくれたのか、明るく手を振ってくれた。


「あ、ウィリアム様も! ごきげんよう、元気そうで何よりです!」


「ええ、私もララ様が元気そうで嬉しいです。……おや、ラナ様は?」


「ラナも、もうすぐ来ると思います。……ほら!」


 そう言うと、ララ様は元気よく駆けていった。


「ラーナっ! ウィスとウィリアム様がいらっしゃるわよ」


「そんな大声で言わなくても分かってるって。……お久しぶりです、ウィスティリア殿下、ウィリアム様」


「久しぶり~。ラナ様も元気?」


「はい。お陰様で」


「あはは、ララとラナ様は本当似てるね。僕らより似てるんじゃない?」


「そうかもしれませんね」


 俺がそう言うと、ララ様は満足げにラナに抱きついた。


 その笑顔は、闇なんか知らない、光に満ち溢れたようなものだった。


「そうだ、ララ。この後、最近の魔物の出現状況について知りたいからさ、ちょっと移動しようか。そろそろミリィの宿泊体験だし、知っておきたくて」


「……! うん!」


 ララ様は今日一番の笑顔で、ウィスに着いていった。


 2人が離れて程なくしてから、ラナは呆れたようにため息をついた。


「……貴方って本当分かりやすい。ひっどい顔してるわよ、今」


「……うるさい」


「はっ、相変わらず裏表が激しいわね」


 そう言うと、彼女はさっさと歩き出した。


 俺が立ち止まっていると、怪訝そうな顔をして、


「ほら早く。貴方の部屋に行くんじゃないの? 今日私を呼んだ理由は、てっきり今まで通りかと思っていたんだけど」


 と冷たく言い放った。


 理由は彼女の予想通りなので、仕方なく俺も歩いた。


 ◆◇◆◇


 ウィスとララ様、俺とラナは婚約者同士。


 端から見れば、4人とも基本は社交的だし、仲も悪くないので、良い婚約関係に見えるだろう。


 ─────実際は全く違うわけだが。


 ◆◇◆◇


「ララ様は、あいつの何処がそんなに良いんだ? まだ俺の方がましな性格しているだろう」

 

「自分が意中の相手の眼中にいないからって、双子の兄に嫉妬して貶す殿方よりかは魅力的に見えるからじゃない?」


「ラナはあいつの性格の悪さを知らないから言えるんだ。本当に引くぐらい性格悪いぞあいつ。腹黒だし」


「はいはい、相手にされなくて可哀想ねー。あの子と似てる私が慰めてあげましょうか?」


「……」


「あ、黙った」


 本当裏表酷いわねー、疲れない?


 とか何とか言っている彼女を無視して、俺は紅茶を飲んだ。疲れるに決まっているだろ、こんな猫被ってたら。


 俺は基本、一人でいる時はこんな性格だ。この性格だと確実に愛想が悪いと思われるので、仕方なく周りには好青年っぷりを振り撒いているが。


 実際は、嫉妬深くて小さくて、意中の女性にも相手にされないような男だ。全く情けない。


 こんな情けない姿を見せたら確実に弱みとして握られるので、双子のウィスですら見せていないが……唯一この性格をさらけ出しているのが、俺の婚約者であるラナだ。


 彼女は婚約者というより……相棒というか、仕事上の付き合いというか……でもそれでいて、本当の自分をさらけ出せる。だから、正直言って、彼女と一緒にいる時が一番落ち着く。


 一番落ち着くのだが。それと恋している相手はまた違う。


 俺はララ様を女性として愛している。だが、ララ様は(性格の悪い)ウィスのことを好いている。だからといって、彼女の幸せを奪うつもりは一切ない。というか、奪うに奪えないだろうしな。


 だけど、やっぱりやりきれない思いはあるのだ。


「可哀想なウィル、お疲れ様。はいお菓子」


「……どうも」


 そのお菓子を口に入れると、優しい味が広がった。この焼き菓子はララ様かラナ、どちらが作ったのだろう。……ラナのことだから、恐らくララ様が作った方を差し出してくれたのだろう。


「……そう言えば、ラナは俺みたいに好きな人間はいないのか」


「……なに急に? 気持ち悪いわね」


「ただの興味本位だ。婚約者なんだからこれぐらい聞いても罪にはならないだろ」


 俺はまた紅茶を飲んだ。焼き菓子の後の紅茶は最高だ。組み合わせ抜群すぎる。


 一人ティータイム(正確にはラナもいるが、ほとんど口をつけていない)を楽しんでいるのを、ラナはじっと見つめていた。


「……なんだ」


「貴方って、頭良いはずなのに馬鹿よね」


「……急になんだ」


 俺がそう言うと、ラナは呆れたようにため息をついて、俺のベッドに無遠慮に寝転がった。靴は脱いでくれていた。


「来て」


「……」


 ティーカップを置いて、ベッドに乗る。もちろん靴は脱ぐ。


「珍しいな」


「……今日はそういう気分なの」


「そうか」


 俺がドレスの後ろ側のリボンを解くと、彼女は静かに息を吐いた。


「今日は泊まっていくだろう? どのみち夜に会議があるわけだし」


「まあそうね」


「じゃあ、それまではお互い我慢だ」


「でも途中まではしてくれるでしょう?」


「……話を聞いてくれた礼だ」


 顔を上げて、彼女を見つめた。


 空色の瞳と視線が絡み合う。


 全く同じ色の瞳なのに─────醸し出す雰囲気はまるで違う。


 あちらは身を焦がすほどのきらめきを秘めた瞳なのに。


 こちらはまるで、光で全てを静かに包むような瞳だ。


 双子なのに、こんなにも違うのか。


 そう思いながら、俺はそっと唇を重ねた。

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