第27話 最後の神は決意した

 あの日────マリー嬢が、何者かに襲われ、眠りについたまま宿泊体験から帰ってきた日から、早1週間が経った。


 その日はちょうどマリー嬢の誕生日で、その日の夜、クラスの皆でささやかなパーティーをする予定だったらしい。


 しかし、そんな中、彼女は眠りから目を覚まさず、そのままジル達によって運ばれてきた。そして、その時からずっと、王城の特別医療室で眠り続けている。


 そんな彼女には気の毒だが……どっちみち、パーティーは開催されなかっただろう。


 というのも、あの日、精霊の森で、本物の魔物が何匹も確認されたからだ。


 生徒達は逃げ惑い、黒龍団が出動する羽目にもなった。だからジルは、あの場にいることができた。


 だがそもそも、ジルは、マリー嬢が暴走状態に陥っているかもしれない、というのをエルザ嬢から聞いていたらしい。それもあって、事態が深刻化しなくて済んだ、というのもある。


 まあ何にせよ、酷い被害が出なくて良かった……が。


 まだ、油断は出来ない。


 ◆◇◆◇


「現在は、魔物の襲撃による被害や、それによる設備の不具合等は出ていないようです」


「そうか、なら良かった。引き続き警戒を頼む」


「はい」


 俺と、赤龍団の副団長────レノックスは、アンダラスからの各地域の情報が書かれている書類に目を通していた。


 今のところ被害は出ていないというので、ひとまず安心だが……逆に全く被害が出ていない、というのも、何だか怪しいような気もする。


 まあ被害が無いに越したことはないのだが。


「……あの、フリード殿下。少し、よろしいですか?」


「うん? どうした」


 レノックスは手を止め、らしくない表情で俺を見つめた。


「その……ミリアス王女殿下は、大丈夫ですか?」


 その言葉を聞いて、俺は内心、ああ、と納得した。


 そういえば、ミリィをテヘナ村から帰らせたのはレノックスだった。当時の彼女の様子を見たのもそうだろうが、まあ、うん、一番の理由は……。


 レノックスをもう一度見る。ミリィに会えていないからなのか、どことなく元気が無さそうに見える。


 ……うん。レノックスがミリィにべた惚れしてるからだろうな。


 この2人といえば、周りがどん引くくらいのお熱っぷりで、にもかかわらず、付き合ってない(し、婚約者でもない)。もう結婚しろよ、とか思ってる奴もいるんだろうなあ……とか思いつつ。


 俺はその感情を表に出さないように答えた。


「まあ、体調は悪くなさそうだけどな。元気は無い。やっぱり、マリー嬢のことが不安なんだろう」


「……やはり、そうですよね」


 落ち込んだように、そっと目を伏せた。……レノックスがそんなに心配する必要は無い。だが、まあ、気持ちは分からなくもない。


 俺は、レノックス未来の義弟候補の肩をそっと叩いた。


 それと同時に、ドアをノックする音も聞こえた。


「……どうぞ」


 誰だか分からないので、一応敬語で返事をする。


 だが、部屋に入ってきたのは、見慣れた黒髪の人物だった。


「リリー。どうしたんだ?」


「……フリード様を、呼びに来ました」


 そう言って、不安そうな目で俺を見つめる。


 その目に、何故か心臓がどくりと跳ねた。


 この鼓動は、恋心みたいな綺麗なものではなく────嫌な予感がしたとき、不安なときの鼓動だ。


「……ああ、今行く。ちょうど一区切りついた所だしな。レノックス、少し休んでいてくれ」


「……はい」


 落ち込んだまま、それでもまだ答える元気はあったらしい。俺はそんな彼を尻目に、そっと部屋を出た。


「……で、どうしたんだ、リリー」


 俺がそう問いかけると、らしくなく、無表情に近い、不安そうな顔で話し始めた。


「……マリー様が、目を覚まされました」


「……え!? いや、すごい良いことじゃないか! なんでそんなに深刻そうな顔を……まさか、記憶が戻ってないとか」


「いえ、暴走状態も無くなり、いつも通りのマリー様です」


「なんだ……なら良かった」


 そう聞いて、心から安心する。良かった、これでミリィも、少しは元気が出るだろう。


 しかし、依然としてリリーは曇った表情のままだった。


 俺は、そんな表情に胸がざわめいて仕方がなかった。


「フリード様、よく聞いてください」


「……ああ。どうした?」


 リリーは言葉に詰まっては、口を開き、また詰まり、を何度か繰り返していた。


 俺が彼女の手を握ると、緊張していたのか、ひどく冷たくて、その事にどこか恐怖を覚えた。


「……今、マリー様の病室には、マリー様以外にも、ジル様、ルイス様、エルザ様、ルーナ様、ティア様が揃っていらっしゃいます」


「……え? なんでそんなに……というか、変な面子だな……」


「これには訳があるのです」


 そう言うと、リリーは何かを決心したように、俺の瞳を見つめた。


 その目は、団員達に武術を教えている時とはまた違った、力強い何かを感じさせる目だった。


「フリード様。この先、貴方にはたくさんの苦難が訪れることとなります。自身の存在意義でさえもわからなくなるくらい、辛いことが」


 それでも、と彼女は言って、深呼吸した。


「……それでも、私と一緒に、戦ってくださいますか?」


 彼女の雰囲気に、瞳に、俺は圧倒された。


 正直、彼女が言っていることが、まだいまいち理解出来ていない。


 これから待ち受ける困難がどんなものであるか、まだ分からない。


 しかし、それでも。


 俺は何故か、この時を待っていたかのような────そんな感覚がした。


「……勿論だ、リリー」


 俺はそう答えた。


 彼女を安心させる為に。


 そして────昔からずっと抱えていた、自分自身の中にある不思議な感情に、けじめをつけるために。

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