第25話 君との邂逅

「それでは、これから実践訓練の説明をします!」


 メントリー先生は、よく通る声で呼び掛けた。


 宿泊体験6日目。明日家に帰るから、実質今日が最終日。


 この最終日は、毎年能力者クラスの生徒にとって厳しいものとなるらしい。


 その理由が、今から行う実践訓練だ。


「今から3時間、皆さんには、この森に放たれた模擬魔物と戦ってもらいます。模擬魔物は実際の魔物と強さは変わりありません。唯一違う点は、布や綿で作られているので、皆さんへの攻撃はそこまで強くないことです。しかし! 動きや魔法の繰り出し方は実際の魔物と同じです。また、耐久力もほぼ同じです。そこは油断しないように!」


 先生は、いつもより厳しい顔つきをしている。


 それもそのはず。この訓練は、ただでさえ宿泊体験の中で一番危険なのに、最近の魔物の出現率も考えると、より危険度が増すからだろう。


 しかしそれでも、この実践訓練を行うのは、本当に魔物が来たときに備えるため。貴族と言えど、近年はそういう腕っぷしの強さも求められている。


 メントリー先生は続けて私達に呼び掛けた。


「もし本物の魔物と出会った場合、すぐにこの転移石を使ってここに戻ること! 決して戦ってはなりません! そして、意味もなく転移石を使わないこと! 良いですね!?」


 私達は、ここ最近で一番はっきりと返事をした。


 緊張が走る。本当の魔物と邂逅するかもしれない、その恐怖が私達にはあるのだから。


 ◆◇◆◇


アベリー・テネブル闇よ飲み込め


 エルザが杖で地面を小突いて言うと、魔物は一瞬にして闇に飲み込まれていった。


 ……うーん。


 ◆◇◆◇


ファンタズマ・モンティ幻よ私に見せて────可愛い人形に、凄惨な死を」


 ルーナがそう唱えて手を翳すだけで、魔物は自らを痛めつけ、痛めつけ、痛めつけ……気づいたときにはボロボロの状態で死んでいた。


「……相変わらず、ルーナの魔法は恐ろしいわね」


「良いじゃん。人に痛めつけられるより、幻覚を見ながら自分で死んじゃう方がましだよ」


「……ファンタズマ家、末恐ろしいわね」


 エルザが若干引いている。


 ルーナの魔法────正確には、ファンタズマ家の魔法は、どの魔法属性にも当てはまらない【ファンタズマ】の魔法を使う。


 ただし、使えるのは、選ばれたファンタズマの血筋の令嬢だけ。


 ファンタズマ家では、そういった【幻】の魔法を扱える素質がある人の事を、総称して【幻姫】と呼んでいる。ルーナがその良い例だ。


 そういうことで、ルーナも一瞬で魔物を片してしまった。


 ……うーん。


 ◆◇◆◇


「……」


 魔物の首を、一気にかっ切る。


 グシャグシャグシャ、と頭が飛び跳ね、血は……出なかったが、変わりと言わんばかりに、赤い綿がもこもこ出てきた。


 前よりは爽快感は無いが……まあ良いだろう。


 ……うーん。


「ここら辺の魔物はもう倒したのかな? あんまり見かけなくなってきたけど」


「そうみたいね。案外早いわね」


「……あのさ、一個思ったんだけど」


 私がそう言うと、2人とも足を止めてこっちを見てくれた。


 2人もすでに思っていることかもしれないが───。


「……魔物、弱くない?」


 そう言うと、案の定2人は苦笑した。


「やっぱり、そう思う?」


「まあ私達にとっては弱いわね。マリーなんて、尚更でしょう?」


「いや……本当そうだよ。だって一発で倒せちゃうんだよ? あり得なくない?」


「うーん……多分私達が強いだけだと思うよ」


 困ったようにルーナは笑って、エルザは強い魔物が出ることを、半ば諦めたような顔をしていた。


 まあそれはそうだ。


 魔物と言われたから、もっと強い魔物が出てくるのかと思ったら、第1級の、鳥型のキメラや狼型の魔物ばかり。言ってしまえば、雑魚……いや、これは言い方が上品ではないな……。


 まあとにかく、私達にとって、この魔物達はあまりにも弱すぎるのだ。もっと手応えが欲しい。


「でも、もう少し探せば強い魔物も出るかもね」


「そうね……まあ、まだ時間あるし、探してみましょう」


 そう言ってルーナとエルザは歩きだした。


 私も2人に着いていった────その時。


 ふと、後ろで嫌な気配がした。


(……なに? この気配)


 後ろを振り向いて、そして────


「……はっ?」


 気づいた時には、この前迷い混んだ森の深部にいた。


 見渡しても、暗く、薄気味悪く、肌寒い。


 何で急にこんなところに……。


 転移石が誤作動を起こしたのか見てみたが、そこにはもう石は無かった。


(……なんで? ルーナは? エルザは? 私だけ連れてこられたの? それとも、2人もどこかに行ってしまったの? だとしたら、2人は無事なの?)


 いや、悩んでいても仕方が無い。とりあえず、まずは周囲を散策して……


「────かかった」


 その声が聞こえた瞬間、草や蔓に縛り上げられ、身動きが取れなくなった。


「……っ!? 誰だ!!」


 私がそう叫ぶと───その人は、木の奥からゆっくりと歩いてきた。


 その気配に、恐怖とはまた違う何かが襲ってくる。


 ……何故?


 初めて会うはずなのに。


 見たことも無いのに。


 声だって、聞いたことがない。それなのに、何故。


 ─────こんなにも悲しくて、こんなにも涙が出そうで、こんなにも……心をかき乱されるの?


「見つけた……見つけたぞ、ついに……」


 彼はそう言うと、剣を鞘から抜いて、私に突きつけた。


「……最も憎き、赤の神……!!」


 その直後、彼は思い切り私に斬りかかってきた。


「……!」


 流石に死への恐怖が上回り、もう一つの能力────『破壊の力』を使って、草や蔓をばらばらに切った。


 何とか拘束から逃れ、彼から離れて、剣を取り────思い切り彼と剣を交えた。


 ぎぃん、と鈍い音がなる。


 一旦彼は私から離れ、また勢いをつけて襲いかかってくる。


 けど、そう簡単には倒させない。


 私は、剣で薄く指を切って、出てきた血を操った。


「……血華一閃」


 彼に向かって飛ばされた私の血は、容赦なく爆発した。


 前世から愛用しているこの技血華一閃、とっても便利。問題は、気を付けないと自分も爆発に巻き込まれること。


 まあ今はそんなことはどうでも良い。問題は、彼を戦闘不能に出来たかどうかだけど……。


 ……どうやら無理そうだ。


 煙の中から先程と変わらぬスピードで斬りかかる彼の剣を受け止める。耳障りな金属音が響き、勢い余って火花も散った。


 あまりに強い力に、流石にちょっと押されたけれど、元祝福姫────否、狂気姫の力は伊達じゃない。


 そのまま剣を跳ね返し、一気に彼の首元まで斬りかかった。


 まあ、実際には切らずに寸止めだけど。


 馬乗りになって、彼を押さえる。彼の頭のすぐ側で、からんからん、と剣が落ちる軽快な音がした。


「……」


 はあ、はあと速い息継ぎが聞こえる。一方の私は汗一つかいてない。当然ね。


 ……まあ、正直ちょっと焦ったけど。


「……で? 貴方は誰? 赤の神だか何だか、訳の分からないことを言っていたけれど。何にせよ私に恨みがあるってことで良いわよね?」


「……」


「……何も答えないなら、このまま首を斬るわよ。言っておくけど、容赦はしない。私を襲ってくる愚か者は、全員返り討ちにしてきた。それは今世でも変わらない」


「……」


「……本当に何も言わないのね。まあ良いわ。でも最後に、これだけ聞かせて」


 私は彼の顔を知りたくて、フードの下を覗き込んだ。


「……お前は誰だ」


 私がそう言うと、彼はふっと笑った。


「誰だ、か……」


 彼は私の目を見つめた。


 その目に、心臓がどくりと跳ねる。


 ……この目は……。


「────俺が誰であるか、それは貴女が一番よく知っているだろう?」


 ────その瞬間、背中に激痛と熱を感じた。


 世界が歪む。視界が一気にぼやける。それなのに、痛みだけはずっと主張している。


 ふと彼の頭に視線を寄越すと、先程まであった剣が無くなっていた。


「……赤の神……いや」


 彼は私の頬にそっと手を当てた。


「……マリア。貴女はもう、ここにいなくていい」


 揺らぐ視界の中で、彼の瞳だけが見えた。


 ◆◆◆◆


 ねえ。


 本当に、このままで良いの?


 だって、貴女は狂気姫。


 憎き相手をひたすらに殺し、復讐を果たす……まさに恐怖の存在。


 忘れたの? 殺戮を繰り返すことが何よりの快楽だったことを。


 忘れたの? 殺したものの血を啜り続け、ただひたすらに力を付けていったことを。


 忘れたの? 貴女の大切なものを奪った存在は……







 ……目の前の、彼だったということを。






 ◆◆◆◆


「…………おいで。私の可愛い蝶々たち」


 ひらひらと、辺りに散った血から、鈍く赤い光が輝き出す。


 いつの間にか剣は抜けていて、不思議と痛くない。


 だからだろうか。彼が私を押し退けても、全く痛みを感じなかった。


 彼は焦ったように走り去っていったけど。


 でも、もう遅い。


 私の可愛いお人形。


 の、とっても可愛い────私だけのお人形。


「……『空に飛び交う赤き蝶』」


 絶対に、逃がさないから。


 私は彼に向かって、一歩踏み出した。

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