第24.5話 家族でゆったりティータイム

 その出来事は、私と、妻────アリアスが昼食を終えたばかりの時に起こった。


「……あら? どうしたの、フリード、ミリィ」


「あ!! お母様~!」


 アリアスが2人に話しかけると、ミリアスが子どものように彼女に抱きついた。


「お母様聞いて! フリード兄様、また私のスイーツを食べたの~!!」


「いやいや、だからわざとじゃないって! それに、ちゃんと謝ったし、今度埋め合わせもするって言っただろ!」


「そう言ってるけど、この感じ、また同じことを繰り返すわよ! だってこれで4回目よ! 二度あることは三度あるを体現してるどころか、さらにその上行ってるじゃない!!」


 不満気にミリアスはフリードを指差した。


「お母様!! 何かフリード兄様に言ってやって!」


「あら……うーん、そうねえ」


 アリアスは少し困ったように微笑み、フリードを見つめた。


「フリード。貴方のことだから、本当にうっかり食べちゃったのかもしれないけど、それにしてもちょっとミリィが可哀想だわ。食べる前に、まずはそれが誰のものなのか、ちゃんと確認してあげて?」


「う……はい。以後気を付けます」


 まるで小さな子どもに諭すような言い方をされ、フリードはばつが悪そうな顔をする。


 対するミリアスは、「ほら見ろ」と言わんばかりに意地の悪そうな顔をしている。ミリアス、もう少しお前は感情を抑える練習をしなさい。私やジルみたいに。


「でもねミリィ。貴女も、直すべき点があるわ」


「……え」


 アリアスは穏やかに微笑み、言い方こそ優しく丁寧だが、注意するべき点はしっかりと言う。子ども達への態度を見るたび、それが彼女の長所なのだと気づかされる。


「ミリィ、今度からはね、自分で食べたいって思ったものは、メモか何かに、自分のものであるとしっかり示さなければいけないわ」


「……はい」


 まるで幼子に対する指摘を受け、内心面白く無さそうな顔で返事をする。……だからミリアス、すぐに顔に出すのを止めなさい。


 そんな表情を知ってか知らずか、アリアスはにこりと微笑み、


「じゃあ、最後はお互いに謝って、ほら仲直り!」


 と明るく言った。


 2人は何だか微妙な顔をしながら、(ミリアスに関してはしぶしぶといったような感じで)向き合った。


「悪かった。ちゃんと埋め合わせはする」


「……まあ、所有権をちゃんと示していなかった私も未熟だったわ。……ごめんなさい」


 ……おかしい、ミリアスは今年で17歳だし、フリードに関してはもう成人なのに。こんな小さな事で、幼子のように諭されるなんて。この国の将来が少し心配になってしまう。


 まあ、それ以外はちゃんとしているから良いか……と思いつつ、私は3人の様子をアリアスの横で静かに傍観していた。


「……あれ? 皆、そんなに集まってどうしたんですか?」


「ああ、ウィス……何だ、ジルとウィルも一緒だったのか」


「はい。仕事が終わって、今から少し3人で休憩を取ろうかと思ったんです」


 穏やかそうにウィルはそう言うと、私を見て、少し驚いたような顔をした。……そんなに私がここにいるのが珍しいのか。確かにあまり家族とは関わらないが。


「あらあら、何だか皆で集まるのも珍しいわねえ……あ、そうだわ!」


 何かを思い付いたようにアリアスは微笑んだ。


 ……何故だろう。嫌な予感がする。


「ミリィ、レイスは今何をしているの?」


「え? うーん、分からないけど、少なくともそんなに忙しくはないと思います」


「なら、ちょうど良いわ!」


 その穏やかな表情のまま、彼女はとんでもないことを言い放った。


「せっかくだし、皆でティータイムにしましょ!」


 ───その瞬間、アリアス以外の全員の空気と表情がぴしりと凍りついたのは、言うまでもない。


 ◆◇◆◇


「皆とお茶会なんて、初めてじゃない?」


「そ、そうですねー……あはは、僕、皆とこうやってお茶を飲めるの、嬉しいなー」


「ふふ、ウィスもそう思う?」


 そう言って、母上はお茶を一口飲んだ。


 穏やかな昼下がり。カーテンから差し込む、柔らかな日差し。


 気温は程よく暖かくて、のどかなはずだが────この場の空気は、氷よりも冷たい。


 それもそのはず。母上を除いた、俺達7人は、あまり家族といる時間を好んでいない。


 いや、正確には────


「……ところでお父様。私達とティータイムなんかしてて良いの?」


「……わざわざ断る必要も無いだろう」


「ふうん」


 ────俺達6人が、父上とあまり一緒にいたくないからだろう。


 ……正直、嫌っている者も何人かいる。例えば今、遠回しに来ないでほしいと言ったミリィとか。


 その原因は、恐らく、というかほぼ確実に、幼少期に可愛がられていなかったからだろう。


 いや、可愛がられなかっただけならまだ良い。変に厳しいし、変に不器用だし、変に物言いが酷い。そういった小さな物事の積み重ねで、今に至っているのだろう。


 そうでなくても、俺達兄弟は、全員が微妙な距離感だ。


 一対一で話す分には良いが、6人全員で、となると、謎に緊張感が走る。それはきっと俺だけではない。それもあって、あまり集まりたがらないのだろう。


 それでも今回のティータイムを(父上を含めた)俺達が受け入れたのは……母上からの申し出だったからであろう。


 母上は、誰にでも穏やかで優しいが、芯が強く、言わなければならないことは、はっきりと言う。


 しかしその物言いも決して嫌なものではなく、ゆっくりと、こちらの心に諭すような言い方だ。


 そして、普段の親切な行動も相まって、俺達を含め、大勢の人から愛されている。


 そんな母上は、いわばこの8人の潤滑油。


 そして、母上に頼まれてしまっては、断れないし、断る余地もない。


 だから今、こんな奇妙な光景が繰り広げられているのだろう。


 ……とはいえ、母上の力があったとしても、流石に少し居心地が悪い。言葉に出していないが、母上以外の、皆が思っていることだろう。


「せっかく皆集まれたのだから、もっと皆のことを知ってみない? 私達、食事ですらあまり一緒に取れないから、何だか寂しくって」


「……もっと知る、ですか」


「そうよ。例えば、最近よくしていることとか、新しく増えた趣味とか」


 そう言われ、俺達は顔を見合わせる。一体誰が最初に言うのか。そもそも、皆に趣味やら娯楽やらがあるのだろうか。


「私は最近、古代の魔術の勉強をしています。今のものも面白いのですが、もっと知見を深めたくて」


「あら、ウィルらしい素敵な勉強ねえ。私にも今度教えてくれる?」


「ええ、勿論です」


 そう言って、ウィルは爽やかな笑顔で微笑んだ。


 流石はウィルだ。この6人の中で、一番の常識人。そして、一番社交的なだけある。こういった時も、空気を読んでまず最初に動く。交渉や、国同士のやり取りは、一番向いているだろう。「ニーケー王の素質がある者」の名を受け継がれただけはある。


「あはっ。……ウィルは今の魔術の方が向いていると思うけどなあ」


「……喧嘩を買う気も挑発に乗る気もありませんよ、ウィス」


「やだなあ、僕はただ事実を述べただけじゃん」


 面白そうに────そして意地の悪い笑顔でウィスは紅茶を飲んだ。


恐らく、「今の魔術でさえ大して上手くないのに、古代の魔術なんてウィルには手に余るんじゃない?」みたいなことを言いたかったのだろう、多分。


 ウィスは、顔立ちや喋り方は俺達の中で一番母上に似ているが、性格は……父上よりも酷いな。うん。


 彼は、穏やかで優しくて、可愛げのある青年───が表の顔。本当は俺達も引くぐらいに性格が悪くて、腹黒だ。正直、一緒に仕事をしている時、怖くなるぐらい性格の悪い提案をしてくる。なお、それは全てウィルの手によって却下されている。


「こら、ウィス。家族でも、発言には気を付けなさい」


「申し訳ありません、母上。ウィル相手だと、どうしても気が緩んじゃって」


「嘘ばっか。私に対してだって、そんな感じのくせに」


「……何か言った、ミリィ?」


「いいえー。何もー?」


 澄ました顔で、ミリィは紅茶を飲む。


 ……ミリィは末っ子気質が強い。未だに子どもっぽいし、今のように人の事を煽る癖がある。


 しかし6人の中では、損得勘定無しに、一番優しい人間であろう。何気にそういった面では、一番母上に似ているかもしれない……。


「……レイス、お前はどうだ?」


「……っえ」


「いやあ、あんまり話せないからさ。良い機会だし、もっと知りたいじゃん?」


「……フリードがそんなこと言うなんて、変なの」


「ちょいちょい、俺の性格の認識、6、7年前で止まってないか?」


 困ったようにフリードは笑った。


 普段はおちゃらけているが、長男坊の自覚はあるのか、フリードは兄弟達のフォローに回ることが多い。この面子の中では、一番どの兄弟とも会話を取ろうとしている。


 それもあってか、なんだかんだ、6人の中では一番信頼されている人間ではある。


 ……まあ、それこそ6、7年前までは、父上のような性格だったが。


「えっと、私は……最近は、小説にはまってて……」


「あら、良いわねえ。どんな小説?」


「……えと……その」


 レイスは目を伏せながら、言葉に淀んでいる。


 彼女はフリードは反対に、一番人と関わることを避けている。それは彼女のコンプレックスである体質も関係しているだろうが……。


 正直、俺も一番話したことがない人物だ。それもあって、彼女の趣味嗜好がどんなものであるか、少し興味がある。


「……あい……もの」


「……悪い、もう一度言ってくれ」


 フリードが耳を近づけると、レイスは顔を真っ赤にして、


「何度も言わせないで……!! 恋愛ものって言ってるでしょ……っ!」


 と言った。


 その言葉に、ウィスもウィルもフリードも、心底驚いたような顔をした。


 驚いた様子が見られなかったのは、母上と、父上、ミリィだった。


「良いわよね、恋愛もの。私も読んでて昔に戻った気分になっちゃうもの。ね?」


 そう母上が問いかけると、父上は無表情で母上を見据えた。


 まあ父上の反応なんてそんなものだろう、と思っていると、予想外の会話が始まった。


「……お前にとって、そんなに良いものだったのか、あの時は」


「あら、良いものだったわよ。だって貴方が側にいてくれたんだもの」


「……よく言うな。あれだけ私のことを毛嫌いしていたのに。……なんなら、出会って数分もしていない内に私の頬を叩いたのに」


「そんなこともあったわねえ」


 ほのぼのと会話しているその横で、俺達は言葉を失っていた。特に最後の言葉に衝撃を受けて。


 叩いた……? 母上が、父上を……? その度胸もそうだが、今の母上からはとても想像がつかない。


「性格もだいぶ荒れていた。とんだじゃじゃ馬娘だったな。まだミリアスの方が落ち着いているんじゃないか」


「あら、ミリアスはあの時の私よりずうっと良い子よ? あの時の私ってば、貴方から逃げてばっかり、お城から脱出を試みてばっかりで……」


「……思い出すだけで頭が痛くなるな」


 2人の会話は続いていくが、俺達はもう置いてきぼりにされた。


 ミリィの方がまだ落ち着いている? あの母上が?


 俺達が生まれる前には、あの冷徹非道の父上の心を溶かした(と噂されている)、まさに「聖母」と呼ばれていた母上(これも噂されている)が?


 信じられない。一体何があったんだ。


 2人の会話はさらに続いていく。


 ……どうやら、まだ俺達はお互いのことを全く知らないらしい。


 その状況を打破するには、確かにこの時間は必要だったのだろう。……まさか、母上はそこまで読んでいたのか?


 分からない、分からないが……もう少しこのままでも良いと、今なら思える。


 俺はそっと紅茶を飲んだ。

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