第20話 前世の感覚

「さて……あなた達ってば、一体どこから入ってきたのかしら。カンパニュラの精霊が守っているこの森に入ってくるなんて、相当難しいはずだけど」


「ヴゥゥゥゥ……」


「……ま、私の言葉なんて、分からないわよね」


 私は剣を構え直した。


「良いわ、どうせ救護班が来るまで待たなきゃいけないし、でもこのまま魔物を野放しにはしておけないし……折角だから、戦ってあげる」


 これぐらいの魔物なら戦える。右に10匹、左に7匹。


 の能力を剣に込めながら、3匹の魔物の頭を切り落とした。


 グシャグシャグシャ、と魔物を切る感覚と共に、音が響く。


 その音と頚を切る感覚に────最近溜まっていたストレスがすっと消えていったような気がした。


「……懐かしいわね、この感覚」


 どうせならリズムに乗って切ってみる。4、5、6、7。


「あんた達は、一瞬で楽にしてあげる」


 右から襲いかかってくる魔物には、前世から使っている私の魔法を。


サルト・サングウィス・フロース血よ舞いなさい、花のように


 私が魔法を唱えた瞬間、魔物達の体は、胸から裂けて、血を吹き出した。


 赤黒いから、あんまり綺麗じゃないけど……飛び舞う血は、まるで薔薇の花びらみたい。


 私、薔薇好きなのよね。


 魔物を討伐しきって、何だかすごく、すっきりした気持ちになった。


 ◆◇◆◇


「この度は、誠に申し訳ありませんでした……!」


 村に戻るや否や、村長のジョージさんが、私達に向かって土下座をした。


 その姿をみて、メントリー先生は慌ててジョージさんを諭した。


「あ、頭を上げてください……一応、生徒達は無事に戻ってきましたから」


「いいえ、そんなことは出来ません。救って貰っただけに飽きたらず、子供とはいえ、皆さんの学習の邪魔をし、危険に陥れ……死んでも悔やみきれません」


 彼はそう言うと、先ほど出会った3人の子供達に怒鳴った。


「お前達!! 人に迷惑をかけるなと、あれほど言っただろう! 黙ってないで謝りなさい!!」


「……っご、ごめん、なざい……」


 一人、気の弱そうな水色の髪の子───確か、ネロと言う子────が、泣きじゃくりながら謝った。


「ジャン、サリー、お前達もだ」


「……やだ」


「ジャン!!」


「だって、俺達だってずっと貴族の奴らに苦しめられてきた!!」


 少年が悲痛な声で叫んだ。


「なっ……」


「ジョージおじさんだってそうだろ!? 俺達は皆、貴族の奴らに苦しめられてきたんだよ! サリーのお母さんが殺されたのも、ネロがあんなに怖がりになっちゃったのも、俺の姉ちゃんが帰ってこないのも、全部!! 去年来た貴族だって、皆傲慢だった!! だから痛い目見せてやろうと思ったんだよ! 悪いかよ!!!」


「……」


 彼の悲痛な叫びに、私達は何も言えなかった。


 アンダラスは、比較的平和な国だ。けれど、必ずしも治安が良いかと言われたら、そうではない。


 それこそ、この前ルイスちゃんの件で話に出てきた、「魔族契約」をしている貴族だっている。彼らによって、平民の命や臓物が売られているのは事実だ。


 止めようとはしているし、実際最近はそんな話はめっきり聞かなくなった。だけど、それが0になったわけではない。


 少年が半泣きになりながら言った。


「なあ、そうだろ、サリー……」


「……」


 少女は目を伏せていたけれど、やがてぽつりぽつりと話し始めた。


「確かに、そうだよ」


「だろ? ほら、ジョージおじさん、サリーも……」


「でも、私達を苦しめた人と、この人達は、全くの別人」


「……」


 彼女はちら、と私を見た。


「……この人達は、私を助けてくれた、そうでしょ? それに、お母さんが言ってた。罪の無い人を、陥れてはいけないって。……だから」


 彼女は、深く、頭を下げた。


「ごめんなさい。私達は、してはいけないことをした」


 深く、悲しそうな声で謝った。


 私はその声に、その姿に、ひどく胸が痛くなった。


 ────何故。


 何故、こんな子が、こんな子達が苦しまなければならないのだろう。


 一体何故、こんなに苦しまなければならなかったのだろう。


 それこそ彼らには、何の罪もないのに……。


「……っ」


 頭痛がした。


 あの時の────前世の記憶が、少し甦ってきたせいで。


 でも、忘れてはならない。


 多くの人を、魔物だけでなく、理不尽や人間から守るためにも────忘れては、ならない。


「……ジャン」


 少女は、少年の肩に手を乗せた。


 少年は泣きながら


「……ごめんなさい」


 と、謝った。


 ◆◇◆◇


「マリー、あんたはどう思う?」


「……それは、昼間の事を聞いてるの?」


「そうよ」


 夜。ミリィと同部屋の私は、寝っ転がりながら、彼女と話していた。


「……ミリィは王族として生きてきたから、あまり分からないだろうけど。平民って、結構大変なのよ」


「それは、あんたの前世の経験論?」


「まあ、それもあるかな。迫り来る脅威っていうのは、魔物だけじゃなくて、貴族の人間もそうだから。しかも、平民ってだけで教育も難しくなる」


「? 学校はあるじゃない」


「確かにあるけど、そういうのじゃなくて。ほら、さっきの男の子───ジャン君だっけ? その子も、魔法、しかも雷属性っていう、希少な魔法にも関わらず、十分な魔法に関する教育を受けていない。そもそも魔法自体、貴族や九つの名家の人間しか出ないと考えられているせいで、魔法教育っていうのは、平民にはあまり浸透していないのよ。仮に浸透していたとしても、魔法教育は、平民が受けるには難しいわ。主に金銭的にね」


「……そう、なの?」


「そうだよ。何なら、それは100年以上前から変わってない。私、前世は平民だけど、魔法は使えていたの。でも、平民が故に、まともな魔法教育を受けられなかった。だから私、キラー村の住民に教わったのよ。平民が唯一魔法が十分に扱える、キラー村で」


 ミリィは、ひどく驚いたような、ショックを受けたような、そんな顔だった。


 やはり、そこら辺は王女様と言うべきか。いくら頭が良くても、そこら辺の事情は、あまり分からないものだろう。


 しばらく黙っていたけれど、やがてぽつりと呟いた。


「……ねえ、マリー。平民の人は、魔法教育を受けられたら、喜ぶかしら」


「そりゃあ喜ぶでしょうよ。というか、受けた方が良いわ。皆使うのが怖いから表沙汰になってないだけで、魔法を暴走させてしまった子は、何人かいるでしょう? そういった面でも、受けさせた方が良いわよ」


「…………」


 また黙ってしまった。


 けど、私には分かる。


 きっとミリィは、彼女なりに、どうやったらそれを解決できるか、考えているって。


 彼女は、本当はとても優しいから。


 だからきっと、この宿泊体験が終わったら、ジル様や陛下に相談するんでしょうね。


「……マリー」


「なあに?」


「……お父様達、私が平民への魔法学校を作るべきだった言ったら、怒るかしら」


 ほら、やっぱり。


「大丈夫よ。きっと、分かって貰えるわ」


 私は、彼女の背中を、そっと押してあげた。

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