第19話 想定外、されど予想内

「おかしいなあ……さっき通った時は、ここら辺の道には結構咲いてたと思うんだけど」


「私も、確かにここにある、って記憶してたけど……勘違いだったかしら」


 探し始めて30分。カンパニュラの花は、未だに見つからなかった。


 と言うか、どこにも無いのだ。一本たりとも。テヘナ村に向かう時は確かにあったのに、何故かもう無くなっていた。


「うーん……もう先に取られちゃったとか?」


「いや、一人一本までにしては、異常なほど減ってるわ。……まるで、わざと抜いたみたい」


 そうミリィは返した。


 確かに、あからさまに減っている。でも、もし誰かがわざとやったとして、一体それは誰なのだろう。そもそも、何故やったのか……。


「うーん……あ、見て。あそこ。村の子かな?」


「本当ね。……聞いてみる?」


「それルール違反にならないのかなあ……?」


「うーん……まあでも、見つからないよりかは良いんじゃないかな。でも私が行くと怖がられそうだから、ルーナ、お願い!」


「私!?」


 ルーナはびっくりしたように言った。でも、見た目、目付き、雰囲気含めて、優しそうなのルーナだけだし……。


 そう私達が説得すると、仕方ない、といったような感じで話しかけていった。


「ごめんね、ちょっと聞いても良いかな?」


「……!」


「ねえ、どうするの……?」


「べ、別にどうってことねえだろ……!」


 ルーナが話しかけると、何だか子供達でひそひそ話しているのが分かった。……でも、ちょっと距離が遠いから、何を話しているのかまでは分からない。


「私達に何か用ですか?」


「えーっとね、ここら辺にカンパニュラってお花、咲いてるの見たことない?」


「ここら辺には無いです。あるなら、あっちの方」


 一人の少女が指を指した所は、今まで私達が通ってきた道より少し暗くなっていた。


「あっち? そっか、ありがとう!」


 そう言うとルーナはこっちに駆けてきて、


「あっちだって!」


 と天使の笑顔で言った。可愛すぎて死にそう。


「そう。じゃあ行くわよ」


「……マリー? どうかしたの?」


「ルーナが可愛すぎて……」


「……相変わらずね」


 ◆◇◆◇


「……うーん……全然無い……」


 ルーナが困ったように呟いた。


 探し始めて、かれこれ1時間。あと30分しか無いというのに、未だに一本も見つけられていなかった。


 それに、進めば進むほど、どんどん道が分からなくなってくる。


「……マリー、ルーナ、ミリィ。これ以上進むと危ないわ。カンパニュラの花は諦めて、一旦戻りましょう」


「……残念だけど、そうするしかないみたいね。村まで戻るのも、時間がかかるし」


 そう言ってミリィは、方位魔石を取り出した。


 何で方位魔石なんか、と思ったが、ふと思い出す。


 精霊の森は、魔法の力が強い故に、方向感覚が鈍くなる。そのために開発されたのが、今ミリィが持っている『方位魔石』だ。


 これは、ある場所に方位魔石に対応した、強い魔力を込めた石を置くと、その方向に針が向くようになっている。


 つまり、その針の方向に向かって進めば、迷わずに目的地までたどり着けるということだ。


 そうだ、そういえば、班に1つ渡されることになっていた。こんなことも忘れてしまう自分の記憶力を疑いながら、ミリィに問いかけた。


「ミリィ、村はどっちの方に?」


「……ミリィ?」


 反応がないミリィに、心配になって再度呼び掛けると、絞り出すような声で話し始めた。


「……エルザ、ここ一帯の魔力の流れを感知して」


「……? 分かったわ」


 そう言って、エルザは手持ちの杖の先で、こつん、と地面をつつく。


 しばらくエルザは黙っていたけれど、時間に比例するように、顔に焦りを伴っていく。


「……エルザ?」


「……してやられたわ」


「え?」


 エルザは、怒りと焦りが混じったような顔で話した。


「……あの子供達、わざと私達をここへ追いやったのね……」


「……え? な、何でわざわざそんなことを……」


「知らない。でも、一つ確かなことは……」


 エルザは深くため息をついた。


「……私達、迷子になったわ」


 ◆◇◆◇


「へへ、上手くいったな! ざまあみろ!」


「……ほ、本当に大丈夫かなあ?」


「大丈夫だよ! ネロは心配しすぎだって!」


「で、でもお……」


 俺はパチパチと魔法を鳴らした。


「大丈夫だって! 流石に抜け出せるだろ! 俺らより魔法の力あるんだし!」


「う、うーん……って、あれ?」


 ネロが辺りをキョロキョロ見回す。


「……ね、ねえ、ジャン」


「ん? 何だよ」


「……サリーは?」


「え?」


 ネロは真っ青な顔でもう一度言った。


「……サリーは、どこ?」


 ◆◇◆◇


「……ったく、あいつら、どこ行ったのよ……」


 ぐるぐると歩き回ったけれど、いつまで経っても村にたどり着かない。それもこれも、ジャンが勝手に魔法でここら辺の魔力を狂わせたからだ。


 あいつのトネルの魔法は、本当に勿体無い。あの力だったら、ちょっと勉強すれば確実に良いものになるのに……。


 いや、そんなことはどうでもいい。今は、ここから抜け出さないと……。


「にしても、ここ、どこ……?」


 ぱき、と後ろで何かが折れる音がした。


 振り替えると、そこには────


「……え?」


 そこには、多くの見たことの無い生物────おおよそ、図鑑でしか見たことの無い────いわゆる、魔物がそこにいた。


「な……」


「ヴゥゥゥ……」


「ギィィィィ……!」


 小さい鳥のような魔物から、狼ぐらいの魔物まで、よもや精霊の森では見ないような魔物がたくさんいた。


 ────逃げなきゃ。


「な、なんっ……何で!?」


 何でもいい。とにかく、走らなきゃ。


 私が動き出したと同時に、魔物達も叫び声を上げながら追いかけてきた。


 体力と足の速さには自信があったけれど、魔物がいる恐怖で、なかなか速く走れない。


 しかも、どんどん、どんどん────魔物は近づいてくる。


「はあっ、はあっ……きゃっ!?」


 何かに躓いて転んだ。それと同時に魔物達も速度を弱めた気配がした。けれど、速度が遅くなっただけで、近づいてくるのには変わりなかった。


「こ……来ないで!!」


 適当に、そこら辺にあった石を投げつける。けれど、何の効果も無かった。


 ────そもそも、魔法も使えない私がここにいる時点で、危ないことは分かっていたのに。


 ────私のお母さんを殺した貴族と、今来ている貴族の人は、全く別だって、分かっていたのに。


 ────誰であろうと、罪の無い人を陥れるのは駄目だって、お母さんから教わったのに……!


「ご……ごめん、なさい……」


 魔物には、私の言葉は分からない。


 魔物は、こっちに、飛び付いてきた。


「……っ……!」


 ぎゅっ、と目を瞑った。


 ────けど、予想していた衝撃は、私に来なかった。


(……あ、れ?)


「大丈夫?」


 銀髪の、長い髪が見える。


「……あ、あなたは……」


「……怪我は無いみたいね」


 後ろに控えていた魔物達が、また襲いかかってくる。


「……っ、いや……!」


「……ふん」


 銀髪の彼女が手を魔物にかざした瞬間、どこからともなく、蔦や草の刃が魔物を攻撃した。


 何度も、何度も、魔物を、痛め付けるみたいに───。


「……」


「まだいるわね」


「え……」


 その後ろから、さらに魔物が出てきた。


「……私に掴まって。あまり見ないことをお勧めするわ」


「……な」


「来たわね」


 ────その瞬間、横を通りすぎた影から、ふわ、と薔薇の香りがした。


 その香りに包まれたのも束の間、ざしゅ、という音と同時に、魔物の悲鳴が聞こえた。


「ギィヤァァァァァァァァ!!!」


「……想定外だったけれど、まあ、予想内ね」


 ちら、と声のした方向を見る。


 黒に近い灰色の髪に、深紅の瞳。


 その姿は、まるで、昔絵本で見た────もう一人の勇者と言われている、『祝福姫』のようだった。

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